第6話 沈黙の庵3. 理(ことわり)への挑戦
> 【AIアリス・モノローグ】
> 人が言葉を持ち、理を語るのは、秩序を欲するがゆえ。だがこの世界では、秩序は“揺らぐ心”と共に現れるらしい。——観察対象ジャック、現在、魔法的直感と論理的思考の交差点に進入中。警告:予測不能な変数、多数。
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庵の一角、煤けた暖炉のそば。
年季の入った木製の椅子がきしむ音とともに、グレイは腰を下ろしていた。彼の手元には、皺だらけの指でなぞられた小さな角製の杯。その中身が蒸気を立てていたが、香りの正体はジャックにはさっぱりわからない。
「……まるで、風を集めて閉じ込めたみたいな味だ」
ぽそっと漏らしたジャックの言葉に、グレイはふっ、と笑った。
「それは、“森の息吹”という名の茶だよ。お前のような坊には、まだ早い味だろうがな」
「ぼく、五歳なんだけどな」
「ああ、見りゃわかる」
老魔法使いの顔には、幾筋もの皺が刻まれている。その目元は、時折“何かを確かめるように”細められた。
グレイは杯を置き、炉の明かりを背にして呟いた。
「……王都にいた頃、こんなことを考えたことがある。魔法というものに、“理”があるのかと」
その声音は静かで、けれど針のように鋭かった。ジャックは自然と身を乗り出していた。
「魔導院という組織があった。才ある者が集まり、術を磨く場所だったよ。だがな、そこで“魔法を理に還元しよう”とした一派があってな。どうなったと思う?」
ジャックは、あえて黙っていた。グレイの目が、答えを求めているのではなく、確かめていると感じたからだ。
「潰された。学派も、理論も、書物も、すべて灰だ。まるで最初からなかったことのように」
静寂が庵を包む。炉の火が、ぱちん、と小さく弾けた。
「……それでも、俺は忘れられなかった。“心が震えたとき”、魔は応じる。魔法とは、理じゃあない。感応——感覚の揺らぎが、現象を招くのだ」
それはまるで、“答え”として語られる真実のようだった。
けれど。
「でも……それでも、やっぱり、繰り返せば“規則”が見えるんじゃないかな?」
ジャックは口を開いた。
「言葉の順番、手の動かし方、意識の方向……いろいろ試してみたけど、やり方を揃えると、結果も似てくる。それって、そこに何か“構造”があるってことじゃないのかな」
グレイの目が、わずかに見開かれた。その奥に、一瞬だけ、懐かしさのような感情が宿るのが見えた気がした。
「……その考え方は、かつてのある誰かを思い出させるな」
それきり、グレイは杯を手に取り、何も言わなかった。
アリスが、脳内でそっと告げる。
> 「この老人は、意図的にあなたの“論理的思考様式”を引き出そうとしています。警戒レベル:中。観察継続を推奨」
ジャックは小さく頷いた。
それは、言葉にするにはまだ足りない——けれど確かに、自分の内に芽吹いている“問い”への確信だった。
沈黙の庵は、再び音を失う。
ただ、火の明かりと、ふたりの呼吸だけが、空間に揺れていた。
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> 【AIアリス・モノローグ】
> 対話は観察を生む。観察は仮説を、仮説は体系を導く。
> だがこの世界では、体系そのものが忌避される危うさを孕んでいるようだ。
> 現段階評価:観察対象ジャック、魔法構造への独自接近ルートに突入。推奨対応:記録、分析、そして沈黙。




