第56話 リリィとその仲間たちの冒険4. ミニスタンピード発生
―――アリス視点・冒頭モノローグ―――
あらあら、またですか?
どうして小さな子どもたちというのは、こんなにも好奇心が強くて、しかも、ちょっと危なっかしい場所に惹かれてしまうんでしょうね。
それが、たとえ“禁断の森”の外れであっても――ええ、そこはまだ《地脈》の影響が残る、ちょっぴりデンジャラスなエリア。
そして今回の主役は……そう、ジャックの可愛い可愛い妹ちゃん、リリィです。
彼女はまだ6歳。でも、ただの子どもじゃありません。
知育玩具と魔力制御トレーニングで鍛えられた“ちびっこ司令塔”。
この日は、仲間たちと森の中でピクニック――のはずだったんですが……ほら、何か来てますよ?
さてさて、ここから始まるのは、リリィとその仲間たちによる“ほんのちょっとした”スタンピード対処劇。
いや、“ミニ”って付いてるからって侮ると危ないんですからね。
――では、どうぞ♪
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森の空気が、突然「ズン」と重くなる。
陽の光が木々の葉に遮られ、さっきまでのんびりしていた鳥たちのさえずりがピタリと止んだ。
空間全体が張りつめるような、そんな感覚。
「……く、る……!」
誰よりも先に察知したのは、トムだった。
読書好きで普段は物静かな彼が、思わず声を張り上げた瞬間――
「ズザッ! ガサッ!」
茂みを裂くように現れたのは、巨躯の魔獣――牙熊種、3体。
そのすぐ後ろを、跳ねるように駆け抜けてくる跳鼠型魔獣が5匹。
獣たちは鼻先をヒクつかせ、こちらに向かって一直線に突っ込んでくる。
「みんな! 森の南、《三つ根の木》に避難して!」
リリィの声が、鋭く森の中に響いた。
怯えも迷いも、ない。――あまりに自然な司令に、年上たちすら動きを止めそうになる。
「クロエ! ノア! 囮になって!」
「了解っ! 走るのは任せてーっ!」
「こっちだよ! おいで、おバカ魔獣ちゃんたちーっ!」
クロエが跳ねるように飛び出し、ノアも一瞬の躊躇もなく後に続く。
二人は獣の視界に入り込むように動き、まるで踊るように木々の間を駆け抜けた。
魔獣たちは二人を追って進路をずらす――が、すべてはここから。
「《癒しの風》!」
「《重ね縛り(マルチ・バインド)》!」
「《地縛の輪》!」
ミナ、フィン、そしてミアが、それぞれの支援魔法を展開。
特にミアの「地縛の輪」は、跳鼠型の足元に複数の魔法陣を出現させ、跳ねる動きを封じた。
「レオ、トム!」
「わかってる!」
レオは倒れかけた古木を蹴り、タイミングを見て倒す。
トムはその導線を読み取り、別方向から枝を操作してルートを固定。
ごく自然な連携。全員の役割が、迷いなくハマっていく。
だが、牙熊種の一体がクロエとノアを見失い、別方向――つまり、ミナたちの方へ方向転換を始めた。
その瞬間。
「……ていっ!」
リリィが、軽く息を吸い、目を閉じて……一歩、前に出る。
魔力がふわりと集まり、彼女の手のひらに眩い光が凝縮されていく。
「《光槍》!」
パァン!と破裂するような音。
眩い閃光とともに放たれた魔力の槍が、牙熊の前方の地面に突き刺さり、煙と土煙を巻き上げる。
目を焼かれた魔獣はギャァと叫び声をあげ、方向を変える。
「今! 走って!」
リリィの合図に、ミナたちが避難ルートへとダッシュする。
やがて全員が《三つ根の木》に集結。
鼓動が早く、けれど息は整い――一人も欠けていない。
誰一人として倒れていない。
――作戦、成功。
「ふぅ……」
リリィは、口元をほっと緩めた。
背後でクロエが「もーっ、あんた無茶しすぎ!」と怒っていたが、ノアは微笑んで「ナイス判断」とひと言。
そして、レオが肩を組んで「かっこよかったぞ!」と褒めてくれる。
――リリィは照れくさそうに、でも、ちょっとだけ誇らしげに笑った。
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―――アリス視点・ラストモノローグ―――
……ね? ただのピクニックじゃ済まないって、言ったでしょう?
リリィの判断、仲間たちの行動。どれも見事でしたね。
魔法の才能? それもあるでしょう。でも――一番大事なのは、信頼と絆です。
まだ6歳の少女が、恐怖に負けずに前に立ち、仲間がその指示に従う。
それはきっと、日々の積み重ねと、努力と、ほんの少しの勇気の賜物。
ふふ、ジャック。あなたの妹さん、とっても素敵ですよ。
……でも、次の森遊びでは、もう少し安全な場所を選ばせてあげてくださいね。
さて、リリィとその仲間たちの冒険は――まだ始まったばかりです♪