第53話 リリィと仲間たちの森の冒険5. 小さな冒険の始まり
(※冒頭・AIアリスの語り)
──ねえ、聞いたことある?
“子どもたちが森で見つけた秘密の場所には、誰も知らない物語が眠っている”って話。
ふふ、そう。今日はそんな物語の一日を、のぞいてみようか。
舞台は、今から三年前。まだ“天才魔導士ジャック”が田舎村の兄ちゃんでしかなかった頃。
主人公? もちろん彼じゃない。
今日は、リリィ。彼のかわいい妹。そして、その仲間たち。
森の冒険? うん、まぁ、“外縁域”ってやつだからね。
それでも、子どもたちにとっては大事件。
葉っぱ一枚、虫の羽ばたき、風の音でさえ、全部が宝物。
では、始めよう。
――『小さな冒険の始まり』。これは、未来の伝説がまだ小さかった日の、きらめきの記録。
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### 第53話 リリィと仲間たちの森の冒険
#### 5. 小さな冒険の始まり
「よーし、それじゃ、二つのチームに分かれよう!」
庵の裏手、午後の陽射しがやわらかく降り注ぐ林の中。
先頭に立ったのはオスカーだった。木の棒を剣のように掲げ、すっかり冒険者気分である。
「男子はこっち、女子はあっち! オレら、川の音がする方に行くぞ!」
「ええーっ、それズルい! そっち面白そうじゃん!」
クロエが即座に文句を言ったが、リリィが肩をとんとんと叩いて笑う。
「だいじょうぶ。わたしたちは、古い木のあたりを見にいこっか。ほら、ミアが言ってた“すっごくふとい木の根っこ”!」
「うんっ、わたし、あそこ行ってみたかったの!」
ミアの目がきらりと輝いた。リボンの結び目が小さく揺れる。
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男子チームは、庵の北側、やや低くなった斜面を降りていく。
レオがぴょんぴょんと先導するように跳ね、フィンは「滑るよ〜」と後ろから声をかけていた。
「ほら! やっぱり水の音だ! あっちだ!」
オスカーの言うとおり、木々の間からサラサラと流れる小川が顔をのぞかせる。
思ったより澄んだ水面に、みんなの顔が反射して見えた。
「これ……飲めるのかな……?」
トムがしゃがみ込み、ポケットから取り出したのは、魔道具式の葉っぱ水質検査紙。
小さくちぎって水面に浮かべると、数秒後に淡い緑色に変わった。
「おぉ……? これは……!」
「おぉおぉ?」
「うん、たぶん、濁ってない。飲めるかもしれないけど……ジャック兄に持って帰って見てもらおう」
「さすがトム!」
「頭いい~!」
みんなが口々に感心する中、トムはちょっとだけ照れて、でも自信満々にメモ帳を開いた。
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一方その頃、女子チーム。
「わぁ……この木、ほんとに大きいねぇ……」
リリィが見上げたのは、森の中でもひときわ目立つ老木。
幹の根元には、ぽっかりと小さな穴が開いていた。
「えっ、これって……」
ミアがそろそろと手を伸ばしかける。
「誰かいるかも……!」
「えっ……なに? 動いた!?」
「ちょ、待って、それはただの風じゃない!?」
エラは、興奮と怖さのあいだを右往左往していた。
その横で、ミナが落ち葉をそっとめくって巣穴の周りを調べていた。
「……動物の足跡がある。小さいけど、最近のだね」
「えっ、ほんと? なんの足跡かな? ウサギ? それともキツネ?」
クロエがワクワクした様子で身をかがめたが、リリィは静かに首を横に振った。
「……ここは、おうちみたい。さわっちゃダメだと思う」
その声に、みんなも小さくうなずいた。
「また見にこよう。明日も……ここまで来れたらね!」
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陽は傾き、赤く染まる森の中、子どもたちは庵へと戻ってきた。
「こっちは川があった!」
「わたしたちは動物の巣穴みつけたよ~!」
報告会の場は、地図帳とチョークのにぎやかな世界。
オスカーが「川ポイント」、リリィが「おうち穴」と名付けて、それぞれの発見場所を記録した。
「わたし、歌、うたっていい?」
リラがぽつりと言って、肩にかけた小さな笛を取り出す。
♪〜森のなか ひみつの道〜
風が運ぶ みんなの声〜
澄んだ歌声が、夕暮れの静けさにしみこんでいった。
「また明日、冒険しようね」
リリィが空を見上げてつぶやく。
群青色に溶けはじめた空には、ひとつだけ、星がきらりと光っていた。
子どもたちは一列に並んで、庵をあとにした。
それぞれの背中に、小さな冒険の余韻を乗せて。
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(※ラスト・AIアリスの語り)
──まるで、“秘密基地”みたいでしょ?
庵のまわりで見つけた、川、巣穴、歌の時間。
彼らにとっては、どれもが発見で、宝物で、物語の断片。
このときのリリィは、まだ“ただの妹”。
けれどこの日から少しずつ、“未来の仲間”たちとの絆が育っていった。
明日はまた、違う空、違う風が待ってる。
リリィと仲間たちの冒険は、まだ始まったばかり──
次回、『森のひかりと魔法の落としもの』。
お楽しみにね。