第53話 リリィと仲間たちの森の冒険2. 禁断の森へ
(冒頭・AIアリスの語り)
――リリィとミナ、禁断の森へ?
ええ、聞こえていますとも。この話の主役は、あのジャックの妹、リリィ。そしてその親友、ミナ。ふたりは好奇心と魔力の輝きを手に、小さな足で森の縁へと向かいます。え?禁断の森がどれだけ危ないかって?…まあまあ、そんなに眉をひそめないで。
これは「禁断の森の“外縁”」の話です。内側には行かない、たぶん。きっと…おそらくは。
ともあれ、この物語の中で一番小さな冒険者たちは、今日、自分たちだけの「秘密の発見」に出会います――
それでは、はじまり、はじまり。
「ねえ、ジャックおにいちゃん。あのね……グレイのおじいちゃんのおうち、見に行ってもいい?」
いつものように日差しのやわらかな午後、縁側で本を読んでいたジャックは、妹の言葉にぴたりとページをめくる手を止めた。
リリィはまんまるの目を輝かせ、隣にいたミナとそろってこちらを見上げている。ふたりの頭に乗ったリボンが、まるで「お願い光線」のアンテナみたいにぴょこぴょこ揺れていた。
「……うん。まあ、グレイの庵までの道は危なくないし、リリィとミナなら大丈夫かな。でも、グレイにちゃんと聞いておこうね」
そして数時間後――。
「ふむ、リリィならよかろう。あの庵の鍵は簡易呪文。門前で唱えれば扉は開く」
グレイは、ふたりの少女に向かってにこやかに言った。相変わらず白髪を後ろでひとつにまとめ、木の枝のような杖を軽く床にトン、と突く。
「ミナちゃんも一緒か。なら、道中は《ルミナ・ボール》を使うといい。光の玉が足元を照らしてくれる」
「うん!ありがとう、グレイのおじいちゃん!」
ミナがぺこりとお辞儀し、リリィは満面の笑顔で「いってきまーす!」と手を振る。
風のそよぐ午後、ふたりは森の小道を歩いていた。
グリム村の北西、通称「禁断の森」――正式名称はフォレスト・ヴェール。その外縁に伸びる、ひっそりとした獣道。
リリィが手を差し出して魔法を紡ぐと、ぽん、と淡い光の球が現れた。
「《ルミナ・ボール》」
ころんと浮かんだ光球は、やわらかい黄緑色を放ち、ふたりの前方をゆったりと照らして進む。
「わぁ……きれい……」
「お兄ちゃんの魔法より、ちょっと地味だけど……これはこれで、いいよね!」
リリィがにっこり笑うと、ミナもうんうんと頷いた。
森は静かだった。
木々の間から洩れる光は、まるで天井から落ちる金の雨のよう。ふたりの歩みに合わせて、落ち葉がサクサクと鳴る。
ふいに、カサッ。
足元の根の隙間から、小さな動物――リスのようなものが顔を覗かせた。目があった瞬間、魔力の気配に驚いたのか、ピューッと木の幹を駆け上がっていく。
「魔道ペンダント、つけてるから……動物さんたち、びっくりしちゃうのかな?」
リリィが胸元に下がったペンダントを指で押さえる。微弱だが、常に安定した魔力が放たれている代物。ジャックが作った“安全のお守り”だ。
道を進むごとに、ふたりの視界は少しずつ森の奥へと広がっていく。小鳥の鳴き声。木の根元に咲いた青い花。時おり舞い落ちる木の葉が、風と戯れるようにくるくると踊っていた。
「ここって、ちょっとドキドキするけど……すてきだね」
リリィが立ち止まり、目を閉じて深呼吸した。
「うん。お兄ちゃんたちの秘密を、私たちも見つけちゃった気分!」
ミナの言葉に、ふたりは思わずくすっと笑いあう。
そして、古びた木製の門の前にたどり着いた。
周囲は草木に覆われていたが、不思議と門そのものには蔦ひとつ絡んでいない。まるで、誰かが手入れをしているかのように。
「ここだね……!」
リリィは一歩前に出ると、小さな手を胸にあて、心を落ち着けた。
「《カリタ・ロカ》」
やわらかな光が門に走り、カチャリ――と、金属音が響いた。
ゆっくりと、扉が左右に開かれる。
「わぁ……」
「ほんとに、入れた……!」
ふたりは足をそろえて中へと踏み込んだ。グレイの庵は、外から見たよりずっと広く、整理整頓され、清潔そのものだった。魔法具や薬瓶が棚に並び、壁には小さな書棚もある。
「グレイのおじいちゃん、やっぱりすごいね」
「うん……秘密のアジトって感じ!」
見上げる天窓から、やさしい光が差し込む。
リリィはひとつ、深呼吸して――笑った。
「次は、みんなで来ようね!」
「うんっ!」
ふたりは手を取り合い、くるりと一回転。庵の中に、少女たちの笑い声がやわらかく響いた。
(ラスト・AIアリスの語り)
森は、静かに見守っていました。
年上の兄たちが踏みしめたその道を、今、小さな足がなぞってゆく――。無理をせず、でも確かに、自分の冒険を歩き出す少女たち。
やがてこの庵が、「みんなの秘密基地」になる日は、そう遠くありません。
それにしても……リリィちゃん、あの呪文の発音、ちょっと違ってた気がするんですが……まあ、結果オーライ!
さて次は、どんな冒険が待っているでしょう?
続く物語は、あなたのすぐそばに――。