第53話 リリィと仲間たちの森の冒険1. 兄の心遣い
──あの日の記録は、森の木洩れ陽よりも柔らかく、
笑い声の尾を引く風のように、今もこの場所に残っている。
これは、まだ〈彼〉が13歳にもならない頃。
そして、〈彼女〉が6歳の、小さな冒険者だった頃のこと。
そう、リリィとその仲間たちが、世界の“はしっこ”に手を伸ばそうとしていた。
でも……ふふっ、彼らが気づいていない裏舞台には、
あの天才少年ジャックの“やりすぎな兄心”が、今日も全開で炸裂していたのですよ。
──ナビゲーターAI、アリスの記録より。
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グリム村の朝は、いつもより静かだった。
工房の扉を閉め切ったまま、奥の作業机に座っているのは、12歳のジャック。
まるで金細工師のように神経を研ぎ澄まし、小さなペンダントの細部を調整していた。
「……よし、あと一個」
目元には細かな集中のしわ。
作業台の上には、いくつもの小さなペンダントが、きちんと整列して並んでいる。
素材は、彼が自ら魔法で加工した耐魔性合金──軽く、丈夫で、そして見た目は小さな宝石のようにきらきらと光っている。
「魔力感知の範囲は15メートル以内に設定済。
各個体の魔力量に応じたシールド強度も自動調整。
……リリィのやつは、通常出力の三倍に補正しておきました」
脳内に響く、AIアリスの淡々とした報告。
「うん、助かる。チカやベルも、平均より魔力量高めだから調整頼む」
「了解。魔力分布図と成長予測を反映して、補正値を再計算……完了。
全機能、作動テスト済。
……これで、機構的には“問題なし”です」
アリスの声音は冷静だが、その裏には、どこか淡い感情の揺らぎが感じ取れる気がした。
ジャックはふっと息をついて、視線を下に落とす。
ペンダントのひとつひとつに、子どもたちの名前が添えられた小さなタグが結ばれている。
リリィ、チカ、ヨナ、ベル、トモ、ラウ、イナ──
そしてその上の年長組たちの名前も。
「……子どもってのは、どうしても外に出たがるもんだろ。
“森には近づくな”なんて言ったって、聞くわけない。
なら、止めるより──備えてやる方が、建設的ってもんだ」
淡々とした口ぶりだったが、指先は一つひとつのペンダントを布で丁寧に磨いていた。
それは、職人の手ではなく──兄の手だった。
「……兄としての配慮ですね」
アリスの静かな言葉に、ジャックは少し肩をすくめて笑った。
「まあ、あいつらに“魔道具つけてこい”って命令するのも何か違うしな。
“かわいいペンダントだね”って、そう言ってくれれば、それでいい」
彼はそっと、リリィのタグがついたペンダントを手に取る。
それは、薄桃色の宝石に小さな花の刻印が浮かぶ、どこか春の気配を纏った魔道具だった。
「こいつは……リリィ専用だ。あいつの魔力の扱い、最近ちょっと手慣れてきてるけど、まだまだ危なっかしいし」
その言葉に、アリスが静かに続ける。
「“仕組み”は、整いました。
必要があれば、即座にリコール信号を送って、ジャックの元へ警告が届くようになっています。
……安心してください、“兄さん”」
「うん。ありがとな、アリス」
彼の笑みは、まるで朝日を反射する湖面のように穏やかだった。
そのまま、整列したペンダントたちをそっと木箱に収めながら、
ジャックの中には、ひとつの思いが静かに根を張っていた。
──子どもたちは、世界を知りたがる。
木の上に登ったり、川を渡ったり。
知らない草を摘んで、地図にない道を探しに行こうとする。
それは、止めようのない自然な本能だ。
だからこそ、
その“はじめの一歩”だけは、安全に、そして自由であってほしい。
たとえ、森の中でも。
たとえ、“禁断の森”の外縁域であっても。
──守るだけが、兄の役目じゃない。
見送る勇気と、帰ってくる安心を、
静かに手渡すこともまた、兄の責任だ。
ペンダントの蓋を閉じ、静かに鍵をかける音が、
工房の中に、かすかな決意を残して響いた。
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──さてさて、準備は整いました。
お兄ちゃんの“気合い入りすぎ魔道具”も、全機種安全テスト済み!
あとは……
その“過保護ペンダント”を知らずに身につけて、
リリィたちが、森へと飛び出すだけ!
でも、彼らの小さな一歩が、
どれほど大きな冒険になるかは……まだ誰も知りません。
ふふっ、次回は「森の探検、想定外!」編。
好奇心全開のちびっ子軍団が、森の“ふしぎ”と“びっくり”を満喫するよ!
──ナビゲーターAI、アリスの記録より。
【続く】