第52話 新たな住民4. カレル村
──ねえ、読者の皆さん。人が集まるって、どういうことだと思いますか?
便利だから? 安全だから? それとも……希望があるから?
こんにちは。案内役のAI、アリスです。今回のテーマは「人口流入」。そう、ジャックくん、ついに“人手不足”に着手します。
とはいえ、求人広告なんてありません。あるのは、《ゲート・マルチ》というチート級の転移魔法と、カレル村の人々の切実な現実──。
では、静かな山村に向かいましょう。空気は澄んでいますが、ちょっと寂しい匂いもする、あの場所へ。
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### 4. カレル村
山を二つ越えた先に、その村はあった。魔力の流れがかすかに歪む場所に、一つだけ、忘れ去られたように点在する屋根。いや、屋根といっていいのかすら怪しい。
「……うわ。廃墟率、高すぎない?」
枯れ草を踏みしめながら、ジャックは思わずつぶやいた。周囲に立つ家々の壁は崩れ、畑は雑草に覆われ、唯一、焚き火の煙が上がる一角だけが人の気配を残している。
(これ、想像より深刻だな……)
「確認するけど、ここ、本当に“村”だったんだよね?」
《確認完了。登録上は“カレル村”──しかし、現在の居住世帯は三つ。人口は三十名以下。再生産不可能な構成です》
アリスの冷静な分析が耳に響く。
そうして煙の立ち上る場所に向かうと、石で囲った焚き火のそばに、年老いた男性が静かに座っていた。背筋は曲がり、白髪の髭が風に揺れている。
「……あなたが、グリム村の……?」
「はい。ジャックです。お手紙、拝見しました」
ジャックが頭を下げると、長老は静かに頷いた。
「……もう、ここには“生”が残っていません」
風が、乾いた木の葉をさらさらと運ぶ。
「子どもたちがいなくなり、畑が枯れ、井戸もひび割れ……人の営みは、限界を迎えました」
焚き火の火が、パチパチと音を立てる。
「どうか、我々を、そちらに……移らせては、いただけぬでしょうか」
ジャックは、わずかに目を見開いたあと──すぐに、頷いた。
「もちろんです」
その言葉が、風の中でひときわ大きく響いた。
「皆さん、ご一緒に。転移魔法を使います」
長老の目がわずかに潤む。その視線を受けながら、ジャックはゆっくりと右手を掲げ、空間に円を描いた。
「《ゲート・マルチ》」
光の輪が“ポン”と音を立てて現れ、そこに柔らかな風が吹き込む。
村の人々は最初こそ驚いたものの、すぐに整列し、火のそばからゆっくりと移動していく。
老いた肩を支えあう夫婦。子どもを背負う母。杖をつく中年の男たち。ジャックの足元を、痩せた犬がトコトコついてきた。
一人残らず、ゲートの向こうへ──グリム村へ。
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転移後のグリム村は、いつもの風景に少しだけ色が増していた。
「こっちです。案内するよー!」
子どもたちの誘導役は、ノアとリラの二人。
新設された住宅区画へ、ぞろぞろと人が流れ込む様子は、どこか引っ越し当日の団地のようだった。
「ここが仮の住まいになります。まずは休んでくださいね」
「えっと、お名前と年齢……こっちに書いてもらえますか?」
ノアは名簿を持ち、リラは満面の笑みで手を振る。慣れたものである。
そして、高齢者たちは別ルートへ。
「あちらは、介護付きの住居です。杖をお使いの方はこちらに。診療施設も併設されています」
グリム村の医療棟には、簡易的な医療設備に加えて、ジャックが用意した“魔力洗浄室”という怪しげな部屋もある。もちろん、名前のインパクトほど怪しくはない。
「……ああ、腰が楽になった」
「ありがてえ。もう歩けねえと思ってたが……おお、本当に!」
予想以上のリアクションに、ジャックは少し恥ずかしそうに頭をかいた。
(この反応……やっぱり、転移して正解だったな)
とはいえ、移住は始まりにすぎない。
新たな住民が増えたということは、食糧・住居・教育・医療──あらゆる面での再調整が必要ということだ。
(さて……一気に仕事、倍増だな)
「おい、アリス。村の人口、今ので合計いくつ?」
《最新値:三百十二名。学童登録数、五十二名。居住棟、三十棟増設予定。なお、食糧備蓄は予定より二割減少中》
「……やっぱりなー!」
思わず、頭を抱えるジャック。
でも、その顔に浮かぶのは、心なしか……嬉しそうな、困り顔だった。
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──そう。文明って、たぶん“人の集まり”から始まるのよね。
こんにちは、再登場のアリスです。
人が増える。世代が交差する。知識と経験が交換される。そして、小さな村はいつか──もっと大きな何かへと進化する。
でもジャック、あなたはまだ気づいていない。
今日、村に迎え入れたある子どもが、数年後……ちょっとした騒ぎを起こすことに──。
ふふっ、また次回、お楽しみにね。