第49話 広がる学び、育つ村の未来3. ジンクの再出発
(冒頭メタ視点)
――ねぇ、知ってる?
どんなにすごい魔法使いでも、一人で未来は作れないのよ。
だから、手を伸ばすの。隣の誰かに、そして、そのまた向こうに。
これは、そんな「広がっていく物語」の、ちょっとした一歩。
そう、再出発って、案外カッコいいもんなんだから――ふふ。
アリスです。では、いってらっしゃい。
◇ ◇ ◇
夜の小屋に、ポワリと魔光灯の灯りが灯る。
手のひらに収まる小さな球体の明かりが、グレイの穏やかな顔を《ゲートウェイ》の向こうに映し出していた。
「ヴェルトラ……か」
ジャックは机に肘をつきながら、地図の上で指を滑らせた。
都市の名前をつぶやいたその目は、遠くを見る旅人のようだった。
「このまま、村の中だけで経済を回していても……限界があると思うんだ」
「ふむ」
画面越しに頷くグレイの顔は、静かだが、どこか楽しそうでもある。
「外とつながることで、新しい知識も物資も流れてくる。交流が生まれれば、学びも仕事も広がる。村の子どもたちに、選択肢を持たせてあげたい」
ジャックの声は、まっすぐだった。
「ヴェルトラは人の流れも物流も活発だ。王都ほどではないが、程よい距離と規模だな」
「うん。だから、まずは、代表を派遣して、接点を作りたいんだ」
「……おぬしの考えが、いよいよ村を越え始めたか」
グレイの口元に、にやりと笑みが浮かんだ。
「まったく、十五になる前から自治領の構想とは。先が楽しみだよ」
◇ ◇ ◇
その翌朝。
木々のざわめく風の中を、ジャックは歩いていた。
向かう先は、村の南の端――リハビリ用に整備された小屋と、簡易な運動器具の並ぶ広場。
そこにいたのは、ジンクだ。
片足を失ってから数ヶ月、義足をつけ、杖を突きながらも黙々と訓練を続けている。
その姿に、ジャックはいつも密かに驚いていた。
「ジンク」
「おう、ジャック。ちょうど一息ついたとこだ」
タオルで額を拭いながら、ジンクは小さく笑った。
「本題に入るけど……お願いがあるんだ」
ジャックの声は真剣だった。
ジンクは表情を改め、杖を軽く突きながらうなずく。
「ヴェルトラに、村の代表として行ってほしい。都市に窓口を作って、村の産品を紹介し、商談を結ぶ。信用も必要だし、何より――ジンクの人柄が合ってると思った」
「……なるほどな」
ジンクは一瞬、目を細めて黙った。
少し離れた場所に、弟のトムがいた。
本を抱えたまま、物陰からじっとこちらを見ている。
「……兄さんが行くなら、ぼくも、ついていく」
「トム……」
「ずっと一緒だったし、助けてもらってばかりだった。今度は、ぼくが兄さんを支えたい」
言葉は拙いが、表情は固かった。
ジンクはその姿に、しばらく言葉を失ってから――
「……足がなくなったからといって、できることまでなくなるわけじゃないんだな」
ぽつりと、そう言って笑った。
その言葉は、ジャックの胸にも静かに響いた。
誰かに必要とされ、役目を持って動き出す。
それは、何よりも強い再出発の力だ。
◇ ◇ ◇
「ジンクがヴェルトラに行くって!」
「ほんと!? すごいじゃん!」
「グリム村の窓口になるんだね!」
噂はあっという間に広がった。
普段は素朴な村人たちも、どこか嬉しそうにざわついていた。
「さっそくだが、物資の保管と応接ができる場所を手配しておいたぞ」
後日、グレイが《ゲートウェイ》越しに言った。
「ヴェルトラの裏通りだが、比較的安全で人通りのある区画だ。店舗兼倉庫にぴったりだろう」
そして――
ジャックは、その店舗の一角に、《ゲートウェイ》を設置した。
柔らかな光が門のように空間に浮かび、村と都市が魔法で直結された。
「つながった……!」
その場にいたジンクとトムが、光の向こうに広がる村の風景を見つめる。
そこには、見慣れた空、見慣れた木々、そして、まだまだ未来を待っている子供たちの声があった。
――新しい道は、こうして開かれる。
(ラストメタ視点)
えへへ、やっぱりいいよね。再出発って。
どんなに転んでも、立ち上がる人の背中って――ちゃんと誰かを動かすのよ。
さてさて、村と都市がつながったら、次に動くのは……?
ふふ、アリスがこっそり教えるとしたら――次回は、“動き出す子供たち”の番、かもね。




