第48話 みんなの教室、みんなの村2. 転移と調達
──アリスの語り──
空間を一歩またいで、別の大地へ。
それを軽々とやってのける少年がひとり。
便利すぎるけど、便利すぎるってことは、ねえ……?
今日はジャックが“仕入れ”に奔走します。
野菜の種? 魔法の教室? 子どもたちの未来?
なんでもござれのグリム村プロデューサー、今日も絶賛活動中。
──さて、転移魔法って、実際やってみたら酔わないのかな……私は気になります。
***
目の前がパッと光に包まれたかと思うと、次の瞬間、そこは人と魔導車が行き交うヴェルトラの大通りだった。
――うん、やっぱり酔わないな。
転移魔法で一足飛びにやってきたのは、王都につぐ大都市ヴェルトラ。ジャックは周囲を一瞥し、すぐに目的地である魔術ギルドの建物へと向かった。
受付の女性に紹介状を手渡すと、話は早かった。
「あちらの農業ギルドにご案内いたしますね」
魔術ギルドの職員に導かれ、整備された区画を抜けて辿り着いたのは、三階建ての立派なギルド会館。
「お若いのに随分お詳しいようで」と言われつつ、ジャックは農業ギルドの保管庫で大量の種苗を吟味することになった。
種の山、袋の山、木箱の山。まるで種の迷宮である。
「うーん……フェルミ豆は……あった。これは必須。あと、オーレ草、サン・クロス根、ヴァーミリオン果……」
メモを片手に、ひとつひとつ袋を選び取る。
「このミスティカ麦も気候耐性が高いし、村に向いてる」
ずっしりした麻袋を抱えたまま、頷くジャック。
「お運びしますか?」
職員が申し出たが、ジャックは小さく笑って首を横に振った。
「いえ、収納魔法がありますので」
《収納魔法〈マジック・バッグ〉》――ジャックが自作した、空間拡張と時間停止の複合魔法。
彼が腰に下げた黒革のバッグを開けると、ずだ袋や木箱がシュウッと音を立てて吸い込まれていく。
(これ、便利すぎるよな……)
現代であれば宅配業者泣かせである。
***
一度グリム村に戻ったジャックは、村の中央倉庫の奥へ進む。
ここは拡張された専用の貯蔵空間で、時間停止魔法によって内容物の劣化を防いでいた。
(温度も湿度も一定……おれ、もはや冷蔵庫まで自作してるな)
種苗を棚ごとに整理しながら、次の計画を頭に描く。
「これで教室に通う子が増えても、食料には困らない」
安心は、環境から生まれる。
「さて、次は人材確保だ」
そう、グリム村で教室を開くには、肝心の“教えたい子どもたち”がもっと必要だ。
そのために――もう一度、転移する。
***
「わあ……すごい……」
ヴェルトラの大通りに降り立ったリリィが、目を輝かせて街を見回した。
「た、高い建物がいっぱい……」ミナは少し戸惑った様子だ。
2人とも初めての大都市に、緊張と好奇心をないまぜにしている。
「大丈夫、大丈夫。あとでおいしいパン屋にも寄るぞ」
ジャックが笑いながら先導する。3人が向かうのは、町の南区にある孤児院だ。
***
孤児院では、ちょうど子どもたちが中庭で遊んでいた。
リリィとミナは真剣な眼差しで、何人かの子どもを見つめる。
「あの子、ね。すごく魔法が好きそうな目をしてる」
「こっちの子は……うん、光に反応してた。キラキラが好きなんだと思う」
ふたりは名前もまだ知らぬ子どもたちを、一人、また一人と選んでいく。
ジャックも彼女たちの直感を信じて頷いた。
そして、建物の奥――乳児室。
「あっ……この子……!」
リリィが目を丸くして駆け寄ったのは、ふにゃふにゃの赤ん坊。
「ねえ、ジャック兄……この子、抱いてもいい?」
「どうぞ……って、あ、もう離さないのね……」
一方、ミナも黙って赤ん坊を抱え込んでいた。
「わ……やわらかい……」
表情がふにゃりととろける。
その横で、ジャックは頭をかきながら苦笑した。
「えーと……じゃあその2人も、受け入れだね。うん」
そして、廊下の端で転がっていた子。
「ん……この子は……ヨナ?」
目が合うと、ふっと微笑んだように見えた。
「……おまけで1人、追加っと」
***
グリム村へ帰る直前、荷物を詰め直しながらジャックは軽く息をついた。
(これで全部……いや、これが始まりか)
子どもたちの未来に必要なのは、教える者と、教えられる意志。
そのために、準備はまだまだ続くのだ。
──アリスの語り──
はーい、お疲れさまでした、ジャックさん。
えっ? 疲れてない? まあ、魔力は無限だしね……
でも、誰かを迎えるって、想像以上にエネルギーが要るものです。
今日拾った種は、畑に蒔かれるだけじゃない。
小さな手に、心に、未来に──。
……さて次回、グリム村はもっとにぎやかに!
ちっちゃな魔法使い予備軍たちの、はじめての村暮らし!
乞うご期待、ですよ?