第45話 進化する教室と広がる手4. 魔法制御実技
《AIアリスによる冒頭モノローグ》
魔法とは、感情と理性の綱引きである。
感情が強すぎれば暴走し、理性が勝ちすぎれば動かない。
……という話をすると、大体の子どもたちはポカンとするわけですが。
ここ、グリム村ではちょっと違います。
何せ、教えているのが「魔法界の例外そのもの」なジャック少年。
さてさて、今日はその教室に新しい風が吹きますよ。比喩じゃなくて物理的に。
では、本編どうぞ――
***
「よし、じゃあ今日の制御実技は、いつもの“精度テスト”から始めようか」
ジャックが言うと、子どもたちが一斉に腰を上げた。
場所はいつもの〈集会場裏の訓練広場〉。
雨除けの布と、ちょっとした木製の的が設置された、いわば“魔法の教室”。
「順番は――フィン、ミア、レオ、ミナ、リリィ。それから僕」
「はいっ!」と声を揃えた五人の小さな魔法使いたち。今日はみんな、どこかソワソワしている。
理由は簡単。昨日、王都から帰ってきたユリスが「魔道具の注文がまた増えてるよ!」なんて嬉しそうに話していたからだ。
――つまり、がんばればまた“お手伝いのバイト”ができるかもしれないってこと!
おこづかいが増える=お菓子とおもちゃが増える。魔法より大事(?)な真実である。
***
「じゃ、フィン。風の出力操作、よろしく」
「うん……えっと、“エア・ターン”!」
フィンが唱えた魔法名に応じて、足元に据えられた小さな木製風車がゆっくりと回り出す。
ブゥゥン……ピタッ……またブゥン……
「……ふう。三段階、できたよ!」
「完璧。出力の切り替えもスムーズだったね」
にっこりと笑うジャックに、フィンは照れたように目をそらす。
――風車は以前、ジャックが作った“回転測定器付き”の特訓台。風魔法の出力に応じて風速と回転数を数値で出してくれる、というスグレモノだ。
「次、ミア。土操作の精密モード、いってみよう」
「うんっ。やってみる!」
ミアの前には、湿った粘土のような土が置かれている。彼女はそっと両手をかざすと――
「“テラ・シェイプ”」
すうっ、と土が動き始めた。
丸く、ゆっくりと、そして次第に……花のような形を浮かび上がらせていく。
まるで彫刻家の手が見えないところで作業しているような精緻さ。
「すごい……」
思わずレオが呟いたほどの美しさだった。
「花弁の厚み、ちゃんと揃ってるね。これはもう、村の庭に飾ってもいいレベルだよ」
「えへへ……ありがと」
***
「レオ、君の出番。板の浮遊制御、いこう!」
「任せてっ。“フロート・シフト”!」
レオの魔法によって、手のひらほどの木の板がふわりと宙に浮いた。
ここからが彼の腕の見せどころ。腕を振ると――
スッ、スッ、スッ!
木板はまるでダンスする蝶のように、レオの動きに合わせて空中を舞う。上下左右、きびきびと。
「すげー……リズムぴったりだ」
ミアが感心して見つめる中、レオはちょっと得意げに胸を張る。
「僕ね、朝ごはんのスプーンもこれで浮かせて練習してた!」
「わあ、ずるい!」とミナが口を尖らせた。
「ズルじゃないよっ、練習だよ練習!」
……いや、それズルじゃないか?とジャックは心の中でツッコんだ。
***
「じゃあ、ミナ。水温操作、よろしく」
「うんっ。“ヒート・ミスト”!」
手のひらをかざすと、地面に置かれた水面から、うっすらと湯気が立ちのぼる。
ふわぁぁ……と白い蒸気が広がるその様子は、なんとも幻想的だった。
「……温度調整、見事だね。蒸気の立ち上がりがなめらか。空中に浮かせたまま維持してみて」
「うん……んーっ、んんんーっ」
ミナががんばると、蒸気はゆっくりと空中に漂い、そのまま形をとどめた。
「すっごい……雲みたい!」
「……うん、雲っぽい……食べたら甘そう」
「いや食べられません」即ツッコミを入れたジャックだった。
***
「リリィ、準備できた?」
「うんっ!」
満面の笑みでリリィが頷く。
まだ6歳だが、ジャック特製の知育魔道具で遊んできた成果は、こうした実技にも如実に現れている。
「“ピュア・ルミナ”!」
彼女が放った魔法は、小さな光の粒をいくつも生み出した。
それぞれがふわりと空中に浮かび、ゆっくりと周囲を照らす。空気中の蒸気に反射して、きらきらと輝いた。
「きれい……」
みんながうっとりと眺める中、リリィはちょっとだけ誇らしげに笑っていた。
***
「さて、最後は僕か」
ジャックが軽く手を上げると、空中に五つの球体が浮かび上がった。それぞれが別々の属性――風・水・火・土・光――に反応して、くるくるとゆっくり回っている。
「“エレメント・リバース”」
魔法を制御する。バランスをとる。暴走を防ぎ、長く維持し続けること――
「次は、安定性と持続性。力じゃなく、丁寧さが鍵だよ」
子どもたちが真剣な顔で頷いた。
火力よりも精度。勢いよりも集中。
小さな手のひらで、彼らは確かに“技術”を掴み始めていた。
***
《AIアリスによるラストモノローグ》
風が回り、土が咲き、水が蒸気となり、光が舞う。
魔法の教室は、まるで小さな劇場のよう。
だけど、本当の進化は“見える魔法”じゃなく、“つながる手”。
このあとジャックくん、ちょっとした「びっくり魔道具相談会」に巻き込まれるんですけど……それはまた、次のお話。
あ、ちなみに。
スプーンを浮かせて朝ごはんを食べるのは“反則”じゃないけど……母リアナさんの目には勝てなかったそうですよ?
ではまた、次回――。




