第45話 進化する教室と広がる手2. 魔法理論の発表
(冒頭:AIアリスの語り)
ようこそ、グリム村へ。
この村では、今日も変わらず、風が吹き、鳥がさえずり、…子どもたちが爆発音を立ててます。ええ、文字通り。
だって今、ここは“魔法教室”ですから。
かつては丸太机とチョークすら怪しかった学び舎も、いまや――測定器具、燃焼実験台、果ては簡易バリア付き観察席まで、にぎやかなことこの上なし。
「お勉強ってこんなに楽しかったっけ?」
と誰かが口にすれば、誰かが笑う。
それがこの教室の、今日の「正解」です。
今回は、未来の魔法学者たちによる発表会です。
「次、俺いく!」
オスカーが勢いよく手を挙げて、発表台の前に立った。
ジャックたちが自作した『魔力干渉測定器』――木箱に並ぶ水晶片と小型魔力球の装置――を手にしている。
「えーと……オスカーです。テーマは『魔力干渉と距離減衰について』!」
小さく咳払いひとつ。
緊張のせいか耳がほんのり赤い。けれど声は、しっかりと前を向いていた。
「これは魔力球を中心に置いて、周囲の水晶にどれだけ影響が届くかを測る装置で……球を強く光らせると、水晶の光が広がる。逆に、離すと弱くなる。ほら、こうやって……」
ポン、と手のひらで魔力を込めた球体が浮かぶ。
スウ……と淡く光ったそれを、測定器の中心へそっと置くと――
「キィィン……!」
装置の端に並んだ水晶が、一つ、また一つと鈍い共鳴音を響かせて光り始めた。
そして、球を持った手がゆっくり遠ざかると、それに合わせて水晶の輝きは順々に消えていく。
「つまり、魔力ってのは距離で減衰するってこと。干渉範囲と強度には相関があるってわかった!」
ドヤァ。
その瞬間、後ろの席から
「おおぉぉお……!」
というフィンとエラの歓声。
レオは謎に拍手を送り、ミアは「水晶、きれい……」と見惚れていた。
ジャックは腕を組みながら、頷く。
(……観測、計測、数値化。科学の第一歩はここからだ)
《実験結果の可視化と再現性も意識している。学術的アプローチとしては上出来》
と、脳内のアリスが静かに補足する。
うん、これはなかなかにレベルが高い。
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続いて壇上に現れたのは、元気いっぱいのクロエ。
「わたしは!『燃焼魔法と素材の関係』について発表しまーす!」
テーブルには整然と並べられた木片、布、乾いた葉、小さな金属板。
その前で、クロエは小さな火種魔法――おそらく《ファイア・スパーク》系の基礎魔法を無詠唱でぽんぽんと発動した。
「この火の魔法、同じ魔力量で当てても――布はすぐに燃えて、木はじんわり、金属は……全然火がつかない!」
実験というより、ややアクション寄りのテンションで次々に火をつけていく。
「しかも、同じ木でも乾いてるのと湿ってるのじゃ、全然違う! 火ってむずかしい!」
会場――というか教室の一角が、ちょっとだけ焦げ臭くなった。
ジャックがすかさず《ウィンド・サークル》で空気を回し、火の粉を消す。
(あぶない……でも、ちゃんと実験になってる)
「つまり、魔法の効果は素材や状態に大きく左右される。これは魔道具作りにも関わる大事な視点だね」とジャックが補足すると、
「でしょでしょ!」とクロエが満面の笑みで親指を立てた。
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そして三人目、静かに現れたのはトム。
「ぼくの発表は……『記憶術と魔法陣の簡略化』について、です」
彼は自分で描いた羊皮紙を広げ、そこにびっしりと書かれた魔法陣を示す。
ただし、隣にはそれを分解した簡略図が並んでいた。
「これは、三重構造の防御魔法陣を、図形単位に分けて……記憶しやすくしました。全部を記憶するんじゃなくて、部品みたいに覚えて組み合わせる方式です」
ジャックは思わず、ほぅ……と息を漏らした。
(それって……ライブラリとインスタンス呼び出しみたいなもんじゃないか)
《構造の抽象化と認知負荷の軽減。子どもとは思えない発想》
「すごいな、トム。君の頭の中が見てみたいよ」
「え、やだよ、恥ずかしい」
小声でそう呟く彼に、教室中からくすくすと笑いが起こった。
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全員の発表が終わり、ひと段落。
ジャックは椅子から立ち上がって、子どもたちをゆっくりと見渡した。
「……みんな、本当にすごかったよ。理論を立てて、それを実証しようとする姿勢がある。それが何より嬉しい。科学と魔法が、混ざってきた」
「混ぜたの、ジャックでしょー?」とクロエが茶々を入れると、
「そこは黙っておこうよ……」とトムが苦笑し、オスカーは「理論もかっこいいけど、やっぱ実験だよなー!」と拳を振り上げた。
その様子に、ジャックはふふ、と微笑む。
(この調子なら、グレイ師匠にも堂々と報告できるな)
《教育効果、非常に高い。次は体系的カリキュラム化の検討を》
「うん、アリス……ぼくも、そう思ってた」
静かに、けれど確かに。
この小さな教室が、未来へと続く大きな扉に見えた瞬間だった。
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(ラスト:AIアリスの語り)
理論とは、言葉を超えた「橋」です。
空想と現実、経験と証明、そして――魔法と科学を繋ぐための。
今日、グリム村の教室で渡されたその橋は、
きっと未来の誰かを、驚かせ、救い、変えていくのでしょう。
次回、第46話「地下へと続く階段」。
少年は、新たな研究拠点を――地下に求めます。
……って、ジャック。床、掘る気なの!?(音、ドドドってしてるよ!)