第44話 魔法教室3. 転移装置
――《アリス・モノローグ:冒頭》
村の地下で、ひとりの少年が静かに魔法陣を描いていた。
チョークの代わりに使うのは、細かく編み込まれた魔力の糸。目には見えないが、空間を縫うように走るその手さばきは、まるで熟練の職人のようだった。
それが“教える”ということとどう関係があるのか?
ふふ、あるのです。
ただしこれは、教科書には載っていない「魔法の授業」だから。
さあ、今日のテーマは「転移装置」。
繋がることで、教室も世界も――広がっていくのです。
――――
グリム村、ジャック宅地下室。
土を固めて造った壁と床に、無数の魔力回路がほのかに光を帯びていた。中心にある台座には、碁石のような球体――精密な魔導結晶が据えられている。
「……これで、よしっと」
ジャックが軽く手をかざすと、結晶が“コォォン……”という低音を響かせて淡い青に光った。
《転移装置・試験起動、正常反応を確認》
脳内に響くのは、AIアリスの報告。いつものことだが、これがあるだけで安心感が段違いだ。
「空間座標制御……それから距離圧縮を重ねて……と。よし、王都のグレイさんの店まで座標リンク、完了っと」
この世界で“転移”という行為自体は伝承レベルで存在しているが、実際にやってのける者はまずいない。魔力量も制御技術も桁違いに必要だからだ。
だが、ジャックにとっては、その“桁違い”が基準になってしまっている。苦労はあるが、理屈が通れば可能な限り再現してしまうのが彼という存在だった。
「じゃ、ユリス。アイザック。ちょっとこっち来て」
二人の少年が並んで装置の前に立つ。
「この装置、誰でも通れるわけじゃないから。通過認証を登録するね。ちょっとだけ我慢して」
「う、うん……」
「何が起きるんだ……?」
ジャックはふたりの胸元に手をかざし、魔力の糸を結晶に結ぶ。
「《個体魔力署名・登録》……はい、終わり。これで君たちだけは、自由に通ってOK」
「えっ、もう?なんか、光るとか痛いとか……」
「……派手な演出は予算オーバーなんだよ、アイザック」
軽口を叩きながらも、ジャックの心には確かな手応えがあった。
これで、村の学びと王都の知識が、いつでも繋がるようになったのだ。
彼は装置の中心部に立ち、軽く手を掲げる。
「転移……開始」
《空間位相跳躍、開始します》
“パッ”
一瞬の光と共に、ジャックの姿はふっとかき消えた。
――――
王都。グレイの魔道具店、地下作業室。
「……ん?」
煌めく空間のひずみが膨らみ、“ポンッ”と何かが現れた。
その“何か”が少年――ジャックだと気づくまで、グレイはほんの数秒間固まっていた。
「グレイさん、おまたせ」
「おい……ほんとに来たのか、転移装置で……っ!」
「うん。ほら、こっちの装置にも座標合わせておいたから。こっちも認証しておくね」
そう言うが早いか、ジャックは再びグレイに手をかざす。
「《個体魔力署名・登録》……完了。これで行き来できるよ」
「こんな短期間で完成させるとは……君は、やはり――いや、もはや驚く気力もない」
グレイはため息混じりに言いながら、口元はほんの少しほころんでいた。
「さ、じゃあ戻ろう」
「え、もう?」
「うん、あっちで待ってる子たちがいるから。……それに、見せたほうが早いでしょ?」
――――
“パッ”
グリム村、ジャック宅地下室。
再び光があふれ、二人分の影が現れる。
「……ジャック!?それと……グレイ様っ!?」
リアナの驚いた声に、ゲイルも軽く目を見開いた。
「おいおい……ジャック、本当に一瞬だったぞ」
「ふふ、時間はかかってないからね」
「……これは……本物か。まさか、こんなものを君が……!」
グレイは改めて装置を見渡すと、感心したように何度も首を振った。
「まだ改良の余地はあるけどね。とりあえずは、村と王都が繋がるルートができた。……これで、教育と技術が、隔てられずに済む」
少年の言葉は、どこまでも真っ直ぐだった。
だが、その真っ直ぐさの裏には、魔力量でも才能でもなく、“孤独に積み重ねた実験と思考”があった。
教えるために必要なのは、派手な才能ではない。繋ぐための努力と、ほんの少しの勇気だ。
――――
「じゃ、今度はユリスとアイザックの番ね」
そう言ってジャックはふたりを振り返った。
「転移してみる?」
「うんっ!」
「ふむ……王都か。ユリス、案内してもらおうかな?」
アイザックの何気ない一言に、ユリスは一瞬、ぽかんとしたあと――
「……う、うん……」
少しだけ赤くなって、目をそらしながら小さく頷いた。
ジャックは、その様子を見ながら小さく笑った。
何かを教えるというのは、案外こんなふうにさりげない優しさから始まるのかもしれない。
――《アリス・モノローグ:ラスト》――
教えることで、学び直す。
つながることで、広がっていく。
少年の“教室”は、ただの村の集会場から、やがて世界へと広がっていく――
それはまだ、始まりにすぎないのです。




