第43話 隠された魔力と始まりの教室5. はじまりの講義
**《AIアリス:冒頭ナレーション》**
……静かに、でも確かに。
“異常”という兆候は、日常のふりをして忍び寄るものです。
ある村の子供たちが、例年の倍以上の魔力を持って生まれてきたこと。
それは、誰も気づかないはずでした……普通なら。
でも、ここには彼がいます。
無限の魔力を、今日も隠しながら、誰よりも鋭く“未来”を見据える者。
──今日の講義は、魔法学入門。
……だけど、きっとそれだけじゃ終わらない。
だってこれは、“始まりの教室”だから。
それでは、どうぞ。
* * *
村のはずれ、小屋を改装した特設教室。
おおきなテーブルのまわりに、グリム村の子供たちがきゅうきゅうに並んで座っている。
どの子の顔にも、期待と不安と、そしてちょっとした好奇心が混じったような表情。
「……みんな、魔力って、なんだと思う?」
教壇――いや、薪で作った簡易台の前に立ったジャックが、にこやかに問いかけた。
一拍おいて――
「光が出るやつ!」ノアが勢いよく手を挙げて叫ぶ。
「浮くやつだよー!」リラが負けじと叫び、
「お兄ちゃんが使うすっごいやつ!」とミア。思わず後ろのフィンが「それずるいー」と唸った。
子供たちの回答は、まるで花火のように、色とりどりに打ち上がる。
(うんうん、元気があってよろしい……)
ジャックは内心で苦笑いしつつも、どこか嬉しそうだった。
「なるほど。どれも、たしかに“魔法”でできることだね。でも、それを生み出してる“源”、それが魔力なんだ」
「げん……?」と、クロエが首を傾げる。
すると隣で、やや緊張した面持ちのユリスが、小さく手を挙げた。
「……でも、それはただの力。使い方が大事、です」
ユリスの声は細かったが、きちんと届いていた。子供たちが静まり返る。
「うん、ユリスの言う通りだよ」
ジャックは優しい声で応じた。
「魔力は、目に見えない。でも、感じることはできる。そして、“知る”ことが何よりも大切なんだ」
そう言いながら、ジャックは右手を掲げた。
そして、何の詠唱もなく――《ミニ・フィールド》を展開する。
空気が、わずかに震える。部屋の中に、薄い魔力の膜のような空間が広がる。
子供たちは「わぁ……!」と息をのんだ。
「これが、《魔力感知》の練習空間。みんなで一緒にやってみよう。魔力が近くを流れると、手がピリッとするかも」
「はーい!!」
12人の子供たちが、元気いっぱいに返事をして、一斉に両手をかざした。
(……アリス、内部値チェック)
《対象12名、初期魔力平均値、昨年比127%上昇。ピーク時個体:リリィ》
(……リリィはやっぱり群を抜いてるな。あれ知育パズルのせいか……?)
《因果関係確定には至らず。追加統計、要観測》
(そうだな……)
ジャックは子供たちを見つめながら、ふと目線を教室の外へ向けた。
この村には今、異変が静かに起きている。魔力の総量が増えているのだ。
(グレイ先生に……報告しておくべきか)
その判断すら、“目立ちすぎないように”行う必要があるのが、今のジャックの立場だった。
「わ、なんかビリビリする!」
「魔力の味がするー!」
「えっ、味すんの!?」
「しないよバカ!」
「味って、どんな……?」
「……さとうあめ?」
「それ絶対ちがう!」
わちゃわちゃと騒ぐ子供たちの中心で、ジャックはふっと笑った。
「大丈夫。魔力には味はないよ。でも、“感じ方”は人それぞれなんだ」
あくまで自然体で、過度に導かない。だが確かに、導いている。
まるで――教師のように。
(……これが、“始まり”か)
目立たず、しかし確かに芽吹く、新しい魔法教育の場。
それは、何よりも未来への投資だった。
* * *
──夕暮れの草原。
風が、音もなく草を撫でる。
日が沈みかけた丘の上に、ひとりの少年が立っていた。
「……ふぅ」
ジャックはそっと目を閉じ、息を整える。
胸の奥で、渦を巻いている魔力の奔流。
その圧倒的なエネルギーを、彼は静かに、丁寧に、封じ込めていく。
《マナベール》──薄く、繊細な魔力の膜が、彼自身を包み込むように広がる。
“力”はここにある。いつでも使える。
けれど、それを使うべき時は、まだ――
「目立たず、焦らず、確実に。……ここから、また始めるんだ」
《アリス、魔力の波動、安定確認》
「新しい学舎、起動を確認。状況、安定。」
「ありがとう、アリス」
少年は、最後にもう一度だけ空を見上げて、くるりと背を向ける。
夕陽が、彼の足跡を長く伸ばしていた。
魔力の波は、ただ静かに、地中深くへと溶けていった――。
***
**《AIアリス:ラストナレーション》**
……教室に集う十二の子供たち。
芽吹いたばかりの才能は、今、風に揺れている小さな葉のよう。
そして、その根を支えるのが――彼。
誰よりも“目立たぬ”少年が、誰よりも深く、未来の森を耕していく。
……さて、次の講義は、少しだけ難しくなるかもしれませんよ?
でもご安心を。講師は、“最も慎重で、最も大胆な”少年ですから。
ではまた、次の時間に。