第43話 隠された魔力と始まりの教室1. 静かな決断 ---
#### 【AIアリスの語り/冒頭モノローグ】
この世界では、魔力量が多い子は才能と呼ばれる。でもね、それが“限界を超えた存在”だった場合、どう呼ばれるべきなのかしら?
怪物? 奇跡? あるいは……厄災?
あ、心配しないで。
この物語の主人公ジャックは、そういう呼ばれ方をされないように、いっしょうけんめい“ふつう”を演じているの。とても、けなげに。
でもね――そろそろ、その“ふつう”にも、ヒビが入りはじめているのよ。
では、はじまりはじまり。
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冬の王都。
通りには人の姿もまばらで、空気は針のように冷たい。
吐いた息は白く、空にとけていった。
ジャックは学院の正門前で立ち止まり、ゆっくりと空を仰いだ。
石造りの門塔には霧が薄くかかり、朝の陽光がぼんやりとにじんでいる。
「あぁ……今日も冷えてるな」
呟いた声は風にかき消され、隣に立つユリスには届かない。
いや、届いていても、答えられなかったのかもしれない。
ユリスは何かを言いかけて、けれど口をつぐんだ。
帽子のつばの奥で、その目はジャックの横顔を見つめている。
(……ここまで、ずっと隠してきた)
内心で、ジャックは静かに思う。
グレイに教わった「マナベール」を絶えず張り巡らせ、魔力の波を包み隠してきた。
無限にも等しい自身の魔力量――それは、もはや“存在するだけで他人を傷つける”凶器だ。
そして今、その膜が……ゆっくりと軋んでいるのが、分かっていた。
> 「隠蔽限界値……すでに閾値を超過。魔力量流出の兆候あり。継続は推奨されません」
頭の奥で、アリスの冷静な声が響く。
音にすればとても静かなのに、脳の中に小さな爆弾を落とされたような感覚。
「……限界、だな」
ぽつりと零した言葉に、ユリスがわずかに顔を上げた。
けれど何も言わず、ただ目だけで問いかけてくる。
「大丈夫。……ほんの、ちょっと立ち止まるだけさ」
その笑顔は、ジャック自身も驚くほど穏やかだった。
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王立魔法学院、事務棟――。
応接室の窓の外には、粉雪がちらついていた。
硝子越しの白い景色を背に、サリア=ヴェルクは机の上の帳簿を閉じた。
ぴし、と硬い音が静かな室内に響く。
「退学、ね……」
「はい。体調面の問題で、長期の滞在が困難と判断しました」
ジャックは背筋を伸ばし、落ち着いた口調で言った。
言葉に乱れもなければ、表情に影もない。まるで“誰かのセリフ”をそのままなぞっているように。
「あなた、成績は常に最上位。問題行動も一切ない。それでも“療養”が理由なの?」
サリアはわずかに眉をひそめ、目を細める。
教師として、ただの形式だけでは納得できない。
「ええ。……本当に、それだけです」
息を吐くように言ったその声に、サリアはしばし沈黙した。
やがて、机の引き出しから数枚の書類を取り出す。
「……わかったわ。手続きは、私が引き取ります。
元気でね、ジャック」
「ありがとうございます。先生も、お元気で」
椅子を引く音。
小さな革靴が床を踏みしめる音。
それらを背に、ジャックはゆっくりと応接室を後にした。
振り返らないその背中に、サリアはただ静かに視線を送っていた。
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廊下の窓から見える雪は、少しだけ強くなっていた。
誰にも気づかれぬように、そっと――舞い降りるように。
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#### 【AIアリスの語り/ラストモノローグ】
“限界”って、どこからが限界なんでしょうね。
「もうダメだ」って口にしたとき?
「どうしても誰かを傷つける」って気づいたとき?
それとも――
ほんとうは、とうの昔に超えてたのに、気づかないふりをしていたとき?
ジャックの退学は、“逃げ”じゃない。
始まりのための、ひとつの“終わり”なのです。
次回――「解かれた封印と、白銀の教室」
グリム村の子供たちが、世界を変える“教室”で目覚めはじめます。
では、またね。ふふ。