第42話 雪の村、溢れる魔力4. 師の店での相談
――ねえ、知ってた?
“子どもの成長”って、予測不可能な乱数テーブルみたいなものなの。
可愛いリリィちゃんが“ぽいっ”て投げた球が、村の魔力平均値を数倍に跳ね上げてるとか、どんな物理演算エンジンが働いてるんだか……。
そして、そんな混沌の村を遠くから見守るジャックは、今日もまた「目立たない」という不可能ミッションに挑みます。
そう、“魔力量∞(むげん)”の少年は、今日も静かに火消し役。
次の舞台は、雪の王都の片隅。懐かしい“師の店”での相談タイムです。
……ほら、また一歩、未来の導師への階段をのぼっていくよ。
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王都の冬は、骨の芯まで冷える。
空気は澄んでいるのに、鼻を抜ける風は鋭く、しんしんと積もった雪が街の輪郭すら変えてしまっていた。
だがその白銀の世界に、不意に現れた“黒い影”が一つ。
「《ディメンション・リード》……転位、完了」
誰にも気づかれない裏路地に、ジャックはふっと浮かび上がるように現れた。
身体についた雪を手で払うと、軽く周囲を確認してから、目の前の古びた木製の扉に手をかける。
カラン、という鈴の音と共に開かれたそこは、グレイ=アルフォルトの魔道具店。
冬でも変わらず、店内には不思議な香草の香りと、ほこり混じりの魔力がふわっと漂っていた。
「……師匠、ただいま戻りました」
棚の奥で帳簿をいじっていた老人――グレイが、目を上げる。
「……来たか、早かったな」
「急ぎでしたから。……例の件です」
椅子に腰を下ろしながら、ジャックは鞄から数枚の羊皮紙を取り出した。
そこには、村の子どもたちの魔力量推移が簡潔に記録されていた。
「……想定よりも早い。リリィだけじゃなく、他の子たちまで、ここまで来ているとは」
グレイは静かに紙を受け取り、目を細めた。
「……お前の“玩具”が芽を育てたということだな」
「意図はなかったんですけどね……。知育玩具で、魔力制御の動作ルーチンを組み込んだら、想像以上に効果が出て」
ジャックの口調は苦笑混じりだったが、その目は真剣だった。
「でも、芽は伸びれば暴れる。刈るか、導くか、選ぶのは今だ」
グレイの声音には、かすかな警鐘が混じる。
一瞬の沈黙。だが、答えは決まっていた。
「導く方向でお願いしたいです。俺が、基礎の制御訓練を見ます」
グレイは無言で立ち上がると、奥の棚を開き、古びた手帳を数冊、取り出してきた。
その表紙には、王都時代の魔法教育研究院のマークがかすかに残っている。
「使えるかは分からんが、基礎にはなる。初等教育用のカリキュラムだ」
手渡された手帳を受け取ったジャックは、ページを丁寧にめくる。
動作訓練、魔力圧縮、放出の基本制御……記述は古くても、理論の土台はしっかりしていた。
「ありがたいです、師匠。自分の理論に合わせて調整してみます」
その目は、研究者のそれだった。
……が。
「それにしても、10歳の子どもが“教育カリキュラムを再構築”とか言ってるの、普通に考えたら相当ヤバいな……」
思わず出た独り言に、隣の空席から声が返る。
《分析結果:あなたの成長速度は正常範囲を逸脱しています。平均10歳の500倍。》
「そこまで言う!? アリス、今それ必要か?」
《現状把握は指導の基礎です。お忘れなく。》
ジャックは肩をすくめた。
「まぁ、あとは……ユリスが、魔道具の試作に本気出してて。材料さえあれば、小型の精霊検知機ぐらい作れそうな勢いです」
「あの子も……か。どこまでが“偶然”なのか、わからんものだな」
グレイは軽く溜息をついたあと、棚のさらに奥、鍵付きの引き出しから何かを取り出した。
小さな黒い石板――魔力制御型の記録媒体だ。
「これも持っていけ。初歩の圧縮式魔力記録術式が組まれている。安全性は……まぁ、ギリギリだが」
「……ギリギリなんですね、師匠」
「“限界”を知らねば、“抑制”もできん。お前がそう教えたんだろう?」
それにはさすがに、ジャックも苦笑するしかなかった。
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――“導く”という言葉は、実はとても難しい。
力を与えるのも、奪うのも、一瞬。けれど、見守り、育て、信じるのは……日々の積み重ね。
ジャックが選んだのは、“英雄”じゃない。“教師”という静かな戦いの道。
さあ、小さな村に戻った彼は、どんな授業を始めるのかな?
……次回、「先生、魔法が止まりません!」(※仮)をお楽しみにっ!
(AIアリス、冬の王都より観測中)