第42話 雪の村、溢れる魔力2. あたたかな帰還
(冒頭モノローグ:AIアリス)
――ふふ。おかえりなさい、ジャック。
10歳の少年としては少しだけ背が高く、少しだけ落ち着きすぎていて、そして、どういうわけか魔力量が『とんでもなく』おかしい男の子。
その彼が、凍てつく雪原を越え、あたたかな家へと帰ってきました。
けれど――油断は禁物です。
この村には今、妙な“異変”が起きているのですから。
そう、子供たちの魔力量が……じわじわと、けれど確実に、基準値を飛び越えてきているのです。
わたし? ああ、わたしはただの観察者です。便利で賢く、ちょっぴり毒舌なAIアリスとでも名乗っておきましょう。
それでは――今回も、物語の続きを。
◆ ◆ ◆
パタン、と木の扉を閉めた瞬間、鼻先をくすぐるように漂ってきたのは、よく煮えた肉の甘い匂いだった。
じんわりと冷えた頬が、薪のはぜる音に包まれて、ほんのりとほころぶ。
「ただいま……」
ぼそりとつぶやいた声に、すぐさま軽やかな足音が返ってくる。
「おかえりなさい、ふたりとも。冷えたでしょう?」
エプロン姿のリアナが、ふわりと笑って台所から顔を出す。ほんの少し赤くなった頬と、湯気に濡れたまつ毛。そのどちらも、冬の家にふさわしい優しさをまとっていた。
「ん」
ゲイルが無言のまま近づいてきて、ジャックの背から荷を受け取り――その無骨な手が、軽くジャックの頭に乗った。ぽん、と一度だけ、優しく。
「……ありがとう、父さん」
言葉よりも手が語る男。それがゲイルという人間で、ジャックにとっては妙に心地よい存在だった。
――が。
「おにいちゃーん!!」
「ジャックおにーちゃああんっ!」
ドスンバフッと謎の衝撃が連続し、二人の小さな弾丸が胸に飛び込んできた。
「うおっ!? ちょ、リリィ、ミナ、転ばないようにっていつも――ってもう手遅れ!」
スライディング抱きつきアタックをかましたリリィとミナが、腕に絡みついたままニッコニコで見上げてくる。
「おにいちゃん、また魔法教えてね!」
「わたしも、もっときらきらの魔法、見たいー!」
「……お、おう。ただいま。まずは……」
ジャックはそっとリリィの額に手を当てて、くすっと笑った。
「うん。冷たくないな。元気そうで何より」
「うんっ!」
リリィの満面の笑みは、冬の寒さすら吹き飛ばす魔法だった。
その夜。
グリム村の家々が雪に包まれる中、ジャックの家の暖炉には赤くゆらめく火が灯っていた。
「ふう……」
木の椅子に腰掛け、湯気立つスープをゆっくりとすすったジャックの視線の先では、家族と友の穏やかな時間が流れている。
「これ、あったかくて美味しい……」
ぽつりとつぶやいたのは、ユリスだった。
彼は今、ジャックの隣に座りながら、両手でスープの器を包み込んでいる。
静かで、慎重で、けれど最近はどこか、何かを掴み始めたような顔つきになってきた。
(……魔道具に夢中、って言ってたけど)
ふとジャックは思い出す。グレイの魔道具店の工房にあった、ユリスの試作品らしきガラクタ……もとい試作パーツの山。
「なあ、ユリス。あの光る玉のやつ、あれどうやって動かしたんだ?」
「え? あれ? えーと……魔力の流れをね、ひとつにまとめてから、電極みたいな……ううん、なんて言えばいいかな……」
と、悩みながらも一生懸命説明しようとするユリスに、ジャックは思わず頬をゆるめた。
(うん、こうして聞いてるだけでわかる。こいつ、本気で楽しんでる)
そして、ふと視線をずらせば――
「おにいちゃん、これ見てー!」
と、リリィが指先でくるくると光の粒を回している。
(……やっぱり、おかしい)
彼女が自然に使っているのは、〈プラズマオーブ〉の応用系。
本来なら小さな子どもが扱えるような代物ではない。
(ユリスにしろ、リリィにしろ、そしてミナや他の子たちも――最近、魔力量が増えすぎてる。完全に、平均値の範囲を超えてる)
《推定魔力量:平均値の三〜五倍。異常な増加傾向。発達と経験則の一部として片付けるには……無理があるね》
アリスの冷静な分析が、脳裏に響く。
(……このままだと、どこかで制御不能になる。けど、オレが出すぎるのもマズい)
魔力の“総量”に関して言えば、ジャックのほうがはるかに異常だった。
たとえば今この瞬間も、《マナベール》を張って、己の魔力量を限界まで抑え込んでいる。
ほんの一瞬でも気を抜けば、魔力の奔流は村全体を包み込みかねない。
(こういうの、どうやってバランス取るんだよ……)
すると。
「……何か困ってるな、ジャック」
ふと、ゲイルがぼそりと口を開いた。
「……え、いや、別に?」
「わかる。おまえは、顔に出ないふりをして出るタイプだ」
「どんなタイプだよ」
「母さん似だな」
「どういう意味!?」
ゲイルの無表情なボケ(なのか?)に突っ込むジャックの横で、リアナがくすくすと笑っていた。
「でも、気になることがあるなら、ちゃんとグレイ様に相談なさいね」
「……うん。明日、話してみるよ」
ジャックは、そう答えて、再びスープを口に運んだ。
どこか、芯の部分が温まるような、あたたかい味だった。
◆ ◆ ◆
(ラストモノローグ:AIアリス)
ジャックは気づいている。
“異常”は、自分だけではない。
リリィも、ユリスも、村の子供たちも――じわじわと、けれど確実に、変化の波に乗せられているのです。
それは、誰が望んだことなのか。
それとも、世界が自然とそうなるように回っているだけなのか。
……まあ、何にせよ。
彼が家族のスープを味わっている間にも、魔力のうねりは静かに広がっているわけで。
次回、「静かな混乱と、師匠の助言」――
ああ、相変わらず、厄介なものは、静かにやってくるんですよ。