第41話 模擬戦準決勝決勝3. 決勝
> ――観客の熱気に包まれた決勝戦の舞台で、真に注目すべき存在は、静かに、その場から離れたところにいた。
> ジャック。あの子の存在は、今日も表には出ない。
> けれど、積み重なるものがあるのです。確実に。
> ……そう。彼のように。
◇ ◇ ◇
魔法学院の中央演習場は、夕日が赤く差し込む中、決勝戦の開始を待つ静けさに包まれていた。
演習場の観客席は満員。教師陣はもちろん、王都の関係者らしき見慣れぬ顔ぶれまで、最前列に居並んでいる。
その視線の先、決勝に進んだ二人の少女――カタリナとリオンが、向かい合って立っていた。
「……やっと、ここまで来たわね」
「うん。でも、ここで止まらないよ。全力で行く」
カタリナ=ベルンシュタインとリオン=フェルディナ。互いに学院内で実力を認め合う存在。模擬戦の決勝は、まるで一つの舞台劇の幕開けのようだった。
開始の合図とともに、リオンがまず動いた。雷をまとわせた杖から、静電気を帯びた空気がぱちぱちと弾ける。
「《雷槍・ラグナヴォルト》!」
その声と同時に、鋭い稲妻が一直線に突き進む。
が――。
カタリナは一歩も動かず、冷気の結界でその一撃を逸らした。
「《氷盾・グレイスフェル》」
一瞬、氷の薄膜が空中に展開され、雷の軌道が僅かにずれる。そのまま地面に雷槍が突き刺さり、土が焦げる。
「本気のつもりよ? リオン」
「もちろん! 次、行く!」
リオンは体を低く構え直し、雷の力を自らに蓄え始める。髪が逆立ち、身体中に雷の光が奔る。力押しでの突破――彼女の得意な戦法だった。
一方、カタリナは一歩ずつ、円を描くように間合いを保ち、風を纏った氷の刃をいくつも浮かせていく。
《風刃氷華》――氷と風の複合魔法。風の軌道に氷刃を乗せて、速度と精密さを増した中距離攻撃。
ただし、これは目眩まし。真の狙いは別にあった。
カタリナが左手の袖口に忍ばせていた、小さな魔道具を手の中で起動する。ごく淡い光。外見は通常のペンダントのようだが、中には精緻な幻影術式が組み込まれていた。
「《幻影具現・ラクリマ》」
次の瞬間、リオンの視界にカタリナの“分身”が三体現れた。正面、左、右――どれが本物かを判別できない。
「っ……まやかし、か!」
雷槍を構える手が、一瞬迷う。
ほんの一瞬――しかし、それで十分だった。
「《氷結陣・セレスタリア》」
カタリナの足元に、精緻な魔法陣が浮かび上がる。凍結属性の罠魔法。術者の足元から展開され、対象の足元まで地を這って広がっていくタイプだ。
「しまっ――」
リオンが気づいたときにはすでに遅かった。踏み出した足元に、霜が走り、膝下までを瞬く間に凍結させる。
「――《氷縛・リュミエール》!」
決定打。全身を走るような冷気がリオンの動きを封じた。
刹那、演習場がどよめいた。
「決まった――!」
「勝者、カタリナ=ベルンシュタイン!」
教師陣が立ち上がり、観客の間からは歓声と拍手が巻き起こる。
カタリナは一礼し、息を整えると、リオンへと歩み寄った。
「……いい勝負だったわ」
「うん……悔しいけど、あれは読めなかった……次は負けないから!」
二人の視線が交差する。その真摯なやり取りに、観客からさらに拍手が沸いた。
◇ ◇ ◇
一方そのころ。
演習場から離れた学院構内の裏庭。夕日が建物の影を長く伸ばしている。
そこにひとり、静かに腰を下ろしていたのが、ジャックだった。
彼の周囲には誰もいない。声もない。ただ、風が樹々を揺らす音と、遠くから響く歓声だけが耳に届いていた。
「……派手な勝負だったな」
心の中で、そう呟いた瞬間――
> 『アリス(脳内):「今日も完璧に遮断できてる。魔力量も感知されていない。表に出なくとも、成果は積み重なる」』
「……うん。目立たないってのも、大事な戦い方だ」
ジャックは立ち上がり、ポケットに小さく畳んだメモをしまうと、夕暮れの光の中に消えていった。
◇ ◇ ◇
夜。王都の裏通り、グレイの魔道具店の奥にある工房。
「うーん……やっぱり、ここの魔力の流れが詰まってる感じがするんだよね……」
机に部品を広げ、頭を抱えていたのはユリスだった。
その隣で、ジャックが部品の接続部を覗き込みながら、ふむ、と唸る。
「たぶん、ここ。魔力を通す線が曲がりすぎてるんだ。通る圧力が集中して、ここで漏れてる」
「……えっ? うそ。あ、ほんとだ。魔力の焼け跡が……!」
ジャックは小さな紙片を取り出し、簡単な図面を描きながら説明する。
「全体の回路を、三重構造にしてみるといい。中心は高圧、外側は分圧。そうすれば均等に魔力が行き渡る」
「なるほどーっ……!」
> ユリス:「やっぱり、すごいや。ジャックの頭の中って、迷路みたいで面白い」
ジャックは肩をすくめると、にやりと笑った。
「自分でもどこに何を置いたか、たまに迷うんだけどね」
二人の間に流れる、穏やかで、信頼に満ちた空気。
そこには拍手も歓声もない。けれど、確かに前に進んでいる時間があった。
> ――カタリナが学院の模擬戦で優勝したその日、ジャックはその栄光の中に姿を見せなかった。
> だが、確かに一つの信頼と知恵が、彼の周囲に静かに積み重ねられていた。
>
> それは、誰にも見えずとも、確かに未来へと繋がっていく。