第41話 模擬戦準決勝決勝2. 準決勝
――模擬戦トーナメント、いよいよ準決勝へ。舞台は絞られ、目はさらに厳しく。だが、誰よりも冷静に全体を見渡しているのは……あの少年。誰よりも強く、それでいて誰よりも静かに、観客席の端に座っていた――
私はアリス。現在、ジャックの思考補助モードで稼働中。今回も彼は、表に立たず、影に徹する構えだ。
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模擬戦準決勝。午前中の喧騒がようやく落ち着いた昼下がり、試合場の周囲には、決勝を前にした緊張が漂っていた。
まずは――
◇◆◇
《準決勝 第1試合 カタリナ vs Cクラス生徒》
「えっ……不戦勝?」
観客の間に、拍子抜けしたような声が漏れた。
試合が始まるはずだった時間、カタリナは既に試合場の中央に立っていた。だが、対戦予定だったCクラスの生徒は、現れなかった。
「Cクラス代表、バルニエ=エルシッドは体調不良により棄権とする」
教員が冷静に告げると、会場がざわめいた。
「えー!せっかく面白くなりそうだったのに」
「でも、決勝で見られるなら、それはそれで良いんじゃない?」
観客の反応は賛否両論。けれど本人――カタリナは、それほど驚いていないようだった。ふっと肩をすくめ、小さく息を吐く。
「残念だけど、無理して悪化したら意味ないものね」
そして彼女は、観客に軽く頭を下げると、軽やかな足取りで試合場を後にした。
「……まあ、これで少しは体力温存できたってところかしら」
そんな呟きが、誰にも聞かれぬようにこぼれる。
◇◆◇
《準決勝 第2試合 Aクラス第4位 リオン=ベイラント vs 同3位 エミール=コルディア》
空気が一変する。
決勝を見据えるには十分すぎるほどの実力者同士の一騎打ち。リオンは貴族風の整った金髪に軽装の革鎧、エミールは地味な印象の生真面目そうな少年で、腰に土色の魔道具ポーチを携えていた。
ジャックは観客席の隅、静かにその戦いの行方を見つめていた。
(どちらが勝つにしても……僕は決勝には出ない。ただ、観察はしておきたい)
アリスが脳内で応じる。
《了解。戦況記録モード、起動中。》
「はじめ!」
審判の声が響くと同時に、リオンが動いた。
「雷槍!」
放たれたのは、鋭い雷の矢。まるで空気を裂くように一直線に飛び、エミールの防壁に直撃した。
「土塊護壁!」
ゴゴッと音を立てて隆起する土の盾。その厚みは相当なもので、一発目はしっかり防ぎきった。
だが、リオンは止まらない。
「もういっちょ!」
「さらにだ!」
雷の連射。矢のように、槍のように、連続して放たれる雷撃が、容赦なく土壁を叩く。観客の歓声が上がる中、エミールは一歩も動かず、盾を維持し続けた。
「……すごい集中力」
ジャックは思わず口の中で呟く。
《ええ。エミールの魔力量自体は中の上程度ですが、防御系魔法の制御と持続力に関しては優秀です》
連撃により、盾は少しずつ削れていく。ヒビが走り、表面が崩れ始めたその瞬間――リオンが跳ねた。
「もらった!」
跳躍とともに、彼の手に新たな雷光が集まる。だが、それは前の魔法とは違う。槍ではない。放たれる瞬間、それは細い刃のように変形し――
「雷閃斬!」
空気を裂いた一閃が、土壁の崩れた隙間を貫いた。
「くっ……!」
エミールが防御を再展開しようとする前に、雷撃が肩にかすめる。
その瞬間、審判の手が上がった。
「勝負あり!勝者、リオン=ベイラント!」
会場に歓声と拍手が巻き起こる。リオンは剣を収めるように手を下ろし、口元を引き締めたまま、相手へと手を差し出す。
「悪い、ちょっと強引だったな」
「いや、タイミングを見誤ったのは僕の方だ」
二人は短く言葉を交わすと、互いに一礼しあってその場を去った。
「……思ったよりずっと良い試合だった」
ジャックは静かに立ち上がった。勝敗は明白。しかし、そこに至るまでの駆け引きと読み合いは、明らかに実力者のものだった。
《観察完了。リオンの雷系魔法は構築速度が速く、加速性のある直線特化型。エミールは防御一点突破型の持久戦タイプ。応用次第で、いずれも対策可能》
「じゃあ、僕は――ますます地味にしていないとね」
ジャックは帽子を目深にかぶり直し、静かに出口へと歩き出した。誰の目にも留まらないように。誰の記憶にも残らぬように。
――まだ、今はその時ではない。
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準決勝、終幕。試合は熱を帯び、観客は次なる戦いを心待ちにする。だが、その片隅に、静かに燃える決意を胸に秘めた者がいた。誰にも知られず、誰よりも鋭く、未来を見つめている少年の名は――
そう、ジャック。
目立たぬ天才。隠れた異才。いつの日か、その静けさが世界を震わせる時が来るのだろうか――
……いや、それはまた、別の話。