第40話 模擬戦の試練と静かなる貢献4. 納品と試験運用
> 《アリスのモノローグ》
> 「目立つな、しかし確実に成果は残せ」
> これはジャックがこの世界で選んだ戦略の根幹。
> 10歳の少年としては些か地味すぎる生き方かもしれないが……
> “静かなる貢献”こそ、未来に繋がる種になるのだから。
王都・魔法学院構内。
見慣れない顔に厳しい視線が突き刺さる場所。
とはいえ、今日の主役はあくまで“道具”のほうである。
「《ダメージ・レシーバー》10基、確かにお届けしました」
そう告げたグレイ=アルフォルトの声は、いつもよりほんの少し誇らしげだった。
同行していたジャックは一歩後ろに控え、ひたすら気配を殺す。
もちろん、魔力量も完全に《マナベール》で覆ってある。
──ここで目立つなど、師匠の教えにも自分の戦略にも反する。
「ふむ、さすがグレイ殿。魔力反応の計測も、ダメージ分布の算出も実に正確ですな」
試験場では、すでに学院の教師たちが《ダメージ・レシーバー》を囲み、模擬戦の準備を整えていた。
防御魔法を再現する半球型の展開装置と、魔力衝撃を受けた際の数値記録魔道具。
それらが一体化されたコンパクトな装置が、試験場のあちこちに整然と並べられていた。
グレイの名義で学院に納品されたものの、実際にはジャックの調整によって精度は数段引き上げられている。
本来なら人一人が魔法を打つたび、誤差が2~3%出るところを──
このモデルでは、0.2%未満。しかも耐久性と安定動作まで兼ね備えているのだ。
(……とはいえ、ここでは“ただの補助者”でいい)
ジャックは背筋を伸ばして静かに構えた。魔法学院の教師たちは、目の前の魔道具以外にはさほど興味を向けてこない。
こちらに注意が向く前に、さっさと確認作業を終えてしまいたいところだ。
「では、試験開始。模擬戦第一──開始ッ!」
号令とともに、訓練用の魔法弾が試験用のレシーバーに次々と撃ち込まれる。
火球、風刃、雷光、氷槍──
百種を超える攻撃が、間断なく繰り出された。
──それでも、レシーバーは微動だにせず、淡々と数値を記録し続ける。
「この動作安定性……信じられん」
「しかも、1分間の防御機能が全機発動中……」
「おい、これ、うちの試験用よりよっぽど頑丈じゃないか?」
教師たちの驚きの声が、会場のあちこちから漏れ出す。
サリア=ヴェルク教師もその一人だった。いつも冷静な彼女でさえ、眉をわずかに動かしていた。
「これが“仮完成”とは……驚くべき完成度ですね、アルフォルト殿」
「いやいや、私はただ古い知識を流用しただけですわい」
グレイは笑ってはいたが、内心では隣にいるジャックを一瞬だけ横目で見る。
それが誰の仕事か、本当に分かっている者だけには伝わっている。
(……いい。これで十分)
ジャックは一つ息を吐き、《マナベール》の制御を強化した。
喜びや誇りといった感情は、魔力に反映されやすい。油断すれば、数値計測の異常として露見する。
それを防ぐための地味な調整。目立たぬ努力の積み重ね。
──何も言われないことが、最大の成果。
会場の片隅では、早くも「本戦用への正式導入」の話題が出始めていた。
量産体制、保守契約、さらなる仕様追加──そうした細かな詰めは、すべてグレイと学院側のやり取りに任される。
ジャックはその間、誰にも気づかれぬように、別の《ダメージ・レシーバー》の魔力安定装置を微調整していた。
(ユリスに教えるには、もう少し簡略化しないと……)
あの少年が魔法学院に入れるようになるまで、あと二年。
その間に、基礎の鍛錬と知識の積み上げは、いくらでもできる。
学院に入ったとき「君、誰に教わったの?」と言われるくらいでちょうどいい。
──誰にも気づかれぬ静かな貢献。だが、それが確かな礎になる。
試験終了の号令が上がると同時に、ジャックは道具の片付けに入った。
機材の外殻を確認し、発熱の具合を《ディメンション・リード》で探る。
異常なし。封印用の《コフィン・シール》を使って安全保管。
「ジャック。……そろそろ戻るぞい」
グレイが静かに声をかけてきた。
「はい。……ユリスが、お店番してるから」
その名を聞いた瞬間、グレイの口元にうっすらと笑みが浮かぶ。
あの少年もまた、ひたむきに“今できること”を積み上げている。
魔法学院の門をくぐる二人に、背後から何人かの教師が言葉をかけた。
「アルフォルト殿、ぜひ次回もご協力を」
「この子は……弟子かね? なかなか手際がいいようだが」
「いえ、ただの農家の子でして。荷運びを任せておるだけですわい」
グレイのさらりとした言い回しに、ジャックも何も言わずに頭を下げた。
それで十分。今はただ、影として歩けばいい。
──その一歩一歩が、未来を築いていくのだから。
> 《アリスのモノローグ・ラスト》
> この日、学院の教師たちは高性能な魔道具を称賛し、製作者グレイを賛美した。
> だが、真の調整者が誰かなど、彼らは知る由もない。
>
> それでいい、とジャックは微笑む。
>
> 積み上げた無数の「目立たぬ貢献」は、やがて“必要なとき”に花開くだろう。
>
> ……その日まで、ただ静かに、地道に。