第40話 模擬戦の試練と静かなる貢献3. 受注と条件提示
> ……この時点で、彼らが提示した条件が「慎重すぎる」と思った人もいたかもしれない。
> けれど、それは違う。
> ――これは、“目立たぬ偉業”を貫くための、必要最低限だったのだから。
> ……さて、今回の観察対象は――久々に“外”と向き合うことになった、我が主人ジャック。
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王都から北に伸びる街道を、さらに東へ。
小さな丘陵地帯にぽつりと建つ、学院所有の離れ屋敷。
本来は使節団の迎賓館として設けられたその場所が、今日は別の目的で使われていた。
「……妙に静かですね、師匠」
「当然だ。この面会に関しては極秘扱いだ。私が表に出るからこそ、君たちは裏方に徹していられる」
そう言ってグレイ=アルフォルトは、灰色のローブを軽く整えた。
久しぶりにまともな外出用を着込んだ彼の背中には、かつて王都で数多の研究を担った魔導師の風格が、ちらりと顔を覗かせていた。
ジャックは一歩引いた位置でその様子を眺めながら、小さく息を吐いた。
――いつものことながら、自分が「空気になる」準備は万端である。
(マナベール、展開完了。体温も低めに調整、魔力の揺らぎも完全沈静)
「ユリス、バッグの確認は?」
「うん、三重封印つき! 壊れてないし、起動系も問題なし! ……あ、にいちゃん、これ、リリィのピカりんご積み木と間違えて持って来そうになってたよ」
「うわ、あぶなっ。妹のおもちゃ、学院の審査会に持ってくとこだった……」
ジャックは慌てて手にした小袋をしまい直した。
間違いなく、この二人は今の状況においても“普段どおり”である。
やがて、学院側の使者が現れた。
静かに扉が開き、黒衣の案内人が会釈を一つ。
「アルフォルト殿、面会の準備が整いました」
「うむ。……ジャック、ユリス。君たちは中庭の奥に。私が呼ぶまで出てくるな。良いな?」
「はい、師匠」「了解!」
グレイが扉の向こうへと歩いていくのを見届け、ジャックとユリスは、庭の奥の小部屋に腰を落ち着けた。
その手には、ジャックが設計し、ユリスが仕上げた試作品たち――
魔法学院が新たに導入を検討している、模擬戦用評価魔導具がある。
(……さて。ここからが本番だ)
ジャックは静かに目を閉じ、アリスと情報をやり取りする。
> 《記録データ、起動中。こちらの観測範囲に問題なし。模擬戦仕様の転送式監視結界、設計通り展開済み》
> 《周囲の魔力量感知――異常反応なし。学院側の対応人員は計三名、いずれも制御付き。警戒レベル中》
――交渉内容は、すでに綿密に整えてある。
一、納品物の導入前に、100戦分の模擬テストを義務付けること。
二、製作者名義は「グレイ=アルフォルト」と「ユリス」のみ。ジャックの名義は記録に残さないこと。
三、運用中の改良・調整に関して、製作者側に再提案の機会を保証すること。
あくまで「正式採用ではなく、評価用」として学院側に渡す。
――この三条件は、グレイの口から静かに、だがはっきりと伝えられた。
学院の技術担当官は眉をひそめたが、やがて深くうなずく。
「……復職の意思は、やはりお持ちでないのですね?」
「無粋なことを聞かぬでもらいたい。私は今、ただ弟子と向き合っているだけだ」
「なるほど。……信頼できる技術者の再登場は、学院にとっても損ではありません。条件、すべて受け入れましょう」
その返答をアリス経由で受け取ったジャックは、ほっと胸を撫で下ろす。
(無理に名を売らず、改良権だけ残す。これでいい……)
今回の試作品は、模擬戦で使用される「安全監視型・強度記録装置」だ。
マナ圧の変化や発動速度、魔力波長を数値で記録し、危険領域に達する前に自動停止信号を発する。
表面には《ルーン式》で“一般的な”制御構文が刻まれているが――
内部構造には、ジャックが密かに設計した「微細魔力探知フィールド」と「衝撃抑制の補助魔法」が融合されている。
だがそれを知る者は、グレイとユリスだけで良い。
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グレイが部屋を出てきたのは、面会からおよそ一刻後だった。
その顔には珍しく、満足げな微笑が浮かんでいた。
「さて――手は打った。君たちの仕事は、既に評価対象だ」
「よし、ユリス。あとは模擬戦データを取って、改良点を洗い出そう」
「うん! エラー出たら、すぐに修正できるようにノートも作ってあるよ」
意気込むユリスの横で、ジャックは静かに立ち上がる。
派手に活躍する気は、これっぽっちもない。
けれど確かに、“役割”を果たす舞台は用意された。
> ……誰かの名の下に輝くのではなく、誰かの名を守るために沈黙する者がいる。
> そういう役目も、世界には必要なのだ。
> ――そして私は、その影の中にこそ希望を見出している。
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