第39話 隠された力と積み重ねられる信頼5. 野営訓練2
(AI『アリス』のメタ語り)
ふむ、人間という生き物は面白いものね。力を誇示せずとも、静かに信頼を積み重ねる者がいる。
それは時に、最強よりも信頼される“安心”となるわ。
さて、本日の観察対象――我らがジャックくん。
彼は今日もまた、“目立たず、確かに”信頼を集めていくようです。
◇ ◇ ◇
「前方、魔力反応多数……ランページボア一体、コボルト三体、接近中!」
張り詰めた声が響く。森の静寂を破るように、地面が小刻みに揺れ始めた。
ザッと草を掻き分け、Cクラスの生徒たちが右往左往に走る。
DクラスとEクラスはもう大混乱。教師の指示も通らず、誰もが口々に叫びながら後退していく。
「う、うそ……本物の魔獣!?」
「近い!近いってば!」
そんな中――
「うおおおっ!? 来たぞッ! いっちょやってやるぜぇぇぇ!」
声の主は、Aクラスの生徒。高ぶった気合を背負って突っ込んでいくも……
「――ぎゃふっ!」
ランページボアの巨体が横薙ぎに突進、数人をなぎ払う。転がる、生徒たち。棍棒を手にしたコボルトたちがジリジリと距離を詰めてきていた。
「やばい、魔法の準備が――!」
「もう無理無理、間に合わな――」
――そこで、静かに立ち上がる影がひとつ。
「セイジズアシスタント」
誰よりも落ち着いた無詠唱。
透明な光が、波のように広がっていく。
セーフティ・フィールドが展開され、焦燥に飲まれた心が次第に鎮まり、
フォーカス・ブーストが混乱した視界を補正し、
エンライトメントが状況の全体像を脳裏に浮かび上がらせる。
「落ち着いて。慌てず、冷静に対応すれば大丈夫」
ジャックの言葉は、特別に大きくもなければ、命令的でもない。
けれど、確かにそこに「安心」があった。
「ジャックくん……」
「……あいつ、なんであんなに冷静なんだよ……」
ザッ、ザザザッ――
魔獣たちが再び接近する。
――その瞬間。
「ファントムケージ」
透明な檻が、突進してきたランページボアの動きを一瞬だけ封じた。
見えない壁に突っ込んだかのように、魔獣の動きが鈍る。
そして、
「サプライズボルト」
青白い電撃が走る。地面から突き上げるように魔力の閃光が発動し、驚いたようにコボルトたちが一瞬ひるんだ。
「今だっ!」
Bクラスの生徒が叫ぶ。突撃する仲間たち。
足止めされたコボルトに、集中攻撃が降り注いだ。
炎の矢、風の刃、簡易術式の連打。次々に倒れていく。
ランページボアが咆哮を上げ、幻影の檻をこじ開ける――
が、そこに現れるのは、火力に特化したAクラスの精鋭。
「援護、行くぞ!」
「左から回り込め!」
もはや混乱はない。指示は飛び交い、魔法が交錯する。
地を蹴り、風が舞い、光が走る。
生徒たちは一丸となって魔獣に立ち向かい――
――そして、戦いは終わった。
◇ ◇ ◇
夜。焚き火のぱちぱちという音だけが辺りに響く。
薪の匂いと、ほんのり焦げた焼き魚の香ばしさが混じり合っていた。
皆、無言で火を囲みながら、それぞれの器を手に取っていた。
「ふぅ……」
「……なんとか、やりきったな」
その言葉に、隣の生徒がぽつりとつぶやく。
「……ジャックがいてくれてよかった。なんか、安心できるんだ」
火の灯りに照らされた横顔が、ふっと和らぐ。
誰もがうなずくわけではない。だけど、その空気は確かに――静かで、穏やかだった。
◇ ◇ ◇
一方、少し離れた木陰の中。
サリア=ヴェルクは、木の幹にもたれながら、夜の空を見上げていた。
「……積み上げる信頼、か。ふふ、面白い生徒ね」
彼女の視線の先には、焚き火の輪の中で静かに座るジャックの姿があった。
◇ ◇ ◇
(AI『アリス』のメタ語り)
隠された力は、ただ隠すためのものではないの。
本当に価値があるのは、それを“どう使うか”という選択。
そして、力ではなく信頼を積む姿は、何よりも強く、美しい。
本日も、彼は一歩前進しました。
そう、静かに――確実にね。