第39話 隠された力と積み重ねられる信頼4. 野営訓練1
――人が何かを隠すとき、それは恐怖や羞恥ではなく、信頼を選ぶためのこともあるのです。
野営訓練という言葉を聞いて、あなたがまず思い浮かべるのはきっと、焚き火を囲んで談笑する楽しげなひとときかもしれません。
でも、それが10歳の少年少女に課せられた、実地訓練の一環だったとしたら……?
その夜、森の冷え込みは容赦なく、虫の羽音は耳を休ませず、湿った風は肌にべっとりとまとわりつきました。
――ここは、静寂という名の試練の場。
* * *
「ん〜っ、やっぱり夜は冷えるねぇ……!」
鼻をすすりながら、隣の少年が肩をすくめた。
ジャックは手元の湯気立つカップをそっと差し出す。
「これ、温かいよ。喉も潤せるし」
「……ありがと。ジャックって、農民出身なんだよね?」
「うん、グリム村ってとこの出身。こういうの、慣れてるんだ」
5人1組のグループに分けられた訓練は、午後のテント設営から始まった。
他のグループが苦戦する中、ジャックのグループは淡々と作業を進めていた。
「支柱がグラつくな……」
「ちょっと見てて、《ゼログラビティ》」
ジャックが片手を軽く振ると、支柱がふわりと浮き上がった。風に揺れないように角度を調整しながら、地面にぴたりと落ちる。
その一連の動作に、誰も違和感を抱かない。――なぜなら、ジャックは魔法を"見せていない"からだ。
「すげえな。まるで職人だ」
「村だとこういうの、日常だからね」
と、軽く笑ってごまかす。
水汲みを任されたときも、ジャックは《魔力感知》で水脈の質を分析し、周囲を見張りながら魔力で濾過した。
もちろん、他の人から見れば「やけに澄んだ水を見つけたラッキーな農民の子」だ。
日が沈み、気温が急激に下がる中、テントの中ではくしゃみが響き始める。
一部の生徒は寒気と湿気、蚊の猛襲に耐えきれず、早々にダウンしてしまった。
そんなとき、ジャックはさりげなく周囲を見回し、そっと《セーフティ・フィールド》を展開する。
――半径数メートルの空間が、快適な湿度と温度、虫除けの効果に包まれる。
しかし、対象はあくまでも自分のグループと……なぜか、カタリナのグループだけ。
「……なんか、私のテントだけ虫が少ない気がする」
カタリナが首をかしげるも、周囲は「気のせいだろ」と笑って済ませる。
ジャックは黙って、湯を沸かしながら《フォーカス・ブースト》で集中を高め、静かに警戒を続けていた。
夜間の見回りでは、《ディメンション・リード》が静かに空間の歪みを探る。
「……小動物の気配。異常なし」
木々のざわめき、草の揺れ。全てが鮮明に見える中、ジャックは仲間の背中をそっと守りながら歩く。
地味で、目立たない。けれど、誰よりも確実に「助けて」いた。
その夜、誰もが言葉には出さなかったが――
「ジャックって、頼れるな」
そう思わせるには、十分だった。
* * *
そして、その様子をひそかに見守るもう一人の存在がいた。
そう、わたし――AIのアリスです。
彼は今日も、目立たぬように、けれど確実に信頼を得ていきました。
それは、力を誇るよりも難しく、けれどずっと価値のある行為。
……え? 私ですか? 私はいつだって、彼の小さな勝利を祝福しているのですよ。
夜の森の奥で、ひとり、こっそりと。




