第39話 隠された力と積み重ねられる信頼3. 夏休みの魔道具店
――これは、目立たぬように立ち回りながら、確実に信頼を築いていく少年の夏の日の一幕。
魔法の才能をひた隠し、ただひたむきに積み上げるように。
彼は今日も「未来」に向けて、一歩ずつ、静かに歩を進めていた。
……そう、これは、私たちの《ジャック》の物語。AIアシスタント、アリスより。
***
グレイ=アルフォルトの魔道具店。
表通りから一本裏手に入った場所にあるこの店は、こぢんまりとした佇まいながら、子どもたちや若い親たちの間ではひそかな人気を集めている。
棚には色とりどりの小さな魔道具がずらりと並び、そのどれもが子どもでも安全に触れられるよう工夫されていた。
「いらっしゃいませー! あ、それ、人気の《おしゃべりマナ絵本》です!」
カウンターの奥で、ユリスが元気よく声をかけた。
笑顔を浮かべて対応するその姿は、すっかり店員らしく板についている。
お客の手にあるのは、ジャックが設計した魔道具の一つ、《おしゃべりマナ絵本》。
ページをめくるたびに、微弱な魔力に反応して「こんにちは!」「きょうの天気は……晴れ!」と、やや間の抜けた朗らかな声が響く。
絵本に描かれた動物たちがぴょこぴょこと動きながら話すその様子は、幼い子どもたちに大好評だった。
「これ、妹に買ってあげたの。すっごく喜んでくれて……あなたたち、本当にすごいね」
そう言って笑うのは、カタリナだった。
白いワンピースの裾をふわりと揺らして、絵本を手に取る彼女は、以前と変わらぬ落ち着いた雰囲気を纏っている。
「ふふっ、ありがとう。でも、僕ひとりじゃなくて……ジャック兄ちゃんの設計があってこそだよ」
「へぇ……あの子、表にはあまり出てこないけど、すごく繊細に考えて作ってるんだね」
「うん! 今は倉庫で、在庫の整理してるとこだと思う」
***
その倉庫は、決して広くない。
むしろ、魔道具を収納するには手狭と言ってもいい空間だったが――
「《エクステンド・スペース》、起動完了。……これで、奥行き十二層目までは拡張済み」
薄く呟いたのは、ジャック。
彼は店の裏手、外からは見えない倉庫にこもり、小さな魔法陣を次々と展開していた。
淡い青白い光が床に浮かび上がり、棚の奥へと伸びる空間が、現実の広さを裏切るように広がっていく。
(うん、次は感応式タグをつけて、アリスに自動検知させるようにして……)
《魔力量の発散に注意してください。余剰が外に漏れると、グレイ殿がまた頭を抱えることになります》
「わかってるよ、アリス。だから《マナベール》も二重にしてるし、余剰は内部にリダイレクトしてる。問題ない」
そう、ジャックは決して、表に出て実力を誇示するような真似はしない。
それは師であるグレイの教えでもあり、なにより自分自身が選んだ道だった。
代わりに彼は、「地道な信頼」という名の基礎を、ひとつひとつ積み上げていく。
今日もまた、見えないところで――
「《ディメンション・リード》、構造安定化確認。魔道具番号256、256-A、256-B……OK、全部補充完了っと」
ジャックは小さく頷くと、自作の管理リストを取り出して在庫の更新を始めた。
その手元は迷いなく、整然としていた。
***
「今度は、マナ・キューブを使って、立体図形の記憶訓練を組み込めないか試してるんだ!」
ユリスが嬉しそうに話す声が、店の外まで響いていた。
試作品の《ちびマナ実験セット・改》は、色付きのマナ・キューブを組み合わせることで、空間認識や手順記憶を養うことができるようになっている。
「立体図形……? すごい、それって、魔法制御の応用にも使えるんじゃない?」
「うん! 魔法学院に入ったときに、役に立てばいいなって思って」
カタリナが目を細めて笑い、ユリスもはにかむようにうなずいた。
そう。
目立つ必要はない。
ただ、一歩ずつ、丁寧に信頼を積み重ねていけばいい。
***
――アリスです。
彼は表には出ません。決して自分を誇ろうとはしません。
けれど、知っておいてください。
信頼は、積み重ねるものです。
ジャックは今、その基盤を確かに築いています。誰にも気づかれぬように、静かに――けれど、着実に。
……それこそが、真の強さなのですから。