第37話 隠す強さ、歩む一歩3. 魔法学院入学試験
――魔法とは、火花のようにきらめき、風のように気まぐれで、水のように流れるものである。だが、ある少年にとって、それはただの「調整対象」でしかなかった。こんにちは、わたしはアリス。今回も、転生者ジャックの一場面を覗いていこう。舞台は王都、魔法学院の入学試験会場――いよいよ本番である。
---
王都レオストリアの中心部にそびえる、白銀の尖塔と碧瑠璃の屋根。その壮麗な建築の中央広場に、見渡すかぎりの受験生たちが集っていた。制服姿の試験官たちが列を整え、次々に案内を叫ぶ声が響く。
「筆記試験の受験者は、試験場第一~第五へ! 名前を確認して移動を!」
「よし、深呼吸……」
ジャックはひとつ息を整え、リュックを背に小さな背中を押し出した。カタリナが並んで歩く。
「緊張してる? 私はしてる。すごくしてる。ああ、胃が……!」
「僕は平気。胃は。代わりに頭がヒリヒリしてるかも」
「それ、緊張じゃん!」
ごもっとも。そんな軽口を交わしながら、二人は割り当てられた第一試験場へと入っていった。
---
◆ 筆記試験
試験用紙は四枚。表紙には「基礎魔導理論/元素分類/魔法円構造理論/応用魔導算術」と書かれていた。
(うわぁ……セイジズアシスタント、使えたらな……)
脳内に待機中のアリスをちらりと想起するが、もちろん反応はない。試験中は補助魔法一切禁止だ。知っていた。準備してきた。泣きたいけれど泣かない。
筆記具を握り、ジャックは黙々と問題に挑んだ。知らない語彙は飛ばし、わかる範囲を解き、何度も図形問題の構造を確認し――
(よし、最後のページ……あ、これ、どこかで見たやつだ……!)
時間ギリギリ、終了の鐘が鳴るその瞬間に、ジャックは最後の数字を鉛筆で殴り書いた。
「終わった……!」
「ど、どんな感じ……?」
「うん、たぶん……死んでない」
「それ、たぶん生きてるってことだね。よし、勝った!」
カタリナは意味不明な勝利宣言をして、二人は試験場を出た。
---
◆ 魔法実技試験
実技会場は吹きさらしの広場。風が肌をなで、魔力が濃密に漂っている。試験官たちが、ひとりずつ受験者を前に呼び出し、魔法の発動を命じる。
「次、ジャックくん。攻撃魔法を一つ、指定標的に向けて放ってください」
「はい」
ジャックは小さく頷くと、手を前に掲げた。指先に、ふんわりと風の粒が集まり始める。心の中で絞るように、緻密に、ほんの一滴の力だけを引き出す。
《ガストブラスト》
放たれたそれは、まるで子鳥の羽ばたきのようにやさしく、けれどまっすぐに標的へと命中した。
「……うむ。素直な魔法だ。力は控えめだが、暴発も乱れもない。安定しているな」
「基礎ができている証拠だ」
試験官たちは口々にそう評した。ジャックは頭を下げながら、内心でがっつりガッツポーズ。
(よし、エネルギー最小で整形成功。暴発ゼロ、印象薄め、地味……完璧!)
---
◆ 魔力量測定
「次、魔力量測定に移ります。こちらの石柱に手を置いてください」
試験官に促されて、ジャックは透明な水晶柱に手のひらを置く。すぐに淡い光が走った。
(マナベール、三層展開。伯爵クラスの半分……いや、もうちょい減らしておこう)
魔力の膜が、何層にもジャックの中のエネルギーを隠す。数値が浮かび上がる。
「……なっ……」
「おい、他の子の倍以上あるぞ?」
ざわつく試験官の声に、ジャックは冷や汗をかきながら、あえてキョトン顔をキープした。貴族の少年などは明らかに不満そうな顔をしている。
「ほう……なかなかの素質だな。農民の子か……ふむ」
「いや、数値としてはまだ上限ではない。問題ないだろう」
(ギリギリセーフ……ちょっと盛りすぎたか……?)
---
◆ 魔法適性検査
次は、属性ごとの魔法石に触れて、どの属性に反応するかを判定する試験。
ジャックは順番に火、水、風、土……そして光、闇、雷、氷、すべての石に触れた。
……沈黙。
何も起きない。
試験官の一人が首をかしげる。
「無属性、か。最近では珍しいな」
「まあ、一定数はいるから問題はない。補助系に向く子もいる」
(ふぅ、目立たなかったな。ほんとによかった……)
---
◆ 掲示板前
数日後、魔法学院の正門前に、合格者の一覧が貼り出された。
「ジャック、ジャック……あった! 五十位!」
ジャックは掲示を見つけ、小さくガッツポーズ。すぐそばでカタリナが、笑いながら自分の順位を指さした。
「ふふっ、私は三十五位! 点数だけなら、Aクラスだったかも。でも、商人の娘だしね。まぁ、Bクラスって言われたよ」
「成績順でないのなら、問題ないよ。むしろ好都合」
「ジャック、なんかそれ……かっこいいような、ずるいような……」
「ずるくはない。努力と隠蔽だよ」
「うわあ、なんか腹黒い! いや、清廉潔白だって信じてるけど!」
二人は顔を見合わせて笑い合い、そのまま王都の石畳の街路を並んで歩き出した。
学院までの道は、きっとまだまだ長い。でも、始まりの一歩としては悪くなかった。
---
――ジャックは力を隠すことで、道を選んだ。見せびらかす強さではなく、歩み続ける勇気を。だが、覚えていて。彼の中に眠るものは、今はまだ封じられた嵐なのだ。次に、それが目覚めるとき――私は、それを記録しよう。アリスより。