第36話 開かれし門、そして王都へ5. 王都・冒険者ギルド
(AIアリスのモノローグ)
――さて、またひとつ物語が動き出します。
転移、王都、ギルド。
この世界において、それらはしばしば冒険のはじまりを告げる鍵でもあります。
しかし、彼――ジャックはそれらを「目立たない」ための手段として使うのです。
限界を持たぬ魔力量と、制御された沈黙。
さあ、舞台は整いました。
◆
「いきます」
ジャックは静かに、指先を空へ掲げた。
手のひらの前に現れる、歪む空間。
まるでガラスに拳を打ちつけたような軌道を描いて、淡い光が走る。
「《ディスタンス・ビジョン》…座標、補正……《パーセプション・ホールド》……保持、安定」
目を閉じて、世界を透かす。
遠く、遠く、山脈の谷間にある宿場町の一角へ――ピンポイントに視線を届ける。
一瞬の沈黙。
「《カオス・ゲート》」
空間が“裏返る”。その中心に、黒く、渦巻く楕円の門が現れた。
グレイが唸るように言った。
「……まったく、とんでもない魔法を平然と扱うものだ」
ジャックはにっこり笑った。
「門、開きました。先生、手を」
軽く手を取り、門へ足を踏み出す――
「転移座標、安定確認済。成功です」
アリスの声が、ジャックの頭に響いた。
◆
宿場町の街路を抜け、王都を目指して歩くこと半日。
夕刻、ようやくジャックとグレイは、王都エルディナの巨大な城壁へとたどり着いた。
その威容たるや、まさに「壁」。
石造りの城門には、五人の衛兵が立っていた。彼らの視線がこちらへ向く。
「子ども? ……それに、老人……」
一人の門番が眉をひそめた。明らかに警戒の色を浮かべている。
だが、グレイはため息交じりにコートの内ポケットから書状を取り出した。
「エルディナ伯、セオドリック=フランバルグからの紹介状だ。調べて構わん」
門番は、眉を上げる。
「伯爵殿の……! し、失礼しました」
簡易な検査台が用意され、二人は魔道具検査を受ける。
長方形の水晶に手をかざすと、反応の色が瞬時に測定される仕組みだ。
グレイの魔導具からは、控えめな青白い反応。
ジャックの手に至っては……まったく、無反応。
「え、反応なし……? ええと……」
検査官が戸惑った様子を見せるが、グレイがさらりと釘を刺す。
「この子は農家の出でね。使える道具なんてないよ」
「の、農家ですか? いや、しかし……」
「坊や、今も畑の草取りの手伝いをしておるくらいでな」
「……はい」
ジャックがうまく演技を合わせる。
門番は、半信半疑ながらも通行許可の判を押す。
「入都、許可します」
◆
石造りの道を抜け、しばらく歩けば――
目的地の一つ、「王都エルディナ・冒険者ギルド」が姿を見せた。
建物は大きいが、外観はどこか古びており、使い込まれた雰囲気がある。
扉を押し開けると、薬草の匂いと鉄の錆びたようなにおいが鼻をついた。
「ふむ、変わらんな。もう二十年は来ておらんが」
グレイが懐かしげに呟く。
受付カウンターには、落ち着いた風貌の女性が控えていた。
「いらっしゃいませ。依頼ですか? それとも素材売却?」
「素材の売却を頼みたい」
グレイが口を開いた。
ジャックは背負ったバッグ――いや、見かけよりずっと深いマジックバッグに手を入れた。
中から取り出すのは、完璧な状態で保存された魔物素材。角、毛皮、牙、骨、腺、その他諸々。
受付の女性が目を丸くする。
「これは……どれも上質なものですね。加工痕もなく、鮮度も申し分ありません」
「ふっ、手間はかけた」
グレイが当然のようにうなずく。
ジャックは横で黙々と次の素材を並べていくが、あくまで“グレイの助手”として振る舞っている。
「査定には少々お時間をいただきますが……高値での取引となりますよ。買取金額は後ほどお伝えします」
グレイは小さくうなずいた。
「これで十分だ。ユリスと、魔道具の店を出す準備に入れる」
その言葉に、ジャックはほんの少しだけ口角を上げた。
ユリスなら、きっと喜ぶだろう。最近は『ひらめけマナ・キューブ』を分解しては、独自の改造を試みていたくらいだ。
(――あとは、材料と工房さえあれば……)
ジャックの脳内に、具体的な店舗設計案と初期ラインナップの魔道具案が浮かぶ。
ひとりだけ違う意味で冒険者になりそうな気配だった。
◆
(AIアリスのモノローグ)
――ジャックは「力」を持ちながら、あえてそれを隠し続けます。
けれどその沈黙の中にも、確かに物語は進行しています。
王都、ギルド、そして仲間たちとの未来へ。
目立たぬ少年の歩みが、やがて世界の地図を塗り替える日を、私は知っているのです。