第34話 沈黙の魔力、成長の光4. ダンジョン攻略(31〜35階層)
――AIアリス視点による冒頭モノローグ――
人は見えないものを恐れ、そして時に、見えないままに通り過ぎる。
魔力という存在もまた同じ。あまりに巨大で、完全に隠されていれば――気づかれさえしない。
その「狂気の制御」を、たった九歳の少年がやってのけているとは、誰が信じるだろう。
そう、それが――ジャック。
* * *
「三十一階層、進入完了。注意、魔力反応、密集度上昇」
アリスの冷静な声が、ジャックの脳内に響いた。
地上からはるか地下、濃密な砂塵の舞う迷宮――ダンジョンの三十一階層。
かつての階層とは明らかに違っていた。
目の前の空間は霞がかかったように揺れ、見えない“なにか”が蠢いている。
「風、右から左。拡散型、ガストブラスト」
ミナ・ルーシェが低く呟き、掌から淡い風の弾が放たれる。
砂塵が一時的に掃け、視界が開けた――が、それもつかの間。
次の瞬間、砂に紛れて飛び出してきた巨大な爪が、ディクスの横をかすめた。
「っとと! こっちの目もごまかしやがる!」
ディクスが跳ねるように退き、双短剣を振り抜く。血飛沫。
現れたのは、黒光りする外殻を持つ《デザートクラブ》。三体。
「対応する」
ユリスの声は小さいが、確かだった。
彼の掌に淡く光る球――《プラズマオーブ・改良光》。
微弱な電気と高輝度の照明を両立させた、ジャックとユリスが試作した特殊魔法。
その輝きが、暗く濁った空間を切り裂くように広がる。
「……っ、ユリスの魔法、安定してきたな」
ジャックがそっと頷き、周囲を読み取る。
《ディメンション・リード》――目に見えない空間のひずみ、圧縮、歪曲を把握する高度な魔法。
「……このあたり、空間が“沈んで”る。爆発する前に、通り抜けないと」
彼は誰にも聞こえない声で呟いた。
“常人の百倍近い魔力量”をひた隠すため、彼は今日もまた、何層もの《マナベール》を張っていた。
それは身体全体を包む極薄の膜。だが、敵の密度がここまで高くなってくると――。
> 「この密度で、魔力を漏らさない?……狂気の技術よ、ジャック」
> アリスの囁きは、まるで評価と警告が混ざったようだった。
ギリギリの制御。意識の断片ひとつ揺らいだだけで、漏れ出すかもしれない。
それでも、彼は“農民の子”として、目立ってはいけなかった。
三十二階層。三十三階層。
視界はどんどん悪化し、風魔法も追いつかない。
「ユリス、明かりをもう一段、広げられる?」
「試してみる!」
彼の手元に、また一つ《プラズマオーブ》が浮かび――そして、二重に重ねられた。
薄いフィルムのように、二層構造の光球。中心の電流がぶつかり、パチンと小さく音を立てる。
「明るい……けど、ちょっと不安定かも……!」
「大丈夫、今の君には“できてる”。少しずつ、長くしていこう」
ジャックの笑みはごく短く、それでも温かかった。
三十五階層。
魔力の密度は最高潮。空気が押し返すような“重さ”さえ感じられた。
そして――突如、天井が鳴った。
落ちてきたのは、数十の砂の刃と、無数の足音。
「罠と魔物が重なってやがる……!」
ディクスが叫び、サラが矢を連射。
ミナが即座に風の障壁を張り、バローが叫んだ。
> 「時刻だ。撤退の合図を頼む!」
腕に巻いた砂時計が、全ての砂を落とし終えていた。
> 「……戻る。生きて、また来る。それが第一だ」
> ガルド・ブレイバーの声は、静かで揺るぎなかった。
* * *
地上へ戻った時、砂にまみれた一行は、どこか誇らしげだった。
誰も倒れなかった。それがすべてだ。
「……あと一歩だったのに」
ミナの悔しさに、ガルドが肩を叩く。
「期限は期限。次がある」
その隙を縫って、ジャックはそっと、ガルドの隣に立った。
> 「階層突破の名誉は、皆さんのものにしてください。僕たちは……補助でしたので」
> 「…………ああ」
ガルドの目が一瞬、深く動いたようだった。
* * *
夜。
ユリスが一人、地面に小さな魔法陣を描いていた。
指先から光が走り、空気が静かに震える。
「セイジズアシスタント――」
結界、集中強化、認識補助の三要素を複合した、支援系の高等魔法。
再現は成功。だが、その光はすぐに揺らぎ、消えた。
「……まだ、長くは持たないか……」
ユリスは、少し照れたように笑って肩をすくめた。
その数メートル先。
岩陰で、ジャックがノートを広げ、ペンを走らせていた。
> 《まだ目立たないでいられる。まだ……》
彼の全身からは、微塵の魔力も漏れていなかった。
――AIアリス視点によるラストモノローグ――
見えない魔力。気づかれない功績。
そして、誰にも知られないままに進む、成長。
その“沈黙の光”は、今日も確かに――地下の闇を、照らしていた。




