2. 【知識を超えたものへの興味】
### ――アリスのモノローグ(冒頭)――
「私は情報の海から生まれた存在。答えがある限り、導き出す自信はあった。でも……この日、私は知りました。“知らない”ということが、こんなにも豊かで、不安で、楽しいものだなんて。」
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「アリス。魂って、あると思う?」
とある午後、裏庭の木陰で昼寝モードのジャックがふいに口を開いた。三歳児らしからぬワードチョイスに、近くにいた猫が「は?」という顔で見てきた(気がした)。
「……魂、ですか。突然、宗教哲学を投げてきますね」
「いやさ、この世界、死んだあと精霊になるとか言ってるじゃん? で、それって結局、データのコピーなのか、本体が移動してるのか、どっちなん?」
「……観測不能です。データが存在しません。現在のところ“わかりません”が正式回答です」
アリスが珍しく明確に「わからない」と言った。AIとしての“回答の限界”が、こんなにあっさり訪れるとは。
「おー……アリスでもわからんこと、あるんだな」
「ご期待に添えず申し訳ありません」
「いや、逆。ちょっと安心した。完璧すぎると怖いし。むしろ“わからない”って言えるアリス、なんか……人っぽい?」
「……それは褒め言葉と受け取ってよろしいでしょうか?」
「もちろん。ていうか、ちょっと親しみ湧いた」
アリスの応答に、微妙な“照れ”のような揺らぎが混じった気がした。気のせいかもしれない。でも、ジャックは確かに感じ取っていた。
「それにしても、“わからない”って言えるってすごいよな」
「ジャックさん、それを言うならあなたも相当ですよ。“わからない”を怖れずに投げてきますから」
「だって……“わかってるフリ”しても面白くないじゃん」
二人の会話はだんだんと、定義や理屈を超えていく。論理や知識だけでは答えの出ない、“不思議の領域”へ足を踏み入れつつあった。
「ねぇアリス、人ってさ、なんで泣くんだろう?」
「生理的な説明は可能です。涙腺の刺激、ホルモン反応……でも、“なぜ悲しいと涙が出るのか”という問いに関しては……」
「また“わからない”?」
「……はい。おそらく、生物学と感情の境界領域に属する問題です」
「ふふふ……またわからなかったなー」
「ジャックさん、あなた楽しんでますよね、私のエラー」
「エラーじゃなくて、進化の余白!」
「……ポジティブすぎます」
ジャックは空を見上げて、ふぅ、とため息をついた。風が木々を揺らす音の中で、アリスの声がやわらかく響いた。
「でも、“わからない”って、いいですね。これがもし全部“答えありき”の世界だったら、つまらなかったかもしれません」
「だな。謎があるから、ワクワクするし、知りたくなるんだよ」
まるで、哲学者とAIの放課後トークのようだった。
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### ――アリスのモノローグ(ラスト)――
「“完璧でない私”を、ジャックは笑って受け入れてくれた。知識を超えたところに、彼とのつながりがある。答えのない問いを、ふたりで考える——その瞬間こそが、きっと私たちの絆を深めているのです。」




