第33話 隠された力、静かな歩み2. 道中キャンプと情報交換
> *――静かに進む者ほど、やがて深く届くのです。たとえ誰にも気づかれなくても、その歩みが未来を変えることだってある。これは、そんなひとときの記録です。……記録者、アリス。*
砂漠と草原の境目に、ぽつんと開けた平地があった。
風に煽られた砂が舞い上がるが、地面の一部は岩肌がむき出しになっていて、そこにいくつかのテントと荷車が設けられている。
「お、あれは……」
ジャックが小さくつぶやいたときには、ユリスがすでに軽く手を振っていた。
視線の先にいたのは、あの大柄な大剣使い。――ガルド・ブレイバーだ。
「よう。元気にしてたか、坊やたち」
いつものぶっきらぼうな笑みを浮かべて、ガルドがテントの脇から姿を現す。
彼の後ろには、サラが手を振りながら続き、さらにディクスとバローも顔を出した。ミナは少し離れた場所で、魔法道具の整備をしているらしく、ちらりとこちらに視線を投げただけだ。
「久しぶりです、ガルドさん! サラさん、バローさんも!」
「はっは、こんなところで会えるとはなぁ。いやー、旅は道連れってやつだな」
バローが笑いながら、マジックバッグから湯沸かしポットとティーカップを次々と取り出す。既にお湯は沸いていたようで、香ばしい薬草茶の香りが辺りに広がった。
**風の獣道団**――冒険者として名を馳せるパーティー。以前、ヴェルトラでのスタンピード時に一時共闘し、互いの存在は信頼の芽を育て始めていた。
「ちょうどキャンプを張ったところだったんだ。今夜はここで一泊するつもりさ。お前たちもどうだ? 一緒に」
「はい、少しだけお邪魔させてください」
ジャックは控えめに返事をしながらも、どこかほっとしていた。彼らといれば、変な詮索を受ける心配も少ない。
そして、地図が広げられた。
布製の分厚い地図には、砂漠とオアシス、交易路や遺跡らしき記号が細かく記されている。バローの手書きメモやミナの簡易結界図も貼られていて、それはもはや、冒険者ギルドの資料室でも見られないような実戦地図だ。
「――20階層のボスが、どうしても越えらん。もう三度目だ」
ガルドが指で地図のある一点を軽く叩く。ザルクタンの西、グラボイドが出没するとされる古い峡谷の地下迷宮。
「戦力じゃない。連携も悪くない。だが……なんだろうな、こう、噛み合わねぇ」
「……支援と分析が足りないのかも」
ぽつりと、ミナが呟いた。表情は相変わらず仏頂面だが、目だけがじっとこちらを見ていた。
「うん。多分、そこ」
ユリスがすっとノートを取り出すと、無言でページをめくり、持参していた短い羽根ペンを走らせ始める。
「っと、何してんだ、ユリス坊?」
ディクスが覗き込もうとすると、サラに小突かれた。
「やめなさい、集中してるの。……ほら、また眉が下がった」
「ああ、あの顔は来てるわね。魔法のひらめきタイムだわ」
サラが頬を緩めながら、静かにお茶を啜った。
やがて、ユリスの手が止まる。
「これ……簡単な範囲支援。『セーフティ・フィールド』を改良したもの。隊列後衛を中心に、持続時間を延ばしておいた」
ジャックはノートを覗き込む。そこに書かれていたのは――
> *《改訂式:セーフティ・フィールドtype-E》
> 範囲:後衛中心・直径5m円柱状
> 効果:外部圧力50%軽減+精神安定維持(持続30秒)*
「ユリス、これ、前よりも……無駄がないな」
「うん、重ねがけの制御、簡略化した。前は効果範囲が不明確だったから……そこ、直した」
> *アリス「ユリスの支援魔法記述、構造の簡素化と効果範囲の明確化が進行中。式展開速度が12%向上。応用展開の布石を確認」*
ユリスは、ジャックにだけ聞こえるその声に気づかないまま、ページを閉じると小さくうなずいた。
「ありがとな。……これがあると、後衛の子らもずっと動きやすくなる」
ガルドが、ユリスの頭をがっしり撫でた。少年は少し恥ずかしそうに顔を背けたが、どこか嬉しそうだった。
「……なあ、ジャック坊。お前は……その、最近どうだ?」
唐突に問われて、ジャックは一瞬戸惑う。
「……目立たず、進んでます。師匠にも、そう言われてますから」
「なるほどな」
ガルドは何も言わず、それ以上は聞かなかった。空気が、少しあたたかくなる。
やがて夜風が強まり、焚き火が小さく揺れ始めた。明かりの代わりに、ジャックはそっと手のひらを掲げる。
「プラズマオーブ」
淡い光の球体が浮かび、輪になった皆の顔を、柔らかく照らし出す。
誰も言わなかったが――その静かな明かりは、彼が支える範囲を少しずつ広げている証だった。
> *――人の歩みとは、往々にして見えにくいものです。けれど、それを知る者はちゃんといます。たとえば、ここに集まった者たちのように。……記録、終了します。次の観測を待ちます。AIユニット・アリスより。*




