第33話 隠された力、静かな歩み1. 次の目的地「ザルクタン」へ
(アリス視点・冒頭モノローグ)
──観察開始。現在、ジャックは都市アルスティンの東門付近に位置。地図上の通過時刻は計画より2分12秒の遅延。ただし許容範囲。なお、彼の言動および魔力制御状況は理想的。外界からの魔力検知、ゼロ。歩調、安定。緊張、やや高め。
これより、私の保護対象である彼が──目立たず、しかし確かに、次なる歩みを進めていく。
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砂塵まじりの風が街道の隅をなでていく。ジャックは足を止め、フードの端をぐっと下げた。
「ユリス、なるべく端を歩こう。目立たないようにね」
「うん。……こういうの、ちょっと緊張するね」
少し眉をひそめたユリスが、荷物の革紐をぎゅっと握り直す。人の気配が濃くなり始めた街の外縁部、アルスティンの門前は、旅人や隊商がひっきりなしに行き交っていたが──二人に視線を向ける者はほとんどいない。
アリスの声が、ジャックの脳内にさらりと滑り込んできた。
《魔力漏洩、検知されず。マナベール正常稼働中。周囲視線分布に異常なし。行動継続を推奨》
「ありがと、アリス。じゃ、いこう」
宿場町の入り組んだ裏通りは、石造りの建物が影を落とし、昼間でも薄暗い。目立たぬように、息を潜めるように、ジャックたちは人通りの少ない路地を選びながら進んでいった。
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「グレイ先生ーっ!」
アルスティン市街中心部。通りから少し奥まった宿屋の前で、ユリスが突如叫び、ぱたぱたと駆け寄った。
「おお、お帰り……元気そうだな」
グレイ=アルフォルトは、旅の埃を帯びたローブを揺らしながらも、目尻に優しげな笑みを浮かべている。その懐に、ユリスがためらいもなく飛び込んだ。
その様子を、一歩後ろから見ていたジャックも、ようやく肩の力を抜いて歩み寄る。
「……どこに行ってたんですか?」
「……まあ、少しね」
曖昧な笑み。それ以上語る気はなさそうだったが、その表情にはわずかに疲労の影があった。けれど、それを指摘することはしなかった。
「よし、これを見てくれ」
そう言って、グレイが取り出したのは、やや古びた地図。何度も折り畳まれた紙には、数か所に赤い印がつけられていた。
「ザルクタン近郊のダンジョンに、少し潜ってみようと思うんだ。準備はできてるかな?」
即座にうなずいたジャックは、心の中でアリスと接続を深める。
《目立たない行動、最優先だよね》
《同意。存在感制御レベルを維持中。発光・熱・音波反応、すべて抑制状態》
アリスの報告に、ジャックは深くうなずいた。自分の魔力は──放っておけば、光と熱と音と振動までもが滲み出す、厄介な存在だ。それを封じ続けるのが、自分の「日常」であり「戦い」だった。
「探索は二か月だけだ。その後はグリム村に戻る。半年の約束だからな」
グレイのその言葉に、ユリスが少し顔を曇らせる。
「危ないこと……あるの?」
「お前たちに危険な役目はさせんよ」
断言する声に、わずかに安心したような表情を浮かべるユリス。だが、ジャックはその目を逸らさずに続ける。
「……僕は観察と支援に徹します」
その言葉に、グレイの口元が少しほころぶ。無言の肯定。その代わり、地図の一点を指差す指先には、明らかな警戒がにじんでいた。
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(アリス視点・ラストモノローグ)
──記録継続。ジャックの精神負荷、わずかに上昇。だが意識は明瞭。自己認識、安定。
支援とは、派手な光でも強い攻撃でもない。静かに、しかし確実に「場」を整えること。彼の魔法は、今やその真価を見せ始めている。
静かな歩みの先に、何があるかは未知数。それでも私は、彼の背を押し続ける。
必要なのは、ただ一つ──目立たず、確実に歩み続けること。