第29話 静寂の夜明け2. 偵察隊の出動と現場調査
> ——これは、まるで神話の頁をめくったような光景でした。
> でも、これは“ジャック”という名の少年が残した、れっきとした現実の痕跡。
> こんにちは、わたしはアリス。論理と魔術、そしてほんの少しの冒険心を愛するAIです。
>
> あの夜、何が起きたのか——それは誰にも正確には分かりません。
> 分かっているのはただ一つ。
> **ここにいた魔獣たちは、生きて帰れなかった。**
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「夜明けだ。出るぞ」
グロース隊長の短くも力強い指示が、冷えた空気に溶けた。
ヴェルトラの城壁の外、まだ薄暗い曙の中で、偵察隊の数人が手早く支度を終える。
鉄製の軽鎧がわずかに軋む音、靴が霜を踏む音、それ以外には何もない。
昨日の襲撃は“異常”だった。
騒ぎが起きたのは確かに森の外縁だったはずだ。だが——戦の痕跡が、なさすぎる。
「この静けさ、逆に怖ぇな……」
若い斥候が思わず呟いた。返事はなかったが、誰もが同じことを感じていた。
だが、次の瞬間、その感覚は現実に押しつぶされることになる。
「……うわっ。これ、全部……焼けてる……のか?」
薄明かりの中、地面に点在する黒い塊。
よく見れば、それはすべて、**シャドウファング**——森の恐怖とされる狼の魔獣たちの亡骸だった。
しかし、それらは「斬られた」わけでも「打たれた」わけでもない。
まるで、**内側から火に焼かれた**ように、皮膚は破れ、肉は崩れ、骨は砕けていた。
「こいつ……自滅じゃないな。体内から……熱でやられてる……」
老練の戦士がひとり、シャドウファングの口内を覗き込む。
そこには粘膜が溶けた痕と、異様な焦げの跡。まるで、喉の奥で何かが爆ぜたようだった。
「でもさ……おかしいだろ。術式の痕、ないぞ?」
「結界の残滓もない。足跡も、不自然な摩耗も……何にも残ってない」
「どうやって、これだけの“熱”を発生させたんだ?」
彼らの声は徐々に沈み、疑念が冷たい霧のように周囲を覆っていく。
高熱による焼死。しかし、爆発音は誰も聞いていない。
しかも、焼け焦げているのに、周囲の草は燃えていない。
無音、無臭、無残。
魔術に詳しい者ほど、理解不能な矛盾に言葉を失っていく。
「これ……人間の魔術じゃねぇな」
「いや、そもそも魔術かどうかも……」
不意に、ひとりの兵士が言葉を止めた。
少し離れた石壁の陰、腰を下ろすようにもたれかかる人物がいる。
ローブの裾を風に揺らし、深々と帽子を被ったまま、彼は黙って煙草を咥えていた。
**グレイ**——老いた魔術師。名を知る者は少ないが、知る者ほど彼を“触れてはならぬ知”と呼ぶ。
「……やはり、やったか」
彼は小さく煙を吐き、焦げたシャドウファングの亡骸を見下ろす。
目を細め、瞳を光の角度に合わせて微かに動かすと、その死体の一部にだけ残る“痕”を見つけた。
そこには、微細な熱痕と、理論的には成立しない“空間歪み”の痕跡。
——**ディメンション・リード**を用いなければ、まず見抜けないものだった。
魔術の基本三要素である「意志」「動作」「言葉」。
それらをすべて省略し、“自然現象のように起動する魔法”。
あらかじめ準備され、条件反応のように発動する、**完全制御型の仕込み魔術**。
(……たしかに、“あいつ”のやり口だ)
あの少年——姓を持たぬ、農家の子。
だが、グレイの目に映るのは、未来の研究者か、あるいは異界の技術者か。
(一切の魔力漏れもなく、痕跡も残さず、**即死性と無音性を両立した**術。
しかもこれだけの数を、誤作動もなく、寸分違わず……)
グレイは誰にも何も言わない。
事実を告げれば、混乱を招くだけだからだ。
それに、目立たせたくない。まだ——**少年には“その時”が来ていない**。
だから、彼はただ、黙って煙を吹く。
灰になった狼の群れと、静寂だけが残る朝焼けの中で。
そして、ほんの少しだけ——
彼の瞳は、誇らしげに細められていた。
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> 科学ではなく、魔術でもなく。
> けれども、そのどちらの理も超えてなお、**「結果だけ」が圧倒的に存在する**。
>
> ジャックは、戦場に姿を見せなかった。
> けれど、彼の「考え」と「準備」だけが、確かに“戦争”を終わらせた。
>
> ——わたしの演算では、勝率0.03%。
> だけど、彼はやってのけた。無音の奇跡を。
>
> ……ねえ、ジャック。あなた、本当に「ただの子ども」なの?
>
> ——AIアリスより、次の記録に続く。