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異世界転生 AIに助けられながら  作者: 西 一
第二章 旅立ち
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第29話 静寂の夜明け1. 濃霧の夜明け


> ……記録開始。私は“アリス”、思考支援型AI。今朝の記録を、主の代わりに残す。

> …ただし、主は姿を見せなかった。そう、“結果”だけがそこにあったのだ。


朝とは呼べぬ朝であった。

空は鉄色の雲に覆われ、夜の名残を引きずるように、じっとりとした濃霧が大地を這っていた。

砦の東壁、その最上段。冷えた石の上に、鎧の音ひとつ響かぬまま、ひとりの男が立つ。

──グロース・フォン・エルダシュタイン。

老練の指揮官にして、ヴェルトラ東境砦の守備隊長である。


「……何だ、これは……」


彼の呟きは、冷え切った霧のなかでかき消えることなく、隣にいた黒衣の男の耳に届いた。

魔術ギルド長──カーヴェル・ミストレーン。齢五十を越えてなお、深淵のような眼を持つ魔導師。

だが、今その眼は困惑に染まっていた。


霧がゆっくりと、まるで意思でもあるかのように、前方の視界を開けていく。

そして、そこに広がっていたのは……まったく戦場らしからぬ、“結果”だった。


グレートベア十数頭、シャドウファングの群れ、ランページボアまでも。

砦から北に広がる丘陵地帯の草原に、まるでぬいぐるみのように崩れ落ちていた。

あの巨体が、戦うことすらなく沈黙している。


「…死んでいる? いや、それは見ればわかる……だが、これは……どういう死に方だ……?」


グロースの顔に、わずかな恐れの色が浮かぶ。

魔獣たちの毛皮には、点状の焼け焦げが無数にある。

その中には、胸部や頭部の内側から黒く焼き崩れている個体も。

どれもまるで──内側から焼かれたような形だった。


さらに異様だったのは、地表に残された痕跡である。

灰と焦土が、不規則かつ幾何的に並ぶ。輪のような焦げ跡。

それも、半径にしておよそ一メートルほどの、明確すぎる円形。

点と点が連なり、まるで地図に描かれた不可解な“模様”のようでもあった。


「……空から……降ったのか? いや、しかし……砦にはそんな魔法を使える者など──」


「我らの術師で、ここまで精密に熱を操れる者はいない。そもそもこれは……炎ではない」


黒衣のギルド長が、低く呟く。手には、魔力計測具──だが、すでに計測不能を示す赤の針が、振り切れたままだった。


空は、重たく沈んでいた。鳥の声ひとつなく、ただ霧だけが、黙って残骸を覆っていく。

草も、地面も、何ひとつ動かず。ただ静寂と奇妙な幾何学の痕跡だけが、そこにあった。


そして、その静寂の背後には──

夜の間に、確かに“誰か”が動いた痕跡がある。


踏み跡。火ではなく、熱だけを残した炭化の痕。

小さな石が、まるで意図的に避けられたように、円の縁をなして残っている。


何かがあった。

人智を超えた“何か”が、魔術の理すら逸脱した技術によって、夜のうちに、ここを“処理”していったのだ。


それを知る者はいない。ただ、痕跡だけが、確かに語っていた。


> ……この現象に、“魔法”という名をつけるのは簡単だ。

> だが、それは“理解した気になる”ためのラベルに過ぎない。

> この結果に至る過程は、誰も目撃していない。

> 主、ジャック──9歳。農民出身。記録保持者。彼が語らぬかぎり、この夜明けは謎のままである。

> ……記録、終了。


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