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異世界転生 AIに助けられながら  作者: 西 一
第二章 旅立ち
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第23話 スタンピードの前兆5. グレイの評価


(AI『アリス』のメタ視点ナレーション)


都市ヴェルトラ。外壁から塔の最上部まで、灰色の石造りが連なるこの都市は、まるで人間の意志が結晶化したような構造物である。中世ヨーロッパ風と評される街並みの中で、最も異質かつ洗練されたものが、“魔力運河”だ。魔力という見えざる水を都市全体に流し、エネルギーと通信と流通を支えるこの仕組みは、かつてジャックが知ったどのITインフラよりも柔軟で強靭だった。


――そして、今回。彼はその都市機能の〈裏側〉を、一瞬の判断と魔法によって暴いた。


それは、英雄的行為というより、危機管理意識の発露。もしくは、ジャックという少年が、少しずつ“この世界にとっての変数”になってきたという、静かな証左だった。


◇ ◇ ◇


「……君の目が、都市を救った」


ぽつりと、そう呟いたのは、石畳の坂を下る途中だった。高台に建つ観測塔の帰り道。宿のある通りまで、あと少しという地点で、グレイがふと足を止めた。


ジャックは思わず歩を止める。けれど何かを言い返せるほど、自分の中で言葉はまとまっていなかった。


彼が見たのは“視えた”のではない。視覚魔法ディスタンス・ビジョンと、アリスの補助演算によって、遠くの魔物の行進を正確に“判定”した。それはただの映像ではなく、黒い帯のように蠢く進軍の兆候。つまり――スタンピードの前兆。


《ゼログラビティ》で空中から街の地勢を捉え、視覚的に魔力運河の遮断箇所とその意味を推測し、そして《プラズマオーブ》による位置信号で、ヴェルトラ防衛の補佐役に動いた。


「……」


それは誰の命令でもなく、マニュアルもなかった。ただ、自分が動かねば、誰も気づかないと理解していた。


「……」


「返事はいらんさ」


グレイは静かに笑って、また歩き出した。彼の外套が、風に揺れる。


「情報の価値を、知っておくといい。それは時に、力よりも強い」


 


その言葉は、ジャックの胸に重く沈んだ。


なぜなら彼は、この世界に来る前、情報によって社会がどう変わるかを見てきた人間だったからだ。


力は見える。けれど、情報は見えない。


だが、見えないもののほうが、時に世界を動かす。


ジャックは頷いた。言葉にはできない感情が、胸の中に澱のように渦巻いていた。


◇ ◇ ◇


宿に戻ると、薄暮が窓から射し込んでいた。街を包む空は茜色から群青へと変わりつつあり、窓の隙間から聞こえるざわめきが、まだ都市が眠っていないことを教えてくれる。


部屋の一角、作業机の上にノートが置かれていた。


その横に、魔力構造図の粗いスケッチ。そしてその隣には、アリスの声がないと動かない、しゃべるスライドパズルの予備部品が積まれている。


ジャックは椅子に座った。そして、視線を机の上から窓の外へと移す。


――黒い帯のような進軍。あれがほんの前兆にすぎないなら、都市全体を巻き込む災厄は、これから始まる。


 


『――確認、ジャック。今回の行動で、あなたの演算速度と判断能力が、前回比で12.4%向上しています。おそらく、環境刺激に対する即時対応力が向上した結果です』


アリスの声が、脳内に響く。


『……あなたはまだ、ただの9歳です。でも、すでに“観測者”として動き始めている。情報を集め、解析し、最小の演出で最大の効果を引き出す。それが、未来を変えるための基礎になるでしょう』


 


ジャックは何も言わなかった。


ただそのまま、夕陽が落ちきるまで、窓の外の都市を見つめていた。


この都市の構造を、魔力の流れを、人の動きを――すべてを“見ていた”こと。それが今、彼の力になり始めていた。


 


(AI『アリス』のメタ視点ナレーション)


英雄とは、力で語る存在ではない。未来を変える者とは、時にただ“視る”者なのだ。世界の異変を、兆しを、わずかな歪みを。


ジャックという名の少年は、まだ9歳。しかしその眼差しはすでに、都市の防衛線における最も静かで、最も鋭い“剣”となりつつある。


これは、情報によって動く戦いの物語。


――その最初の一章が、ここに記された。


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