妹よ。可愛いだけじゃダメなんです。
いつからだろう両親が私のことを見なくなったのは。そう。それは妹のアンジェリカが産まれた時から、今日までずっと。
妹は産まれた時から病弱で、少しの体調不良でも命に関わると幼少期に言われて、両親は妹に付きっきりになった。しまいには、空気が綺麗な環境がいいと聞いて、妹と3人で領地の別宅に行って、私は、王都の本邸に5歳の時から、1人ぼっちだ。
1人で寂しいという感情は、幼少期に置き去りにされた時にはあったが、私の16歳のデビュタントでさえ、忘れ去られた時から、両親にはもう何も期待していない。
私には可愛がってくれる、前領主のお祖父様とお祖母様がいる。私が1人本邸にいることを知った祖父母が、両親に苦言を呈したが、話にならなかったみたいだ。
両親がどうにもならないと分かると、祖父母は私が七歳の学園入学の時から、隠居先から本邸に移り住んでくれて、色々と面倒をみてくれた。私にとって、家族とは祖父母のことだと思っている。
それが、どうしたことか今度、両親と妹が本邸に帰ってくることになった。妹のデビュタントがあるので、王都に戻ることになったそうだ。
妹に最後に会ったのは3歳の頃の事だ。当時私も5歳だったから、両親や妹の顔すら薄らとしか覚えていない。はじめましてに近いだろう。血が繋がっているが、他人のように遠い。
そして今日、まさに今、両親と妹が到着すると連絡がきた。私は憂鬱な気分だが、出迎える為に、エントランスに使用人達と共に待機していると、1台の馬車から壮年の夫婦と、、、何だろうか……年齢よりかなり幼い格好をした、可愛らしい少女が降りてきた。
あれが妹??デビュタントって言ってたから16歳になるのよね?今の格好は10〜12歳ぐらいの子供が着るような、ピンクのパステルカラーのフワフワした、かなり甘めなドレスだ。私なら16歳が着るには子供じみていて恥ずかしいって思ってしまう。
えっ!?あれで大丈夫なの?っと、思わず2度見しそうになったが、ここは伯爵令嬢の教育の賜物で、冷静な顔を崩さずにいられた。
「おかえりなさいませ。お父様、お母様、アンジェリカ」
っと、動揺を隠したまま両親と妹にカーテシーをして出迎えた。
「おねえさま〜。あいたかったです~」
挨拶も束の間、いきなり妹が飛びついてきて、抱きつかれた。し、信じられない。次女とはいえ、今度伯爵令嬢としてデビュタントを迎えるのだ。淑女教育はどうなっているのかしら。
「出迎えご苦労。アンジェリカは長旅疲れただろう。着替えて早速食事にしよう。」
父はそう言うと、母とアンジェリカを連れてすぐにエントランスから移動してしまった。
「おねえさま〜。またね〜」
アンジェリカが手を降って小走りに両親についていく。
あぁ。もう両親への感情が動かなくて良かった。でなければ、泣いて傷付いていただろう。
流石に十数年ぶり………感動の再会に、両親からの抱擁とかあるかもと、期待していなかったが、やはり私への配慮など何もなかったなぁ…………。改めて、彼らは他人なのだと腹がくくれる。
使用人達に、馬車からの荷解きや彼らの部屋の準備、食事などの指示を出し、その後に私も着替えて食堂に向かえば………入口にいた侍女が、申し訳なさそうな顔で、既に3人で食事が始まっていると教えてくれた。お父様が帰ってきたからには、父の一言で「食事を」と言われたら、使用人達は私がまだ居ないことに気付いていても、始めるしかないだろう。
はぁ……深い大きな溜息を吐き出した。
「分かったわ。食事は部屋でとるから運んでくれる?」
どうせ彼らは、私が居ないのも気付かずにいるのだ。ここで食事中の途中から入り、4人で食事をするの想像してみたが、違和感しかない。彼らに馴染もうと頑張る気力は、もう私にはない。
「承知しました」と侍女が返事をしたのと同時に、中から楽しそうな笑い声が聞こえてきた。私はクルッと向きをかえて自室へと足早に戻った。
あれから数日が経ったが、相変わらず両親とアンジェリカの3人で終始過ごしており、私は私で、旅行中の祖父母が居ない今、代理人としての当主の執務があり、忙しくして気にならずにいた。
本来は跡取りのお父様がやらなければいけないはずの仕事だが、アンジェリカを理由に段々と疎かになったのを境に、祖父母が見るに見兼ね、当主の仕事を全て父から取り上げ、完全にこちらの本邸で全部行っているのだ。
私も学園に通いながら、祖父母から当主の仕事を学び、今では数日の祖父母の不在であれば、代理人として執務作業を任されるくらいには成長している。
今日の決算の書類では、両親とアンジェリカが数日前に王都の街で買い物をした金額が問題となっていた。
書類にある理由項目では、デビュタント用と書かれているが、それにしてもかなりの金額だ。
デビュタントは白いドレスに、ワンポイントのアクセサリーで、派手すぎず、可憐な装いをとる。
なのに……金額で言えば、王族御用達の店でフルオーダーの注文、それも夜会用で、綺羅びやかなドレスとアクセサリーになるだろう金額。
デビュタント用で、この高額なのは何故だろうかと……頭を悩ましてしまう。
……どうしましょう。流石にこの金額だと、私の一存では決められないわ。お父様に相談……は無理ね。
祖父母が帰ってから決裁承認するのが妥当だろう。
私は書類を保留の箱に入れた。
それから2日後、父が執務室に乗り込んできた。
「どういうことだ。先ほどブティックから連絡があり、金がまだ支払われてないから、ドレスの作業が開始出来ないって言われたぞ!!!」
顔を赤らめ、これでもかと目と眉を釣り上げ、かなりの剣幕だ。そんな父の様子を、冷めた顔で見つめた。
「お父様。あれはデビュタント用とありますが、かなりの金額です。何を購入しようとしたのですか?」
「あれはアンジェリカ用のだ。あれぐらいの金額でなんだ!!一生で一度の記念のデビュタントだぞ。金など惜しんでいられるか。どうにかしろっ」
言い捨てると、バンっと扉を閉めて、ドスドスと出ていってしまった。
はぁ………。一生に一度って分かってるのに、私の時は何もしなかったじゃない。やはり最低な人。
翌日、祖父母は隣国に2週間の旅行に出ていたのだが、急いで帰ってきた。父達がくると聞いて、予定を変更して1週間で帰ってきてくれたのだ。
最近は私も大きくなったことだし、折をみて老夫婦2人で旅行に出掛けることのが祖父母の趣味なのだ。それなのに突然の帰宅になり、申し訳ないとも思うが、とても助かる。
帰ってくるなり、私の姿を見つけると、何も言わずに、そのままギュッと温かく抱き締めてくれた。そして、涙を優しく拭ってくれた。
あぁ…………私、この人達の前なら泣けるんだわ。自分が祖父母をみた瞬間に涙が溢れ出ていたことに、今さら気付いて。両親と妹のことで、知らず知らずに傷付いていた心。大丈夫でなんかなかったのだ。
もう安心だと、心から思えた。そして私には、やはり祖父母だけが家族だとも。
祖父母は、早速自分達が出掛けていた間の報告を聞くと言って、帰ってきて早々に執務室に消えていった。
私は、泣いて化粧が崩れているのを直しに、自室に向かっていると、向かいの廊下から
「おねえさま〜。」
っと、アンジェリカが小走りにやってきた。
その姿に思わず、眉をひそめそうになったが、なんとか耐えた。
今日もフワフワのフリルが凄い水色のドレスに、髪はツインテールにし、そこにフリルの大きめなリボンがついている………。とても16歳とは思えない。
「おねえさまったら〜。1人で忙しそうにして、全然アンジェリカと一緒に遊んでくれないから、さびしかったんですよぉ〜。」
私の腕をとり、巻き付くようにくっついてきて、腕をブラブラと揺すられた。
流石に私は、空いてる手を額にあてて、眉間にシワを寄せ、俯いてしまった。
「……アンジェリカ。ずっと気になっていたのですが、もう体調は大丈夫なの?それに領地での生活で、どの様な淑女教育を教わりまして?」
「わたし元気だよっ。教育?……ん〜〜っと……」
人差し指を口元に当てながら考え出した答えは………
「わたし〜、勉強とか苦手だから……お父様に言ってやめて貰ったの。だって〜先生が、と〜〜っても怖くて、すぐに怒るんですもん。それにね、お父様がアンジェリカは可愛いから、勉強なんてしなくても、素敵なお姫様になれるよって〜言ってくれたのよ〜」
ニコニコと笑うアンジェリカを素直で可愛らしいとは思うが………お父様。なんてことをっ!!まさか教育を受けさせてないだなんて。デビュタントまでもうすぐなのに…。子供に必要な教育を受けさせないのは虐待になる。
あぁ……もしかしたらアンジェリカも歪んだ家族の犠牲者なのかもしれない、と気付いた。
「それで……その格好は?」
私は頭を抱えながら、1番気になっていたことを聞いてみると
「えへへっ。可愛い〜でしよ〜。お姫様みたいでお気に入りなのっ。」
っと、クルッと回ってみせる。するとフワフワっとフリルが広がった。しかし、その仕草もそのドレスも、着ていたのが10歳の子供だったら、大層可愛らしいことだろう。
「確かに可愛いとは思うけど、王都では16歳でフリルを着ている女性はいないわよ」
「え〜〜〜っ!!こんなに可愛いのにっ!!」
ぷくっと膨らました頬が、まるで幼児だ。
「そういえば……王都の街にドレスを買いに行った時、みんな地味な格好が多くて、王都も大したことないのね〜って思っていたの。みんな、この可愛さが分からないのね〜〜」
まるで自分が正しいみたいに、困ったわ〜と頬に手をあてて首をかしげている。
王都でドレス…………………っそうだわ!!
「アンジェリカっ!!あなた、デビュタントのドレスはどんなものにしたの??」
「それ!!おねえさま〜きいてよ〜!!デビュタントのドレス!!とっっっても可愛いのをお願いしたのよっ!!わたし、すごく楽しみで〜」
今度は目をキラキラしながら、顔を近づけて力説している。
「あのねっ。あのね。やっぱり〜ドレスはふんわりが絶対欲しかったから、スカートのボリュームを盛りのパニエで出してもらって〜。表のフリルにはスパンコールと刺繍をた〜〜〜〜っぷり使って可愛くして〜。胸元は私の誕生石のダイヤモンドを散りばめて貰ったのっ。素敵でしょっ!!それにっ、肩もレースたっぷりでフワっとして、腰には花のリボンなのっ!!もう可愛いお姫様を目指したのよ〜。アクセサリーはピンクパールのイヤリングとネックレスなの。やっぱり、白とピンクって最強の可愛い組み合わせよねっ。だって、デビュタントって、王子様と出会えるんでしょっ。お姫様は可愛くなくっちゃねっっ」
えっ…っと、…。どうしよ。どこからツッコめばいいのかしら。
ただ1つ言えることがあるっ!!!!
妹よっ!!。可愛いだけじゃダメなんですっ!!
私は、すーーーーっといっぱい息を吸い込んで
「まず!!あのドレスはお値段が可愛くないっ!!
それに、もうデビュタント用っていうよりも、どう考えてもそれはウェディングドレスよ!!デビュタントに求められる可憐で清楚で初々しい感じが、何一つ感じられないわっ!」
私の鬼気迫るツッコミに、妹は、ぽかーんっとマヌケな顔のまま動けないでいる。私が息継ぎもせずに言い切ったため、はぁ、はぁと息を切らしてると、 「…………可愛いのにっ」ポツリとアンジェリカが呟いた。
……残念ながら妹よ。コレばかりは私の判断は正しいと思う。あのドレスと、今のマナーのままでデビュタントは常識的にムリだわ……。
アンジェリカのことも祖父母に相談することが増えたわ。
「アンジェリカ。よく聞いて。デビュタントっていうのは、社交界で初めて大人として扱われるってことなの。今の貴方は大人じゃなくて、夢見る子供よ。今のままじゃデビュタントには、とてもじゃないけど出れないわ。」
「そ、そんなっ!!わたし………デビュタント出れないのっ??………ひどいっ…楽しみなのに……おねえさま…グズっ……ひどいわ〜〜っ」
終いには、うえ〜〜んって赤子の様に泣き出してしまった。常識を教えてくれる人が周りに居ないままで、子供心のまま、スクスクと育ってしまったアンジェリカ……。貴方も可哀想な子なのね…。
「何事だっ!!!」
「どうしたの?アンジェリカっ!」
アンジェリカの泣き声が聴こえたのだろう、父と母が脇目もふらずに駆け寄ってきて、ギュウっとアンジェリカを抱きしめると、2人は私を鬼の形相でみた。
「おまえ、アンジェリカに何をしたっ?」
「可哀想に……こんなに泣いて…アンジェリカに謝りなさいっ!!」
「ははっ」
相変わらず私の話なんか聞く気もなさそうな言い分に、笑ってしまった。
「何を笑っている!アンジェリカを泣かせておきながら、反省もないのかっ!!」
父が私に手を振り上げた!私は思わず、目をギュッと瞑って衝撃がくるに備えたが……………あれっ?大丈夫だわ。痛くない……。そろそろと目を開けると、護衛に取り押さえられてる父がいた。
え?どうして??
すると、祖父母が騒動を聞いてやってきた。
「そこで何をしているっ」
わぁ〜〜っお祖父様、だいぶ怒ってらっしゃるわ。こめかみに青筋がたっている。その後ろに祖母もいる。早足だが、優雅にくる姿はいつ見ても美しいお手本のようだ。
「離せっ。おいっ!!…私を誰だと思ってるんだっ!!離せっ!!」
父が床で暴れているが、それでも護衛が手を緩めることはなかった。
「……お前達はただの居候だ。それを当主代理に手をあげようとすれば、護衛が捕らえて当然だ」
「なっ!!どういうことだっ!!現当主は私のはずだ!!代理ってなんだそれは!!」
押さえられたままツバを飛ばしながら、父が喚いた。
祖父は頭が痛いような素振りを見せながら、父に状況を詳しく説明し始めた。
「どうしてお前はそんなにダメな息子に育ってしまったんだろうな……。お前がアンジェリカばかり優先して、仕事もせずに、別邸に行った時に話し合ったことだろう……覚えてないのか?その時に当主としての地位は剥奪している。継承するに値しないと判断し、お前が置き去りにした『マリン』を儂の養女として迎えた。次期当主はこの『マリン』だ。そろそろマリンの当主教育も終了する。今は儂の補佐であり、儂が居ない時は当主代理として、全ての権利をマリンに渡している。」
「そ、そ、そんなの……聞いていなぃっ!!」
「いいや。お前はちゃんと書面にサインまでしてる。当時、儂が何度も話し合いに別邸に行っただろうに……。全部、自業自得だ。今のお前達は『マリン』の温情があって、暮らしている。儂は家門から追い出せと言ったんだがな……『マリン』は優しい子だからのぉ……それでも血が繋がった家族だからと……なのにお前達はっ!!」
「う、ウソ………」
両手で顔を覆い、母が泣き崩れてしまってた。
「お前達が『マリン』にした仕打ちを思い出してみろっ。5歳で1人家に置き去りにし、その後お前達は、『マリン』のことを気にかけることはあったか?学園に入学する時も、デビュタントも……、1度も連絡もよこさず、『マリン』には何もしてこなかっただろうがっ。」
「う…………うぅっ……」
母のすすり泣きの音だけが聞こえる。いつの間にか父も抵抗をやめて、大人しくなっていた。
「じゃあ……おねえさまは、私のおねえさまじゃないの…??」
アンジェリカが静かに呟いた。私は優しく、でも少し寂しそうに応えた。
「そうね。血の繋がりでは姉だけど、世間的には叔母にあたるわね………でも、アンジェリカ。貴方のことは妹だと思っているわ。」
「……、……、グㇲっ…、」
またアンジェリカは泣き出したが、今度は大声で泣き喚くことはしなかった。
「それにアンジェリカ。貴方も父の被害者だと私は思っているの。」
「それはどういうことだっ!!」
祖父が目を見開いて、私と父とアンジェリカを順番で見やった。
「お祖父様。アンジェリカは幼児期からの教育が終了しておりません。教育を受けてないのです。」
「なんてことだっ…………」
祖父は頭を抱えてしまった。
まさか、もう少しでデビュタントだというのに、教育が終了してないとは、誰も思わないだろう。
「私は、アンジェリカにはきちんと教育を与えたいと思っておりますの。デビュタントは女子の憧れですわ。今年は療養の為と延期にして、あと1年でマナーや作法を学び、来年こそデビューできるように。……アンジェリカ、貴方はデビュタントの為に大変だけど頑張れるかしら?どう?」
「……おねえさまっ……グズっ。………」
ウルウルして瞳で上目遣いされると、何でも許しちゃいそうなぐらい、アンジェリカは可愛いっ。うん。可愛いは正義ね。
しかし!!世の中、可愛いだけじゃダメに決まってるのですっ!!
あれからすぐに、父と母は気まずそうにスゴスゴと領地の別邸へと帰っていった。結局、謝罪の言葉も何も言わずに……。もう、気にしないけどね。
だって、今は可愛い妹のアンジェリカが一緒にいる。
毎日苦手な勉強もマナーも、教師に怒られながらも頑張って淑女を目指している。
最近の目標は『デビューしたら社交界に大人フリルを流行らそう』だという。彼女の可愛いの追求は勉強のモチベーションに繋がるみたいだ。
「マリンお姉様。一緒にお茶いたしませんか?」
ふふっと微笑むアンジェリカは、大層可愛いくて、私の最高の自慢の妹ですわ。
デキる女子の可愛いは最強なのですっっ!!
お読みいただき、ありがとうございます。