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落語【声劇台本書き起こし】

落語声劇「芋俵」

作者: 霧夜シオン


落語声劇「芋俵いもだわら


台本化:霧夜シオン


所要時間:約25分


必要演者数:最低2名

      (0:0:2)


※当台本は落語を声劇台本として書き起こしたものです。

よって性別は全て不問とさせていただきます。

(創作落語や合作などの落語声劇台本はその限りではありません。)


※当台本は元となった落語を声劇として成立させるために大筋は元の作品

 に沿っていますが、セリフの追加及び改変が随所にあります。

 それでも良い方は演じてみていただければ幸いです。



●登場人物


あにい:泥棒どろぼうその1。緻密ちみつなようでどこか抜けている。

   伊勢六いせろくという質屋しちやへ盗みに入るべく計画を立てて実行に移す。


弟分おとうとぶん泥棒どろぼうその2。間が抜けているようで少ししっかりしているところも

   。あにいとはいいコンビ。


与太郎よたろうあにいの計画になかば人数合わせに近い形で参加することになった、

    泥棒どろぼうその3。与太郎よたろうとは本来、落語の世界で役に立たない愚か者

    の事を指す。


番頭ばんとう質屋しちや伊勢六いせろく番頭ばんとうさん。


定吉さだきち質屋しちや伊勢六いせろくに奉公している小僧こぞう


清吉せいきち:原作ではおきよという女性奉公人でしたが、台詞配分せりふはいぶんその他を考えた

   末、男性の丁稚でっちに変えました。


語り:雰囲気を大事に。(一台詞のみですが少々長いです。)



●配役例


兄い・定吉・語り:

弟分・与太郎・番頭・清吉:



※枕は誰かが適宜てきぎねてください。




枕:落語の中にはよく泥棒どろぼうの出てくる話がございますが、出てくるのは

  大抵たいてい間抜まぬけな奴と相場そうばが決まっておりまして。


弟分:あにい、いるかい?


兄い:おう、来たか。

   こっちへ入れよ。


弟分:うん、それであにい、話ってのはなんだい?


兄い:おめえを呼んだってのは他じゃねえ。

   どうも近ごろ世の中が不景気なせいか、俺たち泥棒稼業どろぼうかぎょうかせぎが

   上がらなくってしょうがねえや。

   そこでな、俺ァ大きな仕事を一つ考えたんだ。

   ところがこいつは俺一人じゃどうにも手が足りねえ。

   そこでおめえに手伝ってもらって、もうけは山分やまわけにしようってんだ

   が、どうだ、半口はんくち乗るか?


弟分:うわぁ、そいつはありがてえな。

   いや、実は俺もさ、近ごろふところの中がさびしくって弱ってたんだよ。

   で、どんな仕事だい?


兄い:表通おもてどおりに伊勢六いせろくって大きな質屋しちやがあるだろ。

   あそこへ入ろうってんだ。


弟分:伊勢六いせろくあにい、それァよした方がいいよ。

   質屋しちやってな、ひとの物をあずかるのが商売だよ。

   そのぶん戸締とじまりは厳重げんじゅうになってるんだから、うまくいきっこないよ

   。


兄い:いやいやそこはな、ちゃんと俺の考えに入ってるんだ。

   そこの土間どまを見てみな。

   たわらが一つ転がってんだろ。


弟分:あにい、そいつァ芋俵いもだわらかい?


兄い:おう、今は中身はカラだ。

   こいつの中に人が一人入ってな、上からサンダラボッチをかぶせてなわ

   をかけりゃ、どう見たって本物の芋俵いもだわらに見えるだろ。

   これに天秤棒てんびんぼうを通してかついで歩くんだ。

   で、伊勢六いせろくの前を通りかかったら俺がえへんっ、とせきばらいをする

   、そいつが合図だ。


弟分:うんうん、それで、なんて言うんだい?


兄い:あにい、ちょいと待ってくれ。

   芋問屋いもどんや釣銭つりせんを忘れてきちまったと、なるべく大きな声で言うんだ

   。


弟分:あにい、いくらなんでも店に釣銭つりせんを忘れるなんて真似まねはしねえよ。


兄い:バカ、芝居しばいだってんだよ!

   で、それを聞いて俺がちょいと怒る。

   このバカ、ドジ、マヌケってんだよ!

   こんなおもてえものをかついで、またえっちらおっちら戻るわけにもい

   かねえじゃねえか!


弟分:ひでぇやあにい…ドジ、マヌケはともかく、バカはないよ。


兄い:だから芝居しばいだって言ってるだろ!

   というか、バカは駄目だめでドジやマヌケはいいのかよ…。


   …続けるぞ。

   お、ここは伊勢六いせろくさんだ、ちょうどいいや。

   ちょいとここらであずかってもらおうじゃねえか、ってな、

   なるべくこう聞こえるように話をしておいて、あそこの番頭ばんとうに頼み

   こむんだ。

   俺たち二人の事は町内の若いもんだとか言やぁ、向こうだってことわりづ

   れぇやな。きっとあずかってくれるにちげえねぇ。

   で、あずけちまったらそれっきりいつまでっても取りに行かねえん

   だ。


弟分:あにい、あずけっぱなしは良くねえよ。


兄い:バカ、そこがこの仕事のきもだろうが!

   日が暮れても取りに行かなきゃ、店を閉める時におもてへ出しておいち

   ゃ物騒ぶっそうだってんで、これを店の中にしまってくれるにちげえねぇ。

   そうなりゃぁしめたもんよ。

   夜中になって店の者がみぃんな寝静ねしずまったころを見計みはからって、

   お前がたわらの中から出てきて内側から戸締とじまりを開ける、

   外で待ってる俺が中へ入って二人で仕事をする、

   こういう仕組しくみだ、どうだい?


弟分:なぁるほど、さすがあにいは頭がいいね。

   それならきっとうまくいくよ、うんうん。

   でさ、その芋俵いもだわらの中に入るってのは誰がやるんだい?


兄い:それなんだが、最初は俺が自分で入ろうかと思ったんだ。

   けどこの通り、なりがでけえからちょいと窮屈きゅうくつだ。

   ここはひとつ、おめえにやってもらおうじゃねえか。


弟分:ははあ、俺が芋俵いもだわらの中に入りゃいいんだね、うん、わかった。

   まかしといてくれ。

   で、その芋俵いもだわらかつぐってのは誰の仕事だい?


兄い:これァやっぱりなんだな、俺が先棒さきぼうで、お前が後棒あとぼうてとこだな。


弟分:なるほどね、あにいが前をかついで、俺が後ろをかつぐんだね、うん、

   わかった。


   で、その芋俵いもだわらの中には誰が入るんだっけ?


兄い:だからさっきも言ったじゃねえかよ。

   お前が入るんだ。


弟分;あぁそうだったよね、芋俵いもだわらの中に俺が入る、

   で、その芋俵いもだわらを誰がかつぐの?


兄い:この野郎、同じ事を何べんも何べんも聞くんじゃねえよ!

   俺が先棒さきぼうでお前が後棒あとぼう―――


弟分:【↑の語尾に喰い気味に】

   ちょちょちょちょあにい、待ってくれよ。

   そりゃあ無理だよ。


兄い:どうしてだよ。


弟分:いや、どうしてったって、俺はその芋俵いもだわらの中に入ったまんま芋俵いもだわら

   かつぐなんてことはできねえもの。


兄い:この野郎、てめえは不器用ぶきようだな!


弟分:器用だって出来やしないよそんなこと!

   これさ、役が三つあって役者が二人しかいねえじゃねえか。


兄い:! そうかあ…こりゃあ気がつかなかったなぁ…。

   意外いがいなところに落とし穴があったぞ。

   もう一人必要なのか、さてどうしようか…


   おい、外見てみな。

   ありゃ与太郎よたろうじゃねえか。

   ちょうどいいや、あの野郎をたわらの中に入れちまおうじゃねえか。

   おい、与太郎よたろう、こっちだこっちだ。

   ちょっと寄って行きな。


与太郎:お? あはは…いたなこの泥棒どろぼう


兄い:待て待てこんちきしょう、大きな声で泥棒どろぼうなんて言う奴があるか!


与太郎:だって世間せけんでよく言うじゃねえかい。

    いいわけぇもんが昼間から何かこそこそ話をしていると、

    よっ、この泥棒どろぼうって。


兄い:いや、そりゃ確かに言うよ、言うけども俺達は本物なんだぞ。

   本物に向かって言う奴があるか。

   いや、ちょいとな、仕事の話があるんだよ。

   三人でもうけは分けようってんだが、どうだ、おめえも手伝うか?


与太郎:ふんふん、あたいにでもできるような仕事かい?


兄い:いや、これはな、おめえがいなくっちゃどうにもしようがねえんだ

   よ。

   まあ大きな声で話をしているわけにもいかねえ、ちょいとこっちへ

   来て耳を貸しな。


与太郎:え?


兄い:いや、耳を貸しなって。


与太郎:ふんふん、右の耳がいいかい、それとも左の耳がーー


兄い:【↑の語尾に喰い気味に】

   そんなものはどっちだっていいんだ。

   いいから耳を貸せ!


与太郎:痛い痛いよ、引っ張っちゃ…。


兄い:いいか、表通おもてどおりの伊勢六いせろくって質屋しちやがあるだろ。


与太郎:うんうん、あそこは大金持ちだよ。


兄い:そこでだ、あの芋俵いもだわらにおめえが入って、俺達がそれをかついで、

   伊勢六いせろくのとこでひと芝居しばい打って、店の中にしまいこむようにする。

   で、みんな寝静ねしずまったころを見計みはかららって、おめえがたわらから出てきて

   戸締とじまりをはずし、外で待ってる俺達を中に入れて仕事をする、

   とこういうわけだ。


与太郎:へへ、こら面白おもしろそうだ。

    うんうん。

    うんうんうん。

    うっひゃひゃひゃひぇひゃひぇひゃ。


兄い:気持ち悪いな、こいつは。

   話はとっくに終わってるよ。


与太郎:あ、そうか。

    どうりで途中から聞こえねえと思ってた。


兄い:何をくだらねえこと言ってやがんだ。

   話は分かったんだろうな。


与太郎:うん、分かった分かった。

    つまりさ、三人でもって伊勢六いせろく泥棒どろぼうに入ろうってーー


兄い:馬鹿だなこいつは。

   いちいち大きな声で泥棒どろぼうと言うなよ!

   仕事と言え、仕事と!


与太郎:あぁそうか、泥棒どろぼうの仕事ね。


兄い:両方言っちゃ何にもならねえだろ、まったく…。

   じゃ、早いとこその芋俵いもだわらの中にまっちまいな。


与太郎:まっちまいなって、ちょいと待っとくれ。

    あたいだってね、こんなもんの中に入るのは生まれて初めてなん

    だからさ…っしょ…っしょっと……、

    こんなもんでいいかい?


兄い:おぅそれでいいや、

   じゃ上からサンダラボッチをかぶせようじゃねえか。

   よし、なわかけてくれ。


弟分:っと…あにい、これでいいかい?


兄い:そうだそうだ、これでどっから見ても本物の芋俵いもだわらに見えるだろ。

   よし、じゃあそこの天秤棒てんびんぼうを通してな…


弟分:たしか、あにいが先棒さきぼうだったね。


兄い:そうだ、おめえは後棒あとぼうだ。

   いいか、肩ぁ入れるぞ。

   よっこいしょのしょっっぉっとっとっとっ!

   なんだおい与太郎よたろう、見かけによらずずいぶんおもてえじゃねえか。

   じゃいいか、俺の咳払せきばらいが合図だぞ。

   分かってるな、はずすんじゃねえぞ。


弟分:合点がってんだ。

   おいしょ、おいしょ、おいしょ、おいしょっ。


兄い:っしょ、っしょ、っしょ、っしょ。


与太郎:…はぁ、しかしなんだな。

    芋俵いもだわらの中なんざ初めて入ったけども、ずいぶん窮屈きゅうくつなもんだね。

    それにさっきから、わらの先っぽが鼻の穴の中にはいっ…ひぃえっ

    …ふぇっ…ふぇーーっくしょい!!


兄い:おいおい馬鹿だなこいつは。

   たわらの中でくしゃみなんぞする奴があるかい。


与太郎:そんなこと言われたってしょうがねえや。

    出物でものれ物なんだからさ。

    …あ、この隙間すきまからおもてが見えらあ。

    こら面白おもしれえや。

    あ、向こうから歩いてくんのは小間物屋こまものやのみぃちゃんだ。

    相変あいかわらず可愛かわいいなあ。


    みぃちゃん!


    へへへ、きょろきょろしてやがらぁ。


    みぃちゃん! たわらの中だよ!


兄い:声を出すんじゃねえよ、バカだなこいつは!

   お、そろそろ伊勢六いせろくが近づいてきたな。

   合図をはずすんじゃねえぞ。

   おいしょ、おいしょ、おいしょ、ーーえへんッ。


弟分:あ、あにい、ちょいと待ってくれ!


兄い:おう、なんだい。

   話があるんだったら下ろして聞こうじゃねえか。

   よっこいしょのしょっ。

   で、どうした?


弟分:うん、あの、うー、…なんだっけ?


兄い:この野郎、忘れてやがる。

   【声を落として】

   芋屋いもや釣銭つりせん


弟分:ああそうだそうだ、あの、釣屋つりや芋銭いもせん忘れちゃって!


兄い:何だよ芋銭いもせんて、それもあべこべだよあべこべ。


弟分:ああぁ、あべこべ忘れちゃって!


兄い:しょうがねえなこいつは。

   【周りに聞かせるように】

   なに? 芋問屋いもどんや釣銭つりせんを忘れてきた!?

   こんなドジはねぇな、まったく。

   バカ!

   マヌケ!

   役立たず!

   すっぱらべっちょ!

   たろのあたま

   あんにゃもんにゃ!

   かんぷらちんき!


弟分:何もそこまで言わなくったっていいじゃないの。

   これもとはと言えばあにいの筋書すじがどおりーー


兄い:【↑の語尾に喰い気味に声を落として】

   余計よけいな事を言うなよ!


   だっておめえ、そうだろう。

   こんなおもてえもんかついで、またえっちらおっちら戻るなんていうわ

   けにはいかねえじゃねえか。


弟分:そうだよねえ、見かけによらず与太郎よたろうおもてえからーー


兄い:【↑の語尾に喰い気味に声を落として】

   だから余計よけいなこと言うなってんだよ!

   まったく…。


   お、ここは伊勢六いせろくさんだ。

   ちょうどいいや、ちょいとこちらであずかってもらおうじゃねえか。

   え、ごめんくださいまし!

   ごめんくださいまし!


番頭:はいはい、いらっしゃいませ。


兄い:あ、どうもすいませんね、店先で大きな声を出しちまって。

   いやね、あっしら二人とも町内のわけぇもんなんですが、

   いま芋問屋いもどんや芋俵いもだわらを買って来た。

   ところがこの野郎がドジなもんで、釣銭つりせんを忘れてきたって言うんで

   すよ。

   ですから取りに帰りてえと思うんですが、何しろぜにの事だ。

   二人で買いに行ったのに一人だけ戻ったりなんかして、

   怪しまれるといけませんからね。

   だから二人で戻りてえと思うんですが、何しろこの芋問屋いもどんやってのが

   やたらと遠いんで。

   そこまでこのおもてえものかついで戻るってのは面倒めんどうなんで、

   すいませんが、ちょいとあずかっておいちゃもらえませんかね?


番頭:そうですか、いや、それは弱りましたなあ。

   うちは今日、はやじまいなんです。


兄い:いや、ですからすぐ戻ってきますよ、ええ。

   芋問屋いもどんやはすぐそこですから。


番頭:?いや、あなた今、遠いとおっしゃいませんでした?


兄い:!ぁそうそうそう、そうなんですよ!

   遠いような近いような、ええ。

   【声を落として】

   ぼんやりしてねえで、おめえからもたのみな!


弟分:へへ、大丈夫だいじょうぶだよ、分かってるって。

   いやね、あにいの言った通りなんですよ。

   いま芋問屋いもどんやでこの芋俵いもだわら買って来たんですけど、釣銭つりせん忘れて来ちゃい

   ましてね。

   ぜにの事だから二人で買いに行ったのに一人で戻るとあやしまれるとい

   けない。

   まぁもっとも、二人で戻ってもあやしいことに変わりはない…


兄い:【↑の語尾に喰い気味に声を落として】

   余計よけいな事を言うな!


弟分:【声を落として】

   大丈夫だいじょうぶだって、まかしといてくれ。


   ですからね、これ、ちょいとの間、あずかっておいてもらいたいんで

   。あ、これ本当に芋俵いもだわらですから。中に変なもの入ってませんから。


兄い【↑の語尾に喰い気味に声を落として】

   黙ってろってんだよ!


   まあとにかく、すぐ戻りますんで、お願いします!


番頭:あ、ちょっと!

   【遠くに呼び掛けるように】

   早く戻って来て下さいよーー!!


兄い:【走ってきて立ち止まる】

   はぁ、はぁ、よぅし、ここまではうまくいったな。


弟分:【走ってきて立ち止まる】

   ぜぇ、ぜぇ、そ、そうだねあにい。


兄い:あとは与太郎よたろう上手うまくやってくれりゃあいいんだが…。


番頭:おや、もうこんな刻限こくげんか。

   おいおい、定吉さだきちや、定吉さだきちはいるかい?


定吉:へーい番頭ばんとうさん、お呼びですか?


番頭:うん、今日はね、はやじまいだからそろそろ店先みせさき片付かたづけなさいよ。

   あ、それからさっき芋俵いもだわらあずけて行った人たちがいたが、あれは

   取りに来たのかい?


定吉:いえ、まだ来ません。


番頭:はぁ、弱ったねどうも。

   今日ははやじまいだとあれほど言っておいたんだが…、

   じゃあ仕方しかたない、そんなとこに置いてちゃ物騒ぶっそうだから、店の中に

   しまっておいてやりなさい。


定吉:へーい。

   んっ、んっ、んんんーーーーッッ。

   ば、番頭ばんとうさん、これ、びくともしませんよ。


番頭:バカだねお前は。

   大人二人でやっと持ち上がるものが、小僧こぞうの力で持ち上がるわけな

   いだろう、頭を使いなさい。

   いっぺん横に倒してから、転がして運べばいいんだよ。


定吉:あ、そうですね!

   番頭ばんとうさんは頭がいいや。

   よっこらしょーのしょっ!

   よいしょっ、よいしょっ!


与太郎:【声を落として】

    いだっ! いだだだッッ!


定吉:へっ?

   番頭ばんとうさん、いま何か言いました?


番頭:? いや、私は何も言わないよ。


定吉:おかしいな、いま痛い痛いって声が聞こえたんですけどね。

   よっこいしょのしょ、よいしょっ!

   番頭ばんとうさん、これ、どこに置いときましょう?


番頭:ああ、その土間どますみにでも片付けておいて。

   あ、それからな、寝かしたままにしておくと邪魔になるから、

   立てておきなさいよ。


定吉:へーい、承知しましたぁ。

   よっこらしょの…しょっ。


番頭:ごくろうさん。

   さ、夕餉ゆうげにしよう。

   あたしには別におぜんを運んでくれるよう言っておいてくれるかい。


定吉:へーい。


与太郎:【声を落として】

    弱ったな…これじゃ上下さかさまだよ。

    こっちを上にして置くって書くなり言ってくれりゃよかったんの

    に…。

    ううっ…頭に…血がのぼるっ…。

    ぇぇけど、寝静ねしずまるまで、我慢がまん我慢がまん…。


語り:芋俵いもだわらに上下の区別なんぞありゃしないわけで。

   しょうがないとばかりに与太郎よたろう、店の者が寝静ねしずまるまでの辛抱しんぼうだと

   じっとたわらの中で我慢しております。

   ところがこういう時に限って番頭ばんとうの仕事がなかなか収まりがつかな

   い。奥で帳簿ちょうぼを比べてはそろばんをはじいている。

   当時、店の奉公人ほうこうにんはこういう場合、先に寝てしまうわけにはいかな

   かったそうです。


清吉:ふあぁ~~あぁぁ……さだどん、眠たいねぇ…。


定吉:眠いねぇ…。

   番頭ばんとうさんのお仕事、一体いつになったら終わんのかねぇ…。

   眠気ねむけもだけど、なんだかお腹がぺこぺこになってきちゃってさ。

   なんか食べるものない?


清吉:何もないよ。


定吉:ないよったって…ばんのおかずの残りかなんかあれば…、

   あ。

   せいどん、いいものがあるよ。

   さっきね、若いしゅさん達が二人で芋俵いもだわらあずけて行ったんだけどさ、

   取りに来なかったんだよ。

   だからおいらがね、土間どますみに片付けておいたんだ。


清吉:へえ、そりゃいいね。

   ああいうのはさ、中においもが何本入ってるかなんて勘定かんじょうしてあるわ

   けじゃないんだから、少しくらい抜いたって後をこうグズグズっと

   ゆすっておけば分かりっこないよ。

   じゃ、さだどん、ひとっぱし土間どままで行ってきておくれよ。

   おいらがこう、薄く切って火鉢ひばちで焼いてあげるからさ、二人で食べ

   ようよ。


定吉:うん、じゃあちょいと行って…でもなぁ、あの土間どまの方は真っくら

   おっかないんだよ。

   せいどん、ちょいと一緒に付いてきておくれよ。


清吉:なんだよ、男のくせに意気地いくじがないなぁ。

   じゃあおいらも行ってあげるよ。


定吉:うん、せいどん、こっちだよこっちこっち。

   えっとね…何しろ土間どまは真っくらだからね。

   確かこのあたりに置いたはずなんだよね…あ、せいどん、あったよ。


清吉:お、あったかい?

   じゃ早く取りなよ。


定吉:ちょいと待っとくれ、いまなわをほどくから。


清吉:バカだなあさだどんは。

   なわなんてほどいたら元通りにできなくなっちまうじゃないか。

   たわら隙間すきまからうまいこと手を差し込んで、二・三本抜きゃあいいん

   だよ。


定吉:あははそうかぁ、せいどんさすが、泥棒慣どろぼうなれしてるね。


清吉:余計よけいなこと言わなくたっていいよ。

   早く取りなよ。


定吉:ちょいと待っとくれ、じゃあね、今この中にこう手を入れて…


与太郎:【声を落として】

    ッな、なんだ、手か?


定吉:うわッ!?


清吉:なんだよさだどん、いきなり大声を出して驚くじゃないか。


定吉:だ、だってせいどん、このおいも、あったかいよ。

   これ焼きいもたわらかな?


清吉:焼きいもたわらなんてのがあるもんかい。

   あったかいって、どこに置いてあったんだい?


定吉:え、おもての入り口そばだよ。


清吉:入口?あぁそこは西だからさ、西日にしびが当たってたんだよ。

   それでぬくもりがまだ残ってたんだろ。


定吉:ああそうか、なるほどね。

   じゃもういっぺん…


与太郎:【声を落として】

    ふぐっ、く、くすぐったっ、ふぐぐっ…!

    あ、あたいのまたぐらがっ、まさぐられてっ…!


定吉:せいどん、これ、さつまいもだけじゃないよ。

   中にじゃがいもも混じってる。


与太郎:【声を落として】

    こ、声を立てちゃいけねえ…ふぐぐっ。

    そ、そうだ下っぱらに力を込め…あ。


定吉:うわああ、せいどん、気の早いおいもだ。




終劇




参考にした落語口演の噺家演者様等(敬称略)


立川談修



※用語解説


あんにゃもんにゃ

すっぱらべっちょ:意味のない罵倒ばとう言葉だそうです。あんにゃ~の方は

         なんじゃもんじゃが変化したらしいです。


かんぷらちんき:調子のいい男のこと。


サンダラボッチ:桟俵さんだわらたわらの両端にあてる丸いわらふた

        さんだらぼうし。




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