食欲.2
「はぁ、、はぁ、、、」
ヴィアはシェンの攻撃を受け、身体中の痺れに襲われていた。
「これは全部受けたら流石に身がもたないな」
「まだまだ!こんなもんじゃ挨拶の「あ」の字もならないですよ」
シェンは丁寧な言葉遣いとは裏腹に俊敏に次の攻撃を仕掛けようと間を伺っている。
細やかなステップ。そして、シェンを再び大きく動き出す。
その動きはまさにパンダの如く。体全体で走っている姿が愛くるしく感じる。
「行くぞ!熊猫連打」
休むことなくシェンの連打が続く。
「白馬の壁」
シェンが近距離に来た時を待っていたかのように静かに気を伺っていたヴィアは口角が上がる。
「何!?風の壁!?全て風に押し返される!」
シェンは打撃を続けている。しかし、徐々にスピードが落ち、威力も弱まっている。
「ヴィア。君のミミックかい?」
シェンは驚きが顔に出ている。それもそのはず風を扱うミミックなど数少ないのだから。
それを見たヴィアはまた少し口角を上げる。
「そうだよ。また一つ。俺は強い相手と戦える」
ゾクッ、、、、、
風による見えない壁越しにヴィアの笑みを見たシェンは恐怖を覚える。
「そろそろ限界か?威力もスピードも落ちてきているよな」
ヴィアは反撃の態勢をとる。
「バレていましたか。ならば仕方あるまい」
シェンは攻撃をやめ、距離を置いた。
「はぁー!一旦やめです!お腹が減りました!!!」
いきなり叫び始める。すると、シェンは脇の屋台の食べ物が空になったのを見る。
「ちっ。もう無くなってしまいましたか。この姿はあまり見せたくないですが。仕方ない」
そう言うと、近くの草木をめがけ走り出す。
すると、恐ろしく気を抜いて草木を食べ始めた。
「おいおい、、、、」
だらけきったその姿。足は開脚し、背中を丸める。無我夢中で食らう姿にヴィアは唖然としてしまう。
また言おう。何処かその姿は愛くるしく見えてしまう。
「草を食べて美味しいのか?」
ムシャムシャムシャムシャ、、、、
「また、始まった、、、」
また食べ終わるのを待たないといけないのかと思うとヴィアは溜息を溢す。
「全く、、、、、、やりづらいな。いいから早く食べてくれ」
グルルルルル、、、、、
ヴィアの腹の音が鳴る。
「すげぇ美味しそう食べるなぁ」
そこら辺に生えていそうな草木をまるでご馳走かのように食しているシェン。
それを見ているヴィアも視床下部からの指令が入り、余計に空腹になる。
ヴィアはその場で座り込み、シェンの食いっぷりを眺めていた。
「はぁーいっぱい食べられるって幸せですね!」
シェンは辺りにある最後の草木を根こそぎ取ろうとした時、ふとこちらを眺めているヴィアが視界に入る。
その顔は何処か羨ましそうにまじまじと眺めていた。
「あんまり、人の食事姿を見るものではないですよ」
「別に良いだろ」
「良くない!!!」
「………いきなりどうした?」
シェンはヴィアを睨みつける。
シェンは何処か先程の屋台の料理を食べている時とは違う。木の間に隠れている。周りに見られる事を嫌悪しているようだった。
「すまんな。草木を美味しそうにお前が食べるから、ふとしたら草木って美味しいんじゃねって思ってな」
「!?!?」
それを聞いたシェンは大声で笑い始める。
「ふっふっふっ!ふっふっふっふ!」
甲高く笑うその笑い声が辺りに響く。
「君は何処か違うなぁ。俺を罵ったりしないもんなぁ」
「…………………………????」
ヴィアはシェンの不敵の笑みを見て、言葉の意味が分からなくなる。
「はぁ?お前の食べる量には確かに驚いたが、別に罵ることもないだろ」
「!!!?!」
ヴィアのその言葉にシェンは笑いを止める。
「ヴィア。君はこの光景を見て私を卑下しないと。人間が道端に生える草木を食べているんですよ?」
シェンはいつの間にか夢中になっていた食事を止めている。
「何だそれ?人が生の草木を食べちゃダメなのか?俺はそんな概念に囚われない」
「ふっふっふっ!!!」
再び高らかなシェンの笑い声が響く。
「……………そうですか、、、」
(私はその概念とやらにハマることが出来なかったんですよ)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
私は生まれた時から食欲が並大抵のものではなかった。
母親が作ってくれる食事では到底足りやしない。
「ねぇねぇ、お母ちゃん!腹減った!」
「ごめんね、、、。シェン。この家はお金がないんだ。我慢しておくれ、、、」
「何回も聞いたよ!それでもお腹空いたんだ!」
「諦めてくれよ。シェン。どうしてもなら近くの草木でも食べてくれ、、、」
「…………………」
家は普通の家だった。しかし私は5人兄弟の1番上。全てを我慢しなければならない。
辛かった。でも、下の兄弟達の為だと思えば我慢できた。
駄々を捏ねるのは時々おやつが貰えるから。
しかし、14になった頃、とうとう下の4人の食事のみしか準備することが出来ない日があった。
「本当にごめんね。シェン。明日は必ず多めに準備するから!」
母はとても厳しかった。そして優しかった。誰1人かける事なく5人の子供を愛してくれた。
私達子供のため必死に働き育ててくれた。
毎日のように目の下にくまを作る母親を見て私も働くと母に伝えた事もあったが、、、
「子供の自由な時間を楽しみなさい」
そう怒られた。母の顔は、髪は、年齢に似合わぬほどやつれていた。夜な夜な誰にも気づかれないように弱音を吐き、泣きじゃくる姿を私は知っていた。
「ありがとう。母さん。やれる事は僕がするよ」
「助かるよ。シェンありがとうね」
私を撫でてくれるその手はキンキンに冷えていた。
私はその手を少しでも温めようとした。
「良いんだよ。母さん。僕は我慢できる。ご飯はみんなに上げてくれ」
「ごめんね。シェン」
「母さん!服を洗うのは僕がやるよ!母さんは休んでて」
「シェン、、、、、」
「痛っ!!」
「母さん。疲れてるでしょ。此処は僕がやるよ。服を縫うくらい僕でも出来るんだから!」
母親の笑顔を見るだけで頑張れた。どんな事でも助けになろうと思っていた。
しかし、、、動けば動くほどお腹は空いてくる。
抗えない欲求が、私の良心を殺しにかかる。
グルルルルル、、、、、。
シェンはいつもお腹がなる事を必死に抑えながら、外へ飛び出す。
「はーーー!耐えろ耐えろ。これはみんなの為。母さんの為だ」
グギュルルルルルル、、、、。
家の近くには竹が沢山生えていた。
「…………。この竹を食べたら少しは満たされるかな、、、、、」
その日、私は初めて緑の料理に興味を持った。
その味は、最高だった。
その後も、私は、お腹が空けば外へ駆け出し竹を食べた。草を食べた。
私も空腹を満たせるし、下の兄弟達にも食事が行き通る。母親も手間がかからない。
一石三鳥のはずだった。
しかし、それは突然訪れる。
「環境破壊者だ!捕えろ!!」
どうやら他人の敷地の植物を食べた場合、窃盗の同じ扱いになるらしい。
「コイツか!よくも此処の竹を食い荒らしたな!化け物め!」
私は牢獄された。
「おい、最近入ったあいつ。家周りの竹をそのまま半分食い荒らしたらしいぞ」
「マジかよ!竹ってそのまま食べれるのか?」
「食べれるわけねえだろ。ありゃ人間じゃねぇ」
「だろうな!ハハッ」
看守にどれだけ罵られても私は気にしなかった。私の行動は間違ってなかった。家族を救うためむしろそうするしかなかったから。
数年後、やっとの思いで家族に会える機会が訪れた。
何も知らない兄弟はまだしも母親だけは私を庇ってくれる。冷たいが確かに感じる温もりで私を抱きしめてくれる。そう信じ、家へと向かった。
しかし、、、
ゴクリ、、
「家の前に着くとやっぱり緊張する、、、。よし!」
勢いよく扉を開ける。
「………ただいま」
扉を開けた先は兄弟達、そして母親が揃っていた。
「みんな、、ただ、、、、
「見ろよ!帰ってきた。人間なのに草食べる化け物だ。味覚イカれてるんじゃねぇか?」
「おいおい、声がデカいぞっ。あの怪物に聞こえるだろっ。ぶふっ」
「私、兄弟は4人ってことにしているんだよね。あの化け物は入れるわけないよね」
「だよね。だよね。てか、よく帰って来れたね。迷惑なんだけど」
「馬鹿っ!お前達も声がデカい」
「………………………」
下の兄弟達は完全に私を兄とは見ていなかった。むしろ清々しいほどに。
「お帰り。シェン、、、」
奥から母親がやってきた。
その姿は更にやつれている。下の兄弟達は母親を助けているのだろうか。
「母さん!体は大丈夫!?またすぐ手伝いをする、、、
パシッ!!!!
母親の手は暖かった。一瞬のビンタでそれを感じた私の愛は何をしようとももう届く事はないと悟る。
「えっ…………」
「私を裏切った化け物はもう私の息子じゃない。迷惑至極だよ。消えてくれ。シェン」
「…………………」
母親の言葉に意気消沈している私を見て兄弟は更に続ける。
「母さん。もっと言ってやってよ。この恥晒しにさ」
母親は後ろを振り向いたまま無言でいる。
兄弟達の後ろには1人の男の姿。どうやら母親は結婚したらしい。道理で家が大きく綺麗になっているわけだ。
私は失望していない。ただただ悲しかった。
愛する母親からの辛辣な言葉。どんなに私を卑下する言葉よりも私の心を壊した。
溢れでそうな涙を必死に堪えながら後ずさる。
「母さん…………。幸せそうで良かった。さよなら」
誰にも気づかれないような小声で最後の言葉をかける。
ズズズ、、、
見えない母親の顔。
「早く出ていってくれ、、、、、この馬鹿息子」
「…………あぁ」
母親のその言葉に僅かにでも愛情が残っている事を願い、私は家を去った。
その後は草木を食べる事をやめる事は出来なかった。辞める気もなかった。
何故かって?
どうでもいいから。私にもう守るものも何もない。地位も名誉も大切な家族も。
私は自分の欲求のままに生きると決めた。
他人に罵られながら、時には、罵った奴を潰しながら、彷徨った。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「プハー!お腹一杯です」
シェンはのそりと立ち上がる。
「やっと食べたか」
シェンの様子を眺めていたヴィアもそれに合わせて立ち上がる。
「さぁ、お待たせしました。君のせいで懐かしい記憶を見てしまった。今日はもっと体を動かしたい気分です」
「奇遇だな。俺もだ」
ヴィア、シェン。お互いの視線が交錯する。
「白馬の浄化」
先に動くはヴィア。右手を高くかざす。
舞い上がるシェンが食べた残りの草木や料理の袋を空中へと巻き上げる。
右手を1回転すると白色に覆われ球状の物体へと変わる。
「行くぜ!白馬の涙」
ヴィアは空中へ掲げた右手を下げ、シェンへと向けて伸ばす。
球状の形は幾つもの細長い槍へと変わる。
振り下ろしたヴィアの右手と同時にシェンへと向けて急降下を始める。
シューーーーーン!!!
「これはまずい」
ギリギリ交わすシェン。蛇行しながらも徐々にヴィアとの距離を近づく。
「ははっ!流石!」
ヴィアは強敵を相手に喜んでいる。
「ヴィア。君もね」
ヴィアの放つ槍を避けるシェン。その隙にシェンも衝撃を放つもヴィアは回避していた。
「はぁはぁ、、、、」
お互い全身傷だらけだか、両者とも致命傷は免れている。
「はぁ、、はぁ、、、、、それにしても、君の仲間はもう無事じゃないかもね」
「はぁ、、、なんだ?お前だけじゃないのか?」
「私の仲間も来ているんだよ。よく欲情する少女とよく寝るぽっちゃり男だ」
「………………」
ヴィアはなんとも言えない顔を浮かべる。敵ながら大丈夫かと思ってしまった。
「よく分からないが、俺の仲間を甘く見るなよ。アイツらはやる時はやるぜ」
「どうかな?今頃マーチの幻惑にやられてるかも知れない。特にあの女性の方は弱すぎる」
その言葉を聞いたヴィアは不敵な笑みを浮かべる。
「おいおい。少しエイブリーを過小評価しすぎじゃないか?」
シェンは謎めいた顔をしている。
シェンはエイブリーが目の前を通り屋台へと歩いているのを見て確信していた。ミミックを持っているのは明らか。しかし、実力が稚拙すぎると。自分が手をかけずともラビー辺りが興味を持って倒すだろうと。
「分からないな。その理由を聞きたいね」
「時期に分かる。お前の仲間達が戦っているのならな。そんなことよりも、、、俺達の戦いに集中しようぜ」
ヴィアは深く構える。
「そうよな。私もフルパワーをぶつけようぞ!」
シェンも深く息を吸い、吐きこむと同時に姿勢を落とす。
タタン!!
軽やかなステップでヴィアの目の前に姿を現すシェン。
「熊猫の粉砕拳!!!」
「白馬の壁!!」
ズキズキ、、、
ヴィアは先程のシェンの衝撃で左の肩を故障していた。
動かそうとすれば悪化するだろう事は何度もボロボロになってきたヴィアだからこそ勘づいていた。
「うぉぉぉぉーー!!」
お互いの激昂が飛び交う。
シェンの拳は風の壁に穴を開け始める。
バリバリバリン!!!
「風の壁!!破ったりー!!!」
勢いを殺す事なくヴィアへと振り翳す。
フッ、、、、
「!!!!?!」
シェンは振り翳した腕の先の男が笑っていることに気づく。
壁は粉々に分かれ、1つの皿状のように収束されていた。
ヴィアはシェンの拳を受け止めるかのようにそっと右手を上げる。
ズンッ!!!
シェンの拳から放たれた衝撃はヴィアの右手との間にある白く纏った皿状の風に吸収される。
「凄いパワーだった、、、俺では出せない力、、使わせてもらうぜ」
シェンに向けた右手の掌を返す。まるでシェンに救いの手を差し伸べるかのような滑らかな手つきで指を伸ばすと同時にヴィアは囁く。
ヴィアの愁いの眼差しにシェンは思考が一瞬停止する。
「白馬の粉砕拳」
「うわぁぁぁ!!!!」
シェンの放った威力と同等。いや、それ以上の衝撃がシェンを襲う。
辺りの木々は衝撃によって形を徐に変えている。
「ふぅーーーー」
風が収まる。
口が開いたまま膝を地につき倒れまいと踠いているシェン。
必死に言葉を繋ぐ。
「わ、私の負けだ。但し、あの人がきっと君たち全てを倒す」
「あの人?さっきから誰のことを言ってやがる!」
ヴィアは腕を庇いながらシェンの元へと近づく。
「いずれ、、、、分かる、、、、。ラビー、、マーチ。後は、、頼んだ、、」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「来るな!来るな!この怪物!!!」
「なんで私が怪物なんだ!?ただ葉っぱを食べてただけだろう?」
「そこだよ!!気色悪い。お前の食欲はイかれてる!!!」
ドゴーン!!!
「な、なんだ??」
「君、名前は?」
「………………シェン」
「君たちの会話聞いていたよ。私は君を笑わない。否定しない。何故君のような出る釘は打たれるんだろうな。私についてこい!君の生きやすい世界を作ってやる!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(リアン様……………)
「くっ、、、、、名残惜しいな」
「強かったぜ。シェン。俺の方が上だったけど」
「ふっ、、ぬかせ、、、、」
バタッ、、、
シェンは遂に力尽き倒れた。
「ふぅーー。後2人、此処にきているのか、、?ルイはなんとかなるとして、エイブリーの元へ急がねぇと、、、」
ヴィアとシェンの戦いはヴィアが制した。しかし、まだシェン達の企みはこれでは終わらない。
ヴィアは痛めた傷を庇いながらエイブリーの元へ急ぐ。