前進 Sideユミエル
コースター辺境伯領から人が来ると聞いていたから、楽しみにしていたのに。
彼らは王都の邸に寄ることなく領地へ帰って行ったらしい。
色々と話、聞きたかったのにな。
「ユミエル。」
「セバスさん。」
「お嬢様が呼んでいます。」
「お嬢様が?」
今日はこっちの邸に帰って来てたんだ。
全然気づかなかった。
「応接室に行ってください。」
「応接室?」
「えぇ。執務室だと緊張するだろうからと、お嬢様が。」
ニコリと微笑むセバスさん。
身体から力が抜けたのが自分でもわかった。
「お嬢様は……優しい人ですね。」
「えぇ。自慢のお嬢様です。」
「僕、行ってきます。」
「はい。」
「教えてくれてありがとうございます!」
セバスさんにお礼を言って、足早に応接室へと向かう。
応接室の扉の前で深呼吸をする。
ノックをすれば、どうぞと促されて。
「失礼します。」
「来てくれてありがと。呼び出してごめんね。」
「いえ!あの、お話って…………。」
「まぁまぁ、そう焦らずに。とりあえず座りなさい。」
促されるまま向かい合うように座る。
そうすれば、お嬢様が自然な動作でお茶を淹れてくれて。
「あ、僕が…っ。」
「気にしないで。このくらい自分でできるから。」
いつもそうだ。
お嬢様は、自分でできるからと何でも先にしてしまう。
僕は、ココで働いているけれど、僕がお嬢様の為に何かをしたことなんてあまりない。
「ユミエル、ココでの生活は慣れた?」
「はい。毎日楽しく過ごしてます。」
「それは良かった。」
お嬢様が嬉しそうに微笑んで、クッキーを頬張る。
そして、咀嚼し終わるとゆったりとカップを傾ける。
みんながなんと言おうと、お嬢様は所作もキレイな自慢のお嬢様だ。
「ユミエル。私、貴方に仕事があるの。」
「仕事?どんな仕事ですか?」
「情報収集よ。」
お嬢様が一枚の紙をひらひらと振る。
だけど、折りたたまれたその紙に何が書いてあるのかはわからない。
「僕に、そんな仕事できるかどうか…………。」
「顔をあげなさい、ユミエル。」
俯いた僕にお嬢様の鋭い声がかかる。
慌てて姿勢を正して、お嬢様を見る。
さっきまでとは違って、ニコリとも笑っていない真剣な顔。
「ユミエル。私は、貴方ならできると思ったから声をかけているの。」
「…………っ。」
「情報収集は命がけだわ。どんな内容であっても。だから、正直迷ってる。でも、私は貴方に任せたいと思った。誰を調べるかは、ココに書いている。何をどう調べるかは書いてないわ。」
お嬢様がテーブルに折りたたんだ紙をそのまま置く。
そして、コツンと人差し指でソレを抑える。
「私は貴方になら任せられると思ったし、できると思った。でも、断ってくれても構わないわ。情報収集は命がけだもの。別の人間にお願いするだけ。」
「…………。」
「やるかやらないか、今ココで決めて。」
多分、すごく重要な仕事なんだと思う。
最近ずっとガゼルさんやソフィアさんが調べていた件と何か関係があるのかもしれない。
だけど、お嬢様は僕にソレを任せようとしてくれている。
期待には応えたい。
だけど、自信がない。
「…………。」
ソフィアさんやガゼルさんと違って、僕は剣術が苦手だ。
ドナウ侯爵の息子なのに、誰よりも剣術が劣っている。
だから、そんな僕でも、役に立てるのならって…………。
「…………、やります。」
「…………。」
「僕に、やらせてください。」
まっすぐにお嬢様を見つめれば、小さく頷いて。
「よろしくね、ユミエル。わからないことはソフィアに聞きなさい。」
「はい。」
折りたたまれた紙を開き、名前を確認する。
「そこに書かれている名前の人物について、一週間で調べられるだけ調べて。調べ方はユミエルに任せる。必要であれば、一週間、邸の仕事は抜けてくれても構わないわ。」
「!」
「良い?一週間で調べられるだけ調べること。わからないことはソフィアに聞くこと。この仕事内容を他言しないこと。ただし、ソフィアには伝えてあるからこの限りではない。調査結果は私、ユリア・コースターにのみ伝えること。」
お嬢様が指折り数えて注意事項を伝えてくる。
ソレを聞き逃しはしないと集中して聞く。
「以上の約束を守ること。わかった?」
「はい。」
真剣に頷けば、お嬢様が表情を少しだけ緩めて。
「一番重要な約束。今から言う言葉を一言一句、聞き逃さずに覚えて。」
「…………。」
「自分の命優先で生きて帰って来ること。」
「……………………え?」
「自分の命優先で生きて帰って来ること。」
繰り返し同じ言葉を伝えてくるお嬢様に困惑する僕。
だけど、お嬢様は気にした感じもなく。
「自分の命優先で生きて帰って来ること。情報を売っても構わないし、私に指示されたと言って逃がしてもらいなさい。貴方の命より重たいものなんてこの仕事にはないわ。」
「で、でも……!コレは重要な仕事じゃ……!!」
「えぇ、重要よ。とても大切な仕事よ。それが何?命より重たい仕事なんて、この世にはないわ。」
毅然とした態度。
あぁ、どうしよう……。
震えが、止まらない。
「自分の命優先で生きて帰って来ること。」
繰り返される言葉に、胸が締め付けられて。
胸のあたりを鷲掴みされているような、奇妙な感覚。
ああ、どうしよう。
この震えは、どうしたら止まるんだろう。
「何があっても、この約束だけは覚えてなさいユミエル。生きて帰りなさい。情報を渡してでも。私を売ってでも。絶対に、生きて帰りなさい。」
「…………っ。」
「ユミエル。私は貴方ならできると思ったし、任せても大丈夫だと思った。誰になんと言われようとも、この事実は覆らないわ。」
「……、はい。」
あぁ、どうしよう。
どうしたら良いんだろう。
苦しい。
「ユミエル。」
お嬢様の優しい声が耳へと届く。
それと同時に頭に乗る大きな手。
レオナルド兄様とは違った、大きな手。
「頑張りなさい、ユミエル・ドナウ。」
「…………、お任せください、お嬢様。」
「よし。それじゃあ、私は仕事に戻るから。一週間後、楽しみにしてるわね。」
お嬢様が部屋を出て行ってしまう。
「あ、ユリア。話は終わったの?」
「えぇ。あとお願いね、ソフィア。」
「行ってらっしゃい、ユリア!」
「行ってきます。」
二人の仲の良いやり取りを見つめていれば、ソフィアさんがニヤリと笑って近づいて来て。
「なになに?泣いてる?ユリアに泣かされちゃった?」
「ち、違います!これは、僕が勝手に……!!」
「ハハハッ、冗談よ。」
ソフィアさんが笑って頭をポンポンと数回撫でてくれる。
「嬉しかったんでしょ、ユリアの言葉が。」
「!」
「ふふふ、わかるわよ。だって、私の自慢の友達で、私達自慢のお嬢様だもの。」
「…………生きて帰りなさいって。」
「えぇ。」
「初めて、そんな言葉かけられました。」
家族の誰も、そんな言葉をかけてはくれなかった。
僕が、出来損ないだから。
レオナルド兄様は、一緒に行くと言ってくれる人だったから。
無理でも、気を付けて行くんだぞと声をかけてくれる人だったから。
「任せるって……。」
「じゃあ、しっかりと役目を果たさないとね。」
「……、はい。」
嬉しかったから。
憧れたから。
大好きだから。
「僕、頑張って情報集めます。」
「わからないことは遠慮なく聞きなさい。生きて帰るための協力してあげるから。」
「ありがとうございます、ソフィアさん。」
初めて、任せてくれたから。
お嬢様のためにも、絶対に頑張るんだ。
読んでいただき、ありがとうございます
感(ー人ー)謝




