親子揃って出禁
終了の合図である狼煙で会場に戻れば、人で賑わっていて。
集計結果の確認と報告の為に騎士団員たちが離れていく。
ガーディナ様にお礼を言って作業場へと迎えば。
「あ、お嬢様!」
お帰りなさいと出迎えられるのと同時に簡易的に作られた木製の椅子に座らされる。
「お嬢様、血抜きの時間足りませんよ!」
「まぁ、お嬢様が水桶用意してくれてたおかげで他の連中よりかはスムーズに作業できましたがね。」
「にしても、王都は贅沢ですねぇ。水が使い放題だ。」
「余るほどあるんだぜ?考えられねーよな。」
「血抜きの時間が足りないのは百も承知よ。それでも、ある程度はキレイな状態で作業できたんでしょ?」
売れるようなキレイな状態でないことも、全部わかっていてこの狩猟大会に参加した。
幸い私の待機スペースは水くみ場が近い場所だったから、五人も居れば回せると思っていたけど……。
「当然だ。ほれ、お嬢様。とりあえず、荷車いっぱい積ませていただきました。」
「大物ばっかり獲ってきてくれたおかげですね。」
「腹も懐も潤います。」
「ふふふ、ソレは頑張ったかいがあるというものね。私が手伝えることはある?」
「俺達だけで充分ですよ。」
「そーそー。ソレに、俺達はこのために今日ココまで来たんですから。」
「たまには仕事しねーで、休んでてください。」
「これ獲ってきたのお嬢様だけどな。」
「ちげーねぇ!」
楽しげな笑い声が心地良い。
良かった。
王都に来て塞ぎ込むかもしれないと思ったけど。
「でもさ、俺達王都に来て思った。俺、領地が良いわ。」
「!」
「このあたりは細かくていけねぇ。根っからのお貴族様とは馬が合わねぇってのがわかった。」
「誰に何か言われたの?どこの誰。ちょっと話してくるわ。」
スッと立ち上がると、五人が笑いながら私を座らせてくる。
「なぁに、たいしたことねーよ。俺達はお嬢様の御学友には寛大だからな。」
「そーそー。学び舎でちゃんと学んだからな。」
「学んだことが日の目を見るとは思わなかったけどな。」
「全くだ。」
慰めるように頭を撫でられる。
剣を握る人特有の硬い手のひらと、大きな手。
「うちの坊主がお嬢様に会いたがってたんだ。落ち着いたら領地に帰って来てください。」
「俺のとこの娘もお嬢様と遊びたいっつってたから、落ち着いたら顔出してやってください。」
「坊っちゃんたちも寂しそうだしな。」
「そーそー。領主様も何も言わなかったけど、寂しいんじゃねーかな。」
「オメーらも帰って来いよ、たまには。修道院で死ぬまでお勤めってわけじゃねーだろ?」
「…………そう、だな。」
「いつかは、帰りたいな。」
五人の様子に胸が締め付けられる。
もっと、しっかりしなくちゃ。
せっかく王命で王都に来ることができたんだから。
「と。そろそろ撤収の準備しねーとな。な、お嬢様。俺達、難しいことはわかんねーけど、お嬢様が笑って過ごしてるの見て安心した。」
「ソフィアとルナもお嬢様の手伝いしてんだろ?お嬢様、あんま一人で抱えこむなよ。こうやって、俺達のこと頼ってくれ。」
「そうだぞ、お嬢様。こういう些細なことでも、頼ってくれて嬉しかったんだ、俺達。俺達このまま領地に帰るけど、道中の心配はするな。さっき、騎士団の人が来て、俺達のこと領地まで送ってくれるっつってたから。」
「騎士団の人?ソレって誰?」
騎士団員を名乗ってるだけの人物なら信用ならないから、何としてでも止めないと。
「騎士団の団長さん。副団長さんが、俺たちについて来るんだと。」
「グレムート様が?」
「お嬢様、知り合いか?」
「ソフィアとルナが領地に帰った時に護衛してくれていた人よ。」
「あぁ!ロイド坊っちゃんに負けてた兄ちゃんか!」
「副団長だったのか。」
「騎士団って王国最強だと思ってたけど、違うんだな。」
ごめんなさい、グレムート様。
なんだか、私のせいで領地のみんなからの騎士団の評価が悪くなってるみたい。
「あの兄ちゃんなら安心だな。」
「おい、そろそろ片付けねぇと。王都出る前に日が暮れるぞ。」
「っと。そういうわけだから、お嬢様。元気に過ごすんだぞ。」
「うん。ありがとう。次の長期休みには絶対に帰るから。」
お嬢様や殿下、陛下を説得してでも帰るから。
私も、みんなに会いたい。
「領地の様子も気になるしね。」
「ユリア嬢、そろそろ発表の時間なので集合お願いします。」
「わかりました。それじゃあね、みんな。」
「「「「「我らが領主に幸あらんことを。」」」」」
胸に手をあて、頭を下げる。
騎士の、簡易的な礼。
学び舎で教えたことのあるその所作に、返事をしその場をあとにする。
後ろからは、呼びに来てくれたガーディナ様がついてくる。
「あぁ、来たなユリア嬢。」
「お疲れ様です、ユリア嬢。」
「貴方も参加していたのは、さすが辺境伯ご令嬢と言わざるおえませんね。」
「皆様、ごきげんよう。狩猟大会の発表ということは、称号授与も?」
「あぁ。一体誰が取るかな。」
「殿下では?」
「殿下でしょうね。」
「そんなにたくさん狩られたのですか?」
「そんなに多くはないよ。」
ニコリと微笑む殿下……もとい、メインヒーロー。
腕の良い人達が固まって行動していただろうから、殿下が優勝したとしても、驚きはしない。
「そういえば、ラチェット様も参加していたと聞いたのですが。」
「あぁ。ラチェット兄上は参加していたのはしていたのだが…………。」
「……?」
殿下が歯切れ悪く視線をそらす。
チラリとシノア様とレオナルド様に視線を向ければ、シノア様はため息を吐き出すだけで何も言わない。
ココはレオナルド様だなと結論付けて視線を送る。
「ラチェット様は、殿下を間近で応援するために参加されたようで、ご自身で狩りはされておりません。」
「え、応援するためだけに参加されたのですか?」
「卒業するので、最後の狩猟大会でしょう?殿下と最後くらい一緒に行事を堪能するのだと言って、ずっと殿下に声援を送っておられました。」
「…………。」
誰よりも熱狂的なファンじゃん。
悪役令嬢とかヒロインの邪魔するだけあるな、その行動力。
そりゃあ、殿下の攻略するのに名前をよく聞くわよ。
だって相手は熱狂的なファンだもの。
行動力も権力もあるスーパーモブキャラだもの。
「殿下、愛されてますね…………。」
「どうせなら、マリアに応援しててほしかった……。」
切実な様子の殿下に苦笑する。
「ま、まぁ。殿下がソレで優勝できたならラチェット様もマリア様も喜ぶのでは?」
「だと良いのだがな。ところでユリア嬢、一体どれだけ狩ったんだ?」
「私ですか?私は……アレ、そういえば途中で記録を教えてくれなくなりましたね。十六までは覚えてるのですが……。」
「十六……。」
「十六ですか……。」
「十六……、貴方、ご令嬢ですよね?」
「え。なんですか、その反応。」
攻略キャラがなんとも言えない微妙な表情をしている。
しかもシノア様、呆れてるっぽいし。
「それでは、発表します!」
「ドキドキしてきました。」
「学園の行事なんだから、そんなに緊張しなくても大丈夫だよユリア嬢。」
「そうですよね。」
会場を見回し、お嬢様とソフィアが近くにまで来てるのを確認する。
お茶会がお開きになったのか、それとも最愛の人の様子を見に来たのか……。
ヒロインとのイベントなら、ヒロインが応援した攻略対象が優勝して喜びを分かち合う。
乙女ゲームの鉄則とも言える展開。
「優勝者は…………、総数、三十五頭。シカ四頭、クマ三頭、狼四頭、イノシシ三頭、トラ二頭、鳥類十九羽を獲えたユリア・コースター!!」
「「「は!?」」」
驚きの声をあげる攻略対象と視線を送ってくる野次馬たち。
「え、私?殿下じゃなくて??」
普通に予想外で驚く私という異様な光景。
「ユリア・コースターは前へ。称号を授与する。」
えぇ……こういう目立つの苦手なんだよなぁ。
渋々と前に出る前に呼吸を整えて、気持ちを辺境伯令嬢に切り替える。
──…笑いなさい、ユリア。
はい、お母様。
壇上にあがれば、つはつらと読み上げられる祝福の言葉。
「──よって、狩猟大会優勝と歴代二位の記録に敬意を示し、晩餐の権利を与える。」
「え。」
ざわざわとする会場。
「効力は一回のみ。大切に、取り扱うように。」
差し出される称号。
黄金でできたロゼッタを模したトロフィー。
「いりません。」
「え?」
「辞退します。」
さっきとはまた違う戸惑いで会場がわななく。
「ちょ、ユリア!貴方どういうつもり!?」
「あ、マリア様。だって、どう考えたってめんどくさ……いえ、私には身に余るものです。まぁ、どうしてもって言うなら……。」
差し出された称号を手に取り、壇上を飛び降りるとお嬢様にその称号を渡す。
「マリア様にあげます。」
「えっ?」
「手作りのロゼッタをくれたお礼です。」
押し付けるように渡せば、ようやく頭が回転仕出したらしく、目を大きく見開いて。
「な、何を言……!!貴女……、貴女が与えられた称号でしょっ?」
「はい。私がもらって、私が貴女に渡しました。一応受け取ったことになるので問題ないでしょ?」
「そ、かもしれないけど…!!」
「それに、私が持ってるより良いと思うんですよね。コースター辺境伯が何かを企んでるとか噂されるのも嫌ですし。私はただ、食料調達するためにココに参加しただけですし。その点、マリア様なら殿下の婚約者ですし、晩餐に招待されるのも初めてではないわけだから、変な勘ぐりをする人もいません!公務で忙しいお二人が一緒に過ごせる貴重な時間を私が提供します。今日のお礼に!」
「…………、はぁ……。貴女は一度言ったら聞かないものね。わかったわ。ありがとう、ユリア。ありがたく受け取るわ。」
「はい!」
壇上の司会者を笑顔で振り返れば、引きつらせていた表情を咳払いでごまかして。
「一つ言い忘れていた。ユリア・コースター。貴女は来年以降の狩猟大会の出場は認められないので、そのつもりで。」
「え!どうしてですか!?」
「歴代二位の記録を毎年出されてしまうと、今後の狩猟大会に影響が出る恐れがあるためです。出禁勧告をするのは貴女で二人目ですよ。……ごほん。それでは、以上をもって狩猟大会を終了する。」
呆然と誰もいない壇上を見上げる。
え、嘘でしょ。出禁?
マジで??なんで??
「ユリア……。」
「出禁なんて困るわ!!こんな美味しい食材が蔓延っているのに!!ちょっと直談判してくる!!」
「待ちなさい。」
「放してください、マリア様!」
「ちゃんと説明してあげるから。」
「え、出禁の理由知ってるんですか?」
ピタリと動きを止めて、お嬢様に向き直る。
お茶会に参加していたお嬢様が知ってるということは、私は何かルール違反をしていたのだろうか。
「あのね、オズワルド様が出禁になってるのは覚えてる?」
「そういえば、そんな話をされてましたね……。」
「表向きの処罰って言われるものが今回の出禁よ。ただでさえコースター辺境伯は目立つもの。王家が辺境伯を贔屓にしてるって噂も一部ではあるの。多分、そういうものではないと示したかったんじゃないかしら。」
「え〜……いい迷惑。」
私が思わず顔を歪めると、お嬢様が苦笑する。
視界に入らないように控えているステラさんの後ろでソフィアが激しく頷いているのがわかる。
やっぱり、ひどいよね?
「狩猟大会楽しかった?」
「そうですね、良い収穫はありましたよ。」
「大物ばかりだったものね。」
クスクスと笑うお嬢様にニコリと笑う。
「でも、少しだけ心残りがあるんです。」
「心残り?」
首を傾げるお嬢様と近づいてくる殿下。
見えないように指示をソフィアに送れば小さく頷いて。
「はい。なんだか、ウサギよりも大きくて狼よりも小さい生き物が視界の隅に入ったのですが、逃してしまいまして……。」
「あら。貴女でも逃すことがあるのね。」
「眼の前のイノシシに夢中になりすぎました。」
「イノシシ……貴女本当にソレでよく無傷だったわね。」
お嬢様が本当に怪我してないの?と、疑うように手を触ってくる。
「わ、お嬢様。私ちょっとどころか血なまぐさいですよ、触っちゃダメです。」
「あら、平気よ。」
お嬢様が私の手のひらをムギュムギュと触れているのを見て、ステラさんが鬼の形相でこちらを睨んでくる。
いや、これ、私が悪いの?
ごめんなさい、ステラさん!
めっちゃ怖いんだけど!?
「仲が良いのは良いことだけど、少し妬けるね。」
私に触れるお嬢様の手をさらうと、そのまま指を絡めて肩を抱き寄せる殿下。
「クロード様!」
殿下とお嬢様がイチャイチャし始めたところで視線をステラさんに向ければ、肩をすくめられた。
どうやら私は殿下に命を救われたらしい。
「ソフィアさん!」
駆け寄り、その両手を取る。
「狩猟大会の準備手伝ってくれてありがとう!おかげで凄く楽しかったわ!」
「ユリア様が楽しめたのなら、良かったです。」
私がそんな他愛もない話をソフィアにふったからか、ステラさんが気を利かせて離れていく。
もちろん、お嬢様の傍から離れるようなヘマはしないが。
ステラさん、お嬢様が誘拐されて以降の訓練にすごく力を入れていたから隙がだいぶなくなったわね。
「ユリア、見つけたわよ。私の右後方。」
「…………。」
「ラチェット様と会話しているところを見るに、上位貴族かしら。貴女の獲物を逃した話を聞いて少し様子がおかしかったわ。」
「そう…………。彼がどこの誰か調べる必要がありそうね。」
「だったら…………。」
「ソフィアもガゼルもダメ。」
「…………。」
「この件、ユミエルに任せるわ。」
あの子にはいい加減、自信をつけてもらわないとね。
読んでいただき、ありがとうございます
感(ー人ー)謝




