幼馴染と見回り
私が王都に出稼ぎに行くと弟たちに報告すれば、質問の嵐が待っていて。
お父様となんとか二人がかりで弟たちを説き伏せ、ようやく落ち着いた。
ロイドに関しては私のひとつ下だから、ヒロインと同じ年の入学になるし、ウイリアムはその下。
二人ともヒロインと関わりになる機会があるかもしれないから、充分に注意してほしいと思う。
決してヒロインは悪い子じゃないんだけど……、婚約者のいる男の人に言い寄るくらいの鋼メンタルだから。
前の世界線なら、浮気者と罵られる可能性が充分に高い。
いくら私達がモブキャラでも、メインキャラ以外と話さないとかないだろうし……。
ないよね?
「ちょっと聞いてるの、ユリア!」
「!」
呼ばれた名前にハッとして。
顔をあげれば幼馴染のソフィアとアルベルト。
「全く。なぁに考え込んでるのか知らないけど、こっちに集中!怪我するよ!!」
「ごめん、大丈夫。」
「姫さん、疲れてる?」
「大丈夫。そういうアルベルトこそ、休んでなくて良いの?戦終わりの見回りは男の人達は抜きでって決まってるのに。」
「良いの、俺は。むしろ姫さんとソフィアだけで行かせる方が不安で安めねぇから。」
今、私達は領地の少し外を見回りしている。
戦の後は敵兵が隠れたままになっている可能性があるからだ。
そんな危ない状態だと、子どもたちが安心して遊べないし領民の皆が危険だ。
だから、戦の次の日だけは戦場に行かなかった一部の人間で見回りをする。
「ユリアお嬢様!向こうは人居なかったよ!」
「あっちも大丈夫!」
「ユリアお嬢様たちの向かってる方は新しい足跡があったから気をつけてね!」
「ええ、わかったわ。皆もありがとう。アルベルト、ソフィア、行きましょ。」
「おう。」
「えぇ。」
二人を連れて、木々の間を抜けて行く。
この領地は辺境地で、作物の実りが豊かだと言われてるだけあって木々が多い。
「このあたりは、被害がそこまで出てないわね……。」
「アルベルト。」
「流石に領地ギリギリで戦ってねぇよ。領主様が居てココまで押し返されるわけねーだろ?」
軽い足取りでお父様を語るアルベルト。
アルベルトが戦場に出るようになってもう、三年。
「だからって余裕かましてたら怪我するよ。」
「おう。安心しろ、生きて帰るっつう約束だけは、絶対守るから。」
生きて帰る。
それが、唯一にして絶対のこの領地での規則。
自分の命最優先で、無理だと思ったら構わず逃げろ。
ソレが、王都から派遣された騎士の居ないこの領地で自警団を作った時に掲げられた。
「今回死んじまった奴ら、別に敵陣に突っ込んだわけじゃねーんだ。」
不意にそうやって言うアルベルトに視線を投げかける。
「ごめんな。自分の命優先って約束、守れなくて。」
「……謝らないで。もうたくさん、謝ってもらったし、謝ったわ。」
知ってる。
毎回、そうだから。
いつも皆、領主様や領民の誰かを守って死んで行く。
たった一つの生きて帰ると言う約束を守るために。
「いつか…………。」
「「ん?」」
「いつか絶対、終わらせるから。」
いつか王都に行って、王様に直談判する。
そして、この領地を……この国を、争いのない場所にするの。
「ユリア…………。」
「あ、そうだ。忘れてた。ソフィア、アルベルト。」
「「ん?」」
「私、王都に行くの。今週末にはココを出るから。」
「「は!?」」
「だから、ココの皆のことよろしくね。」
「いやいやいや!!今!?今言う!?今思い出したの!?」
「姫さん、それ結構重要なことじゃね?」
「いやぁ、王様に直談判で思い出して。ごめんね?」
手のひらを合わせて小首をかしげれば。
二人揃って重苦しいため息を吐き出して。
「あり得ないわ……。アンタが居ない領地なんて……。」
「姫さん、一人で行くのか?」
「そうよ。だって、使用人なんて居ないもの。」
「そうだけど…………。」
アルベルトが何かを言いかけて、やめる。
そして、周囲に視線を走らせる。
「居る。」
「えぇ。」
「ソフィア、子供たち連れてギリギリまで離れて。」
「ユリアは?」
「視線の主に話がある。」
警戒をしつつ、気配のある方へと足を進める。
「姫さん!」
アルベルトの悲鳴のような呼びかけに反応するように草むらが大きく揺れて。
現れた人影。
振り上げられた剣。
その手首を叩き、剣を奪うとその人影の手首を切りつける。
「ぐぁぁあ!!」
声をあげて倒れる男に剣を振り下ろす。
「その男は、こちらで処分する。」
「姫さん!!」
アルベルトが駆け寄って来ようとするから、手で制して彼を振り返る。
「撤退命令に背いた罪で処罰が決まっているんだ、その男は。」
銀糸の髪を揺らしながら、堂々と一人歩いてくる。
「あら。勝手にこちらの国に入ってくるなんて。やっぱり撤退なんかじゃなくて侵攻してきてるのでは?」
「俺は命令違反をした奴らを回収に来てるだけだ。」
ただ静かに私に切られようとしている男を見下ろす。
「にしても、相変わらずの手際の良さだな。この国は本当に一筋縄じゃいかなくて笑えてくる。」
「だったらさっさとこの領地を諦めて欲しいんだけど、帝国軍さん。」
私の下から這い出し、男が彼から距離を開けようとする。
「動くな。それ以上国境から離れるのは許さない。」
「それ以上退がるのなら斬ります。」
「ヒィィ!!」
男が情けない声を発し、手首を押さえたまま立ち上がると国境側へと駆け出して行く。
「あの男で最後だ。見回りは終わりで良いんじゃないか?」
「親切な忠告どうもありがとう。でも、その言葉を鵜呑みにするほど馬鹿じゃないの。」
「……だろうな。」
ニヤリと口角を上げ、背を向ける。
私にココで斬られるなんて微塵も思ってないその後姿に毎度のことながら、悔しく思う。
「んじゃあな、もう戦場で会うのはごめんだ。」
「貴方たちが攻めて来なければ会うこともないわよ。」
「手厳しいねぇ。だが、ソレは俺じゃない。」
「同じ帝国の人間でしょ。侵攻されてる側からすれば、誰の指示だろうと一緒なのよ。前も言ったでしょ。」
後ろ手でひらひらと手を振ると、撤収していく。
命令違反をした人間を回収に来たと言ってるだけあって、何人もの帝国兵が、同じ帝国兵に取り押さえられて連行されて行く。
「はぁ…。」
剣をグサッと地面に突き刺す。
「姫さん。」
「アルベルト。」
「大丈夫か?怪我は?」
「見ての通り、何もないわ。全く、アイツは一体本当に何がしたいのかしら。」
「さぁな。ただ、俺たちが戦場に出るようになってからは、毎回あの男のお陰で残党狩りしなくて済んでるのは確かだ。」
「えぇ、そうね。」
名前も知らない相手。
だけど、私やお父様、ロイドはあの男と顔見知りだ。
ロイドの初陣の時。
ロイドが額に怪我を負った時、あの場にあの男は居た。
そして、あの男が帝国の皇太子であるのは銀糸の髪が証明している。
名前は知らずとも、そのうち知ることになるだろう人物。
「どうする。」
「どうって?」
「見回り。」
「行くに決まってんでしょ。物見櫓の皆との交代もあるし。」
相手が言ってることが本当だとしても。
仕事を放棄して良い理由にはならない。
ましてや彼は、この領地を攻めて来ている帝国の人間だ。
「ユリア!アルベルト!」
「ソフィア。ありがと、子供たちは?」
「大丈夫。また、あの男?」
「まぁね。んじゃあ、ソフィアも来たし、続きと行きましょうか。」
「「はい。」」
今週末にはこの領地を出る。
それまでに片付けられる問題は全部、片付けないと。
心残りがないように。
まずは、あの物見櫓の修繕からだ。
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