貴族の噂話
ガゼルに簡単にお茶会についての説明をすると、嫌な顔ひとつせずにお嬢様のためならと頷いてくれた。
マルクル様の教育の賜物だと思う。
「お嬢様、馬車はお使いにならないのですか?」
「大した買い物もしないのに馬車なんて邪魔なだけじゃない。」
「ですが……。」
「ただ城下町を歩くだけよ?心配し過ぎ。王都は平和なんだから。ね?」
「…………はい。」
渋々ではあるもののしたがってくれるガゼル。
いつも通り男装姿で歩く私に何か言いたげにはしたけれど、何も言わない。
口をつぐむという大切なことはちゃんと学んだらしい。
「お茶会のキャンセルなんて良かったんですか?」
「良いのよ。だって私、参加するって返事すらしてないもの。」
「え。」
「あれ、言ってなかったっけ。」
「聞いてません。」
「そう?まぁ、良いじゃない。私はお茶会の招待状を受け取っても常識がないから返事の一つもまともによこさない。そんな噂がたつだけよ。」
「ソレはお嬢様の評判にひどく関わると思います。本当にソレでよろしいのですか?」
「ふふ、良いのよ。だって、王都での評判に興味ないもの。」
貧乏貴族、野蛮令嬢……エトセトラ。
そこに常識知らずが加わるだけのこと。
今更王都でどんな噂がたとうが興味はない。
そんなことを気にしていたのなら、貧乏貴族だなんだと言われていても、お父様は私達をちゃんとデビュタントさせたハズだ。
「それに、自由参加を謳ったお茶会なんでしょう?」
「…………一応は。」
「なら、気にしないで良いわ。私は参加しないって決めただけだもの。…………あ、ガゼル。あのお店は何?」
「あそこは工房です。」
「工房……。」
「はい。確か、装飾品の補修を請け負っていたかと。お忍びで利用する貴族も多い工房です。よっぽど腕の良い職人が居るのでしょうね。」
「………、ふむ。」
キョロキョロと周囲を見回し、平民向けの髪飾りを取り扱っている店を見つける。
「ガゼル、あのお店で一つだけ髪飾りを買って来てちょうだい。そうね、なるべくシンプルなものが良いわ。」
「?わかりました。」
なんでそんなものを?と、心の声が聞こえてきそうな表情で頷くと立ち去って行く。
私は工房から少し離れたところで待機。
「おまたせました。」
「ありがと、ガゼル。」
「コレでよろしかったですか?」
そう言って差し出されたのは白いレースで作られたバラを、モチーフにした髪飾り。
「上出来よ。ありがと、ガゼル。ふふ、おしゃれなものを選んでくれたのね。もっと野花のようなデザインのを持ってくるかと思ったのに。」
「仮にも女性に渡すものです。その人に似合いそうなものを選ぶのは当然のことです。」
「へぇ。ガゼルって私がこのバラ似合いそうな女性に見えてたんだ?」
「何を当たり前なことを。貴方ほど純白のバラが似合う女性は居ませんよ、お嬢様。」
え、何このコ。
何なのこのコ。
え、モブキャラだよね?
「…………出会った頃のガゼルとは同じとは思えないわね。ソフィアに任せたかいがあったのかしら。」
「…………………………………………特段変わった覚えはありません。」
「なんかすっごい長い間があったけど。」
まぁ良いわ。
私もガゼルがどう変化しようが、私達に害がなければそれで良い。
「んじゃあ、行きましょ。」
「行くってどこに…………。」
「工房。」
「え?」
「あ、その前にコレをちょっと壊さないとね。ごめんね、ガゼル。」
レースでキレイに整えられたバラの外側と内側を引っ張って壊す。
糸が少し出て不格好になる。
「これでよし。行くわよ、ガゼル。」
「…………。」
ガゼルを連れて工房へと入れば、カウンターに店員が一人。
チラリと視線をよこして、目をそらしてくる。
「ココで装飾品の修復を請け負ってると聞いたのだけれど。」
「あぁ。」
「コレ、直せる?」
先ほど購入したばかりで、壊したばかりのソレを見せる。
「……直せる。だが、本当にコレ直したいのか?」
「えぇ。私にとって大切な人が初めてくれた髪飾りなの。直せるなら、ソレに見合ったお支払いをするわ。」
「…………。」
「直せるの?直せないの?」
「…………良いだろう。一週間くれ。」
「一週間?そんなに??」
「予約が詰まってるんだ。短期間で仕上げたいなら他所をあたってくれ。」
「あら、そう……残念だわ。」
チラリと見えるように金貨の袋を落とす。
重たい金属音を響かせたソレを、ガゼルが拾ってくれて。
「お嬢様、もう帰りましょう。」
「そうね。……お時間取らせたわね。」
テーブルの上においたソレへと手を伸ばせば、慌てたようにその髪飾りを手に取る店員。
「い、一週間で修復可能だ。」
「ごめんなさい、一週間なんて待てないの。」
「五日間。」
「待てないわ。」
「……、三日でどうだ?」
「待てない。」
ガゼルが手に持つ金貨の入った袋をチラリと見る店員。
「きょ、今日中だ。」
「あら、先約があるんじゃないの?」
「ゆ、優先的に修復する。」
「優先的に?」
「あ、あぁ。優先的に修復してお返しする。」
「半刻よ。」
「は……。」
「半刻。ソレ以上は待てないわ。」
「な、なん…………。」
「あら。優先的に、修繕してくれるのでしょう?コレくらいの作品、半刻もアレばできるでしょ?」
「そ…………。」
「それとも、できないの?それなら、仕方がないわね。噂に聞いた工房もその程度の腕なら、拍子抜けだわ。行きましょ。」
返して頂戴と手のひらを向ければ、髪飾りと私の手、ガゼルの持つ袋へと視線を送り。
「は、半刻!!半刻で仕上げる!!」
「本当に?」
「あぁ!」
「…………良いわ。その代わり、大口叩いて私が満足するデキで仕上がっていなかったら、支払わないわよ。」
「あぁ、そこは心配いらねぇ。」
「そう。じゃあ、ココで待たせてもらうわ。」
「!」
「半刻だもの、良いでしょ?」
店員からガゼルに向き直る。
「そういうわけだから、貴方は先に他の買い物を終わらせて戻って来て頂戴。」
「はい。」
私が何かをしようとしていると言うことは汲み取ったらしく、素直に頷く。
「あぁ、そうだわ。忘れてた。コレは、みんなに内緒でお願いしておきたいんだけど……。」
手のひらで口元を隠し、耳元に唇を寄せる。
「下級騎士団の駐屯所にレオナルド様と殿下が居るハズだから、この工房を調べられる準備を半刻で済ませて乗り込んで来るように伝えて。」
「は……。」
目を見開くガゼルにニコリと笑ってポンッと背中を押す。
「お願いね。」
あの時、お嬢様と調べ回ったかいがあったというもの。
間違いなくココは黒だ。
壁に吊り下げられた工房の道具をゆっくりと見て回ってる間、店員はチラリとこちらを見ては落ち着かない様子で店の奥へと視線を送っていた。
彼が奥へと引っ込んだのは、私の渡した髪飾りを工房へと持って行った一度だけ。
それ以外はずっと警戒するように、監視するように私を見つめている。
「貴方は工房の作業員じゃないの?」
「あ、あぁ。俺はただの店番だ。」
「貴方一人で毎日店番してるの?」
「まぁな。」
「大変ね。」
「そうでもねぇさ。俺は注文を聞いて流すだけの役割だからな。」
「そうなの。それだけ技術者が集まってるってことかしら。」
「まぁな。ウチは腕の良いのが揃ってるから。」
「噂に聞く通りね。仕上がりが楽しみだわ。」
本当に、楽しみだわ。
私が注文した通りのデキになっているのか。
私の予想だと無駄にたくさんの装飾品をつけて返してくれるんだろうなって思ってるんだけどね。
あの、小さく加工された宝石をつけて。
「…………。」
チラリと壁にかけられた時計を見上げる。
そろそろ半刻。
「……作業場見て来る。」
「えぇ。」
私一人になる空間。
店の外に感じた覚えのある気配に足音を殺して扉をソッと開く。
店を取り囲むように配備された下級騎士団と、ソレを指揮する殿下とレオナルド様。
その姿を確認して居ると、ガゼルが店内へと戻って来て。
「おまたせしました、お嬢様。」
「ありがとう、ガゼル。頼んだものはすべて揃った?」
「はい。」
そのセリフにニコリと笑っていれば、店員が戻って来て。
「修繕終わったぞ。」
「…………。」
「どうだ?良いデキだろう?」
店員がニヤリと口角を上げる。
ソレを見つつ、品物を手に取り確認する。
私が渡したのはシンプルな白いレースのバラ。
だけど返って来たのは予想通り、小さく加工された宝石がいくつも縫い付けられた髪飾り。
「私が預けたものと、ずいぶん様相が変わっているようだけど。」
「初回のお客様にはサービスしてるからな。」
「サービス、ね。」
「あぁ。」
「私は、もとに戻してほしかっただけなんだけど。こんなワガママを受け入れてサービスなんて、ずいぶんと太っ腹ね、この工房。よっぽど経営力に自身があるのね。」
「腕が良い技術者が多いおかげでな。それで、支払いの方だが……。」
「あぁ。私、こんな修繕頼んでないから。払えるのはコレだけね。」
ポケットから取り出した銀貨一枚を渡す。
「な……っ。」
「あら、不満そうね?」
「当たり前だ!!お前の目は節穴か!?ソレがどれだけ価値のある石だと思ってやがる!!銀貨一枚だと!?ふざけるな!!」
「どれだけ価値のある石なのか、教えてもらえるか?」
踏み込んで来たのは、下級騎士団の鎧に身を包み鎧で顔を隠している殿下。
その後ろに控えているのはレオナルド様だろう。
「騎士団……?」
「この工房が、巷を騒がせている犯罪者と繋がっているというタレコミがあった。悪いが、中を改めさせてもらう。ご令嬢、ソレは証拠品として押収させて欲しい。構わないか?」
「えぇ。騎士団の捜査に協力するのは、国民の義務ですもの。」
義務だと強調して渡せば、なだれ込んで来る騎士団員たち。
「貴方たちは外へ。」
「……、出ましょう、お嬢様。」
「そうね。」
促されるまま外へと出る。
どうやら外にもちゃんと騎士は残していたらしく、店の外へと逃走した数名が取り押さえられている。
「お嬢様。」
「ん?」
「いつ、お気づきに?」
「何が?」
「この工房が怪しいと。」
その質問にガゼルを見て、建物を見上げた。
「子爵の裁判と、労働刑に処された平民。ガゼルたちが集めてくれた情報。一つずつ吟味した結果よ。」
「たったソレだけで……?間違えていたらどうするつもりだったんですか?」
「どうもしないわ。それに、半刻でココまで準備を整えることができたってことは、殿下たちも機会を伺っていたのでしょう?じゃなきゃ、本当に半刻なんかでココまでできないもの。」
「…………、まさかだから半刻でって……。」
ガゼルの言葉にニコリと笑ってごまかす。
「ふふふ。クロード様とマリア様が相思相愛で良かったわ。」
「…………帰ったらソフィアさんに怒られますよ。」
「大丈夫よ。今日は連れて行けないってちゃんと伝えてあるから。」
「…………はぁ。お嬢様は、本当に規格外ですね。」
「褒め言葉として受け取っておくわ。」
作業着を着た人物を連れて店内から出て来た殿下とレオナルド様に口角をあげた。
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