目標 Sideユミエル
クロード殿下の誕生日パーティーだと言うのに、ラチェット様に連れて行かれてしまった。
レオナルド兄様とマリア様、お嬢様も一緒に連れて行かれてしまった。
知り合いの居ない状態は不安で。
キョロキョロとソフィアさんとアルベルトさんを探せば会場を出て行ったらしく、見当たらない。
「…………。」
どうしよう、怖い。
「ユミエル様お久しぶりですわ。」
「いかがお過ごしでしたか?」
「剣術の腕前は上達しましたか?」
悪意と好奇心の言葉が降りかかる。
ズキズキと痛む心臓に気づかないフリをして笑顔を浮かべて対応する。
コースター辺境伯の屋敷が心地よくて忘れていた。
僕は、役立たずだと言うことを。
「おー、ココに居たか。」
肩に置かれた手とかぶさる人影。
見上げれば、ニカッと笑うアルベルト様。
「久しぶりのパーティーで疲れただろ?あっちで休憩しようぜ、きゅーけー。」
ポンポンと肩を叩かれる。
「ちょっと貴方、どこのどなた?」
「他人の話に割って入るなんて、正気の沙汰とは思えませんね。」
僕に向けられていた軽蔑の視線がアルベルトさんに向けられて。
アルベルトさんはソレを真っすぐと見つめ返す。
「ん?そっか、んじゃあコイツ借りて行くな。」
アルベルトさんの手が、優しく僕の手を握る。
ただそれだけなのに、強張っていた身体から力が抜ける。
まだ、そんなに知らない人なのに。
この人は、安心する。
お嬢様やソフィアさんの知り合いだからかな?
「話を聞いてまして!?」
一人のご令嬢の声が鋭くなる。
それでもアルベルトさんはヘラリと笑って困った顔をする。
「なんでこの人たち怒ってんだ?」
アルベルトさんが不思議そうに聞いてくる。
どうやら本当にわかっていないらしい。
「僕を連れて行こうとしてるからだと思います。」
「え、ダメ?ユミエルくん、主役じゃないよな?」
「はい、違います。」
「なのに、連れ出しちゃダメ?」
なんで?と首を傾げるアルベルトさん。
その反応に今度は僕が困る。
「なんででしょう…………?」
改めて問われると困る。
僕はドナウ侯爵家では出来損ないで、役立たず。
だから、当たり前の対応をされてるだけ。
それなのに、どうして理由が思いつかないんだろう?
「ん〜、困ったなぁ。姫さんに騒ぎは起こすなって言われてんのに……。」
ポリポリと頬をかいたかと思えば、何かを思いついたような顔をして僕を見る。
「よしっ、ちょっとごめんな!」
「え?アルベルトさ、ん!?」
軽々と持ち上げられた身体に驚愕していれば、眼の前の景色が早く過ぎて。
「ふぅ…、よし。大丈夫か、ユミエルくん。」
「は、はいぃ……。」
降ろされて、地面に足がついてるハズなのにふわふわとした感覚が抜けない。
「あちゃー、ごめんな。でもこれで騒ぎは起こしてないから問題ないだろ!」
えっへんと胸を張るアルベルトさんに苦笑する。
多分、違う騒ぎにはなってる気がする……。
「あの、何かあったんですか?」
「ん?」
「僕に何か用かあったんじゃ……。」
「ん?特にない。」
「えっ?」
「ただなんか、困ってるように見えたから。」
困ってるように見えただけ。
たったそれだけの理由で助けてくれた?
なんで?どうして?
僕が戸惑ってるのがわかったのか、いつものように笑って頭を撫でてくれる。
「困ってる人を助けるのは当然のことだから気にするな。」
「当然…………?」
「おう。それに、理由もなく悪意にさらされて良い人間も居ない。」
ワシャワシャと撫でられる頭。
豪快なハズなのに、ひどく優しい。
「あの会場で、僕以外にも困ってる人が居たら助けてましたか?」
「さぁ?」
「さぁって……。」
「ユミエルくんは姫さんが大切にしてるから助けたけど、他のヤツらは姫さんたちを悪く言ってるからなぁ。正直助ける気がおきないんだよなー。」
「…………。」
「あーでも、そんな区別をしたって姫さんにバレたら怒られるか……。」
真剣に悩み始めるアルベルトさんをポカンと見つめる。
お嬢様が大切にしてるからって……そんな理由で僕を助けてくれた……?
「ま、深く考えるなって。ユミエルくんはウイリアム坊っちゃんと同じくらいの年だから弟みたいな感覚だし俺も。」
「ウイリアム坊っちゃん……?」
「そ。姫さんの弟。姫さんに似てめちゃくちゃ優しいから、好きになるぞ絶対。」
その表情はレオナルド兄様が見せる笑顔に似ていて。
大切にされてるんだなって感じる。
「…………さっきの人たちは、何も悪くないんです。」
「お?」
「僕が、ドナウ侯爵家の息子らしくないから。仕方がないんです。」
そういえば、顎に手を添えて首を傾げる。
「ドナウ侯爵家の息子らしさって何?」
「剣術の腕前が良いことです。ドナウ侯爵は騎士団ですから。」
「騎士団長だっけ?」
「違います。」
「騎士団副団長?」
「違います。」
「んじゃあ、指南役とかそんなの?」
「違います。」
キョトンとした表情で見下ろしてくるから、ゆっくりと息を吐きだして。
「左羽軍の将軍です。」
目を数回瞬いて。
「なんでドナウ侯爵家らしさで剣術の腕前があがるんだ?」
心底わからないといった表情に僕が困惑する。
父も、兄も、王族近衛騎士団の騎士だ。
それはとても名誉なことだし、素晴らしいことだ。
先生たちだって絶賛する。
「確か、王族近衛騎士団って街の治安維持が主な仕事の左羽軍と、戦闘が主な仕事の右羽軍、王城内警護が主な仕事の玉軍で構成されてるんだよな?」
「そうです。左羽軍は下級騎士団と呼ばれる彼らの上司にもなります。なので、城下について一番詳しい騎士団は左羽軍とも言われてます。」
この国の平穏は我々のお陰で守られているのだとよく言っていた。
戦争なんて起きない平和な国に右羽軍のような野蛮な連中はいらないとも。
国民に愛されている騎士団は左羽軍だと。
「玉軍、左羽軍、右羽軍。この三将軍の上が騎士団長と騎士団副団長だよな?」
「はい。」
そうだよなーと呟いて数回頷く。
顎に添えられていた手が腰に添えられ、仁王立ちで見下される。
「それでなんでドナウ侯爵家は剣術の腕前が出てくるんだ?」
考えてもわかんないんだよなぁとヘラリと笑う。
「俺頭悪いから全然わかんねーんだよなぁ。三将軍が居るって話は姫さんたちに教わったから知ってるぞ?俺が王都から離れた場所に居るせいかなぁ。三将軍って王都では尊敬されんの?」
「あ、当たり前です!何百人といる軍をまとめ上げる将軍です!誰にでもなれるわけではありません!」
「へぇ、そうなんだ。」
「将軍になるには騎士団内で行われる昇格試験で勝ち続けることが絶対条件です。書類仕事もあると聞くので頭脳だって必要です。」
「へぇ、そうなんだ。」
「そうなんです、すごいんです。だから、皆憧れるんです。」
「そっか、そっかー。ユミエルくんは物知りだなぁ。」
笑いながら頭を撫でられる。
ただそれだけなのに、心がくすぐったくて。
「ユミエルくんは優しいから良い文官になりそうだな。」
「えっ?」
驚いて顔をあげるも、アルベルトさんはすでに僕を見てなくて。
「やっぱキレイだな、姫さん。」
聞き取れるかどうかの小さな声。
アルベルトさんの視線の先にいるお嬢様が、ニコリと微笑んだ。




