お茶会への招待状
ラチェット様に導かれるまま入った部屋は、綺羅びやかで。
あ、あの絵画は授業で習ったわ。
国宝級の価値を持つ作品だったような気がする。
「ようやく落ち着いて話せるな!ははは!どうした!?ずいぶんと疲れた顔をしてるではないか!」
「…………。」
何か言いたげにするも、全員が黙って出されたカップを傾ける。
輪切りのレモンが入っていて良い香りだ。
一緒に置かれているフルーツタルトも美味しそうだし。
「ラチェット様、どうしてココに呼ばれたのか説明して頂いても良いですか?」
「む。」
「殿下の誕生日パーティーなのに、殿下が長時間不在にするわけにはいかないでしょ。マリア様も婚約者ですし。」
「全く……野蛮令嬢は、せっかちだな。もう少しゆっくり過ごしたらどうだい。王都は辺境地とは違って優雅な場所だよ?」
余計なお世話だ。
出かけた言葉をグッとこらえてニコリと微笑む。
大丈夫、私は今ちゃんと笑えてる。
「何。呼びだしたのはそう難しい理由じゃない。」
ラチェット様はそう言って表情を改める。
さっきまでとは違う真剣な表情に空気が張り詰める。
「どうやら、私は卒業することになるらしい。」
その言葉に一瞬の沈黙。
「…………は?」
「由々しき事態だ。早急に対応しなければならない。あの剣術大会で野蛮令嬢に負けたのが失態だった。このままではクロードとともに学園生活を謳歌するという人生の目標が頓挫する。」
まくしたてるように熱弁するラチェット様に、張り詰めていた空気が弛緩する。
「ラチェット兄上、話とはソレですか?」
「他の何を差し置いても重要な話だろう。クロード、私と学園に通えなくなるのだぞ?寂しいだろう?侘しいだろう?悲しいだろう?」
「どれも同じだろう…………。私はマリアが居るので充実しております。ラチェット兄上はどうぞ気兼ねなく卒業してください。マリア、会場に戻ろう。行くぞ、レオナルド。」
「…………そうですわね。」
殿下の促しにマリア様が立ち上がり、視線の鋭さにレオナルド様が立ち上がった。
「学園にラチェットありだろう!?私という天才が必要だろう!?クロードよ、お兄様が居ないと寂しいだろう!?」
「ユリア嬢、相手しなくて良い。会場に戻ろう。」
「先に戻っていてください。私はこの美味しそうなフルーツタルトを頂いてから戻ります。」
「何!?そんなに私の話を聞きたいって!?ハハハ!野蛮令嬢は話の分かる令嬢だなぁ!!」
「ユリア嬢。」
「お気遣いなく。マリア様、殿下の傍離れちゃダメですよ。レオナルド様も護衛なんですから。お願いしますね。」
さっさと行けと言外に伝え、出されたフルーツタルトにフォークを入れる。
サクッと美味しそうな音が鳴る。
心配そうな表情のお嬢様を見送り、モクモクとタルトを食べる。
「皆して話のわからない連中だなぁ。全く。そうは思わないない?」
「……、誕生日パーティー中の呼び出しの内容にしてはお粗末だったのでしょう。」
小ぶりのタルトだったため、数口で完食。
そんな私を見て、自分の前にあったタルトを差し出してくるラチェット様。
ありがたくいただく。
「それで?わざわざ呼び出して置きながら、出て行くように仕向けた理由を教えてくださいませんか。」
「さすが、ユリア・コースター辺境伯令嬢。いや、辺境伯代理と言ったところか。先日の当主代理で参加したパーティーでの振る舞い、聞いたぞ。」
「耳がお早いですね。」
「今日のパーティーでもその話が出ていたからな。」
テーブルの上に置かれたキレイな封筒。
「これは…………。」
「お茶会の招待状さ。」
「お茶会?」
どこかで見たことあると思えば、ヒロインがもらっていた招待状か!
確か、全員の好感度を一定以上にあげていないと出てこないイベント。
一応スチルのあるイベントだけど、スチルを出すには今までの選択肢をすべて王妃好みの解答で乗り切っておくという面倒な条件があった。
なんだよ王妃好みの条件って。
「もちろん、参加は自由。まぁ、選ばれし者の招待状だからね。人前で渡すのはやめておいたのだよ。」
「お気遣いありがとうございます。」
ペリッと封蝋を剥がし、中身を改める。
「参加は自由とは言ったけど、強制参加のようなものだよ。」
「…………そのようですね。」
学園が始まる一日前。
嫌な日付を選んでくるなぁ、本当。
「聞かないのかい?」
「何をですか。」
「どうして私がソレを君に渡したのか。」
「私が殿下やマリア様の周囲をウロチョロとしているから真意を探りたいのでしょう?コースター辺境伯は良くも悪くも中枢にも権力争いにも興味がない貴族ですから。」
読み終わった手紙を封筒にしまう。
さて、このお茶会に行ってる間のお嬢様の護衛を任せないとね。
あー、それより先にドレスの準備か。
「私が卒業することで、学園の様相は大きく変わるだろう。」
「…………。」
「クロードやマリア嬢よりも、私のほうが警戒されるからね。」
「…………でしょうね。」
声は大きいし、なんでも口に出すし、ヒロインと殿下のデートの邪魔するし、もはや殿下はラチェットと付き合ってんじゃないのかと思うくらいに攻略の邪魔をしてくれた人だからね。
そして何より、現実問題としてラチェット様の行動は予測不可能だと学園の教師陣でさえ言っていた。
それだけ存在感が大きい人だ。
「気にかけてやってくれると嬉しいよ。あの二人は私にとって可愛くて大切な弟妹だからね。」
「…………どうして私に?もっと適任者が居るのでは?レオナルド様とか。」
「レオナルドはダメだ。忠義はあるが、アレは家紋に縛られていていざと言う時に動けない。何よりココで君を抱き込んでいた方が、後々安心だろう?」
「…………。」
「君は、コースター辺境伯の娘だから。」
ラチェット様がニコリと微笑む。
「君たちコースター辺境伯の影響力は未知数だ。王都にめったに顔を出さないというのに、名前だけは全員が知っている。辺境伯という地位だからではない。君たちがあの辺境伯だからだ。」
「…………なるほど。今後脅威にならないとも限らないからということですね。お優しいですね、ラチェット様は。」
「オズワルドには何度か剣術の稽古をつけてもらったことがあってね。まぁ、稽古とは名ばかりのシゴキなんだけど。王都に顔を出したら時々陛下のお願いで騎士団に顔を出すんだ。彼の実力は誰も疑わないし、疑えない。だから噂も本物だと知っている。だからこそ、ココで君を抱き込んでおく意味がある。」
「…………私がそのお願いを叶えるかどうかはわかりませんよ。」
「あぁ、それで構わないよ。誰の命令でも自分たちが納得しない限り従わない。それが、コースター辺境伯の持ち味だ。」
楽しそうに笑ってカップを傾ける。
「だから君たちが辺境伯とも言える。少なくとも私はクロードを託すには充分だと判断した。」
「…………わかりました。心に留め置きましょう。」
満足したように笑う。
「ずいぶんと引き止めてしまったね、屋敷まで送ろう。」
「お気遣いなく。一度パーティー会場に戻りますので。」
「そうかい?では、私がエスコートしよう。」
「大丈夫ですよ、友人たちと合流するので。ごちそうさまでした、ラチェット様。」
「あぁ。」
部屋を出れば、いつもラチェット様についている騎士が居て。
チラリと視線を向けられるから会釈して会場への道を行く。
「……こっちで会ってるよね?」
誰もいない廊下に不安になってると、壁に背を預けて立つ人影が見えて。
「お、来た来た。おかえり、姫さん。」
「ユリア様!」
見慣れた笑顔で迎えてくれるアルベルトとユミエルに駆け寄った。




