旅は道連れ
執務室にこもって黙々と溜まっていた書類を片付けていく。
セバスがつけてくれている帳簿にもおかしなところはない。
「ふぅ、コレで全部かな。」
屋敷の管理を任された以上、ちゃんとしておかなければお父様が確認した時にわからなくなる。
「それにしても、お茶会の招待状が一枚もないなんて……。」
あるのは目前に迫ったパーティーの招待状だけ。
わかっていたけど、さすがモブキャラ令嬢。
お嬢様なんて連日お茶会のお誘いが来てて、大変そうにしてたのに。
コレがメインキャラとモブキャラの差か。
まぁ、誘ってくれるような親しい友だちが居ないんだけどね。
「お嬢様、ユミエルです。」
「どうぞ。」
促せば、扉がゆっくりと開く。
「何かあった?」
「それが、騎士団の副団長様がお見えで……。約束されていたのでしょうか?追い返しますか?」
騎士団の副団長……、何かあったのかしら。
「応接室に通してくれる?」
「わかりました。」
ユミエルが一礼して退がる。
出していた書類を確認して直し、席を立つ。
廊下に出れば、突然の来訪者にもかかわらず落ち着いて対応している皆が居て。
「お嬢様、お着替えのお手伝いいたします。」
「いえ、このままで大丈夫よ。」
「ですが……。」
「ふふ、大丈夫よ。ちゃんと、外着だから。」
部屋に飾られていたドレスの中でも比較的動きにくいドレス。
シンプルなデザインで、流行から少し外れてしまっているけれどコレも立派なドレスだ。
お父様、部屋着用のドレス全然用意してなかったもの。
「おまたせいたしました。」
「いいえ。突然押しかけて申し訳ありません。」
律儀に立って挨拶してくれる彼は、珍しく騎士団の服ではなくて。
「珍しいですね、何かありましたか?」
「ユリア嬢が屋敷に戻ったと聞いたものですから、挨拶に伺ったまでです。」
「本音は?」
「ソフィア嬢に会いに来ました。手紙のやり取りの許可はいただけましたが、訪問の許可は得られませんでしたから。」
「ふふ、素直ですね。グレムート・キャンベル様。」
「覚えていただけて幸いです。」
伯爵令息らしく、きっちりとした身のこなし。
いや、騎士団で身についた身のこなしというべきか。
扉を開けて入ってくるベロニカが静かで速やかにお茶の用意を整える。
「その後、ソフィアとは手紙のやり取りを?」
「一方的なものにはなってしまうのですが。あぁでも、ユリア嬢の話を手紙に書いた時だけは返事をくださいました。つれない内容ではありましたが。」
「ごめんなさい、ソフィアに悪気はないの。」
「謝らなくて結構ですよ。気にしてはいませんから。」
「お心遣いに感謝します。」
お茶の用意をして退がって行く。
代わりに、扉の前にセバスが控えてくれる。
来客時の対応はこの二人が主に動いているのね。
ガゼルとユミエルはまだ勉強中、ということかしら。
「良い香りですね。」
「コースター領で採れた茶葉です。お口に合えば良いのですが……。」
「とても美味しいです。」
「それは良かったです。」
国に出回っているのは大半がコースター領で採れたもの。
私達の領地はソレで稼いだお金でギリギリなんとか運営されていると言っても過言ではない。
「グレムート様は本日はお休みなのですか?」
「はい。騎士団員も順番に休暇を取るようにとの命令が下りまして。二週間ほどのまとまった休みを与えられました。」
「騎士団の方は大丈夫なのですか?」
「えぇ、問題ありません。むしろ休んでくれと部下たちから願われました。」
どれだけブラックな働き方してたんだ、この人。
「では、休みのご予定は?」
「特には決まっておりませんが…………?」
首をかしげるグレムート様にニコリと笑い、扉の傍に控えているセバスに視線を向ける。
「ソフィアを呼んできてくれる?」
「かしこまりました。」
セバスが部屋を出て行き、部屋に二人きりになる。
「ご予定がないのなら、私に数日いただけませんか?もちろん、断って頂いても構いません。」
「私でお力になれることなら、喜んで。」
騎士らしく紳士的な答えを返してくれる。
「お連れしました。」
「ありがとう、セバス。ソフィア、こっちに来て。」
手招きをすれば、怪訝な顔をして近づいてくる。
そして、隣をポンポンと叩けば渋々と座る。
「実は、明日から数日間だけソフィアを領地に向かわせるんです。私は諸事情で領地に同行できないので、グレムート様、ソフィアの道中警護をしていただけませんか?」
「「!!」」
そう言えば、二人が目を大きく見開いて。
「ちょ、ユリア!?護衛なんて居なくなって、平気よ!」
「わかってる。でも、ルナも一緒でしょう?女子供の二人旅なんて危険よ。」
「王都に来る時も何もなかったわ!」
「お父様が一緒だったからでしょう?王都に通い慣れたお父様と一緒だった時とは違って、今回はルナの安全も考えながらの旅路よ。体力の問題だってある。男手はあっても困らないわ。」
「でも、だからって……!!」
「グレムート様は副団長だから腕も立つし、悪い人じゃないわ。ソレに、遠征だって慣れてる。」
「えぇ。騎士団員が各地に派遣されることはたまにですがありますからね。野宿も見張りも慣れたものです。」
「ほら、ね?」
不満そうなソフィアからグレムート様に視線を向ければ、真剣な眼差しでこちらを見ていて。
「領地に宿屋はないですが、来訪者を泊める場所はあります。お父様には手紙を出しておくので、道中警護考えてはくれませんか?」
「…………よろしいのですか?私を信用して。」
「キャンベル伯爵は悪い噂を聞きません。グレムート様もしかりです。ソレに、貴方が道中でソフィアやルナに害があると判断した場合、貴方から逃げ切れるだけの足を二人は持っています。万が一にも、貴方に命を取られることはないでしょう。」
たとえ、戦って勝てなくても。
逃げ切ることはできると思うから。
「まぁ、ソフィアが負けるとは思えないですが。何より真面目に約束を護ってくれる貴方が悪い人には見えません。私、見る目には自信があるんです。」
彼からは、悪意を感じない。
「…………貴方たちの力になれるなら、喜んで。ですが一つお願いがあります。」
「なんでしょう?」
「道中、ソフィア嬢を口説く許可をいただけませんか?」
「何を言ってるの!?そんなのダメに決まってるじゃない!ね、ユリア!」
「良いですよ。」
「ユリア!?」
「ただし、ソフィアの嫌がることはしない。ルナの教育に悪いことはしない。節度は守る。領地までしっかりと護衛し、二人を無事に王都まで連れ帰る。コレが、条件です。」
「わかりました、お約束します。」
「ちょっと!!勝手に決めないでよ!!」
「貴方たちの身の安全が第一なの、わかって。それに、嫌がることはしないって約束してもらったわ。」
「ソフィア嬢、信用できないかもしれませんが信用されるように頑張りますので。どうか、同行を許してもらえないでしょうか?」
「…………っ。」
「貴方たちに危害を与える何者からも守ると誓います。」
グレムート様が片膝をつき、ソフィアを見上げる。
それにソフィアは小さなうめき声をあげて視線をそらす。
今、ちょっとドキッとしたわねソフィア。
「…………はぁ。わかったわよ。」
「!」
「ソフィア。」
「ユリアの言うことは理解できるし、どこの誰とも知れない人間と一緒に行くらいなら見知ってる人の方が幾分かマシだわ。」
「ありがとうございます、ソフィア嬢。」
「じゃあ、決まりね!二人で打ち合わせでもしててちょうだい。私は席を外すから。」
「ユリア。」
「うちの馬車使って良いから、安全な旅の計画をたてること。領地に帰って皆に心配されるのは、ソフィアなんだから。」
「…………わかったわ。」
渋々頷くソフィアと、そんなソフィアを優しく見つめるグレムート様。
メンタルが強いと言うか、大人な対応と言うか……。
「……なんですか。」
「ソフィア嬢は可愛いですね。」
塩対応なソフィアが根負けするのも時間の問題かな?
小さく笑いつつ、セバスを促し部屋を出る。
「よろしいのですか、お嬢様。」
「えぇ、構わないわ。」
セバスを促し、食堂から伺うように顔を出すルナたちに笑う。
ルナに近づけばすぐ傍でユミエルとガゼルも様子を伺っていて。
「ユミエル、ガゼル。扉の外で見張りお願い。グレムート様が何かするとは思えないけど、念の為。」
「「かしこまりました。」」
「セバスとベロニカもありがとう。突然の来客対応で休憩まだでしょう?休んで来て良いわよ。ルナは私と一緒に水やり手伝って頂戴。」
「はい!」
コレで道中に誰かに襲われたとしても対応できる。
敵がソフィアたちを狙うのは思わないけど、警戒していて損はない。
あとは、お嬢様と殿下のデートで何も無いことを願うだけだ。
読んでいただき、ありがとうございます
感(ー人ー)謝




