テスト前
テストを明日に控えた今日。
早く帰ってお嬢様と一緒にテスト勉強をする予定だったというのに。
私は今、マーシャル・タールグナー先生に呼び出しを食らっている。
「突然呼び出してすみません、コースター嬢。」
「いいえ。それで、どのような用でしょう?」
「以前話をした内容を覚えていますか?」
「どの話でしょうか?」
どうせ、お嬢様が命を狙われてるって件だろうけど。
「セザンヌ公爵令嬢を殿下が暗殺しようとしていると、お話した件です。」
ほら、やっぱり。
「あぁ……。でも、心配いらないのでは?マリア様もクロード殿下も仲良く見えます。」
「それは外面というものですよ。貴族の嗜みです。感情を表に出すのは愚の骨頂。他の貴族に足元をすくわれますからね。」
コポコポと音をたててカップに注がれるのは、紅茶。
「どうぞ。」
「ありがとうございます。」
さて、ソフィアをテスト勉強に誘った件についても聞きたいところだけど……。
今はとりあえず、何もわかっていない辺境伯令嬢を演じたほうが良いかな。
「でも、暗殺者なんて怖いですよね。一体どうしてそんなに殺したいのでしょう。」
「辺境伯家の貴方ならわかるのではないですか?帝国と日々攻防を繰り広げ、生きている心地のしない貴方になら。」
「……どういう意味ですか。」
「おや、気分を害されましたか?そんなつもりはなかったんです。私はただ、命の危険を感じなくするために殺したい相手くらいいるでしょう?と、いうことです。」
「…………。」
「ふふふ、コースター嬢は素直ですね。貴方ならわかってくれると思っていましたよ。」
あまりの言い分に言葉がなかっただけなんだけど、勘違いしてくれてるみたいだし、このまま黙っていよう。
「セザンヌ公爵令嬢は殿下に無理強いを働き、婚約者の座に収まっています。仮にも公爵家。王家としては断る理由もない。ですが殿下はこの婚約に不満を抱いてるようで、破談にしたいのです。ですから、貴方の協力が必要なのですよコースター嬢。貴方は、殿下と仲が良いですから。」
足を組み、優雅にカップを傾けるマーシャル・タールグナー先生。
対して私はうつむいて表情を隠す。
前世の記憶も駆使して話をするならば、殿下はお嬢様ラブだから。
前世の記憶を駆使しなくても殿下はお嬢様のことが大好きだし、お嬢様も殿下が大好きだ。
「そんな落ち込まないでください。貴族の政略結婚なんて、そんなものですよ。辺境地で暮らす貴方には理解できない事柄かもしれませんが。」
理解してるし、ちょくちょく馬鹿にしてくるのやめて欲しい。
というか、ソレで騙せると思ってるの?
「と、長話をしてしまいましたね。お詫びと言ってはなんですが、テスト勉強をしましょうか。」
「……え?」
「殿下たちと一緒に勉強されたんでしょう?私が教えて差し上げますよ。やはりあの辺境伯ともなれば、難しいところが多いと思いますから。なにせ、特別枠でのご入学……入学試験をパスしてるのですから。」
プツンと私の中で何かが切れる音がした。
「お言葉ですが……。」
ニコリと微笑み、相手を見据える。
「この学園に入学できるだけの学力は保持しております。ただ、王都まで来る余裕がなかっただけです。」
バカにされるのが私だけならまだしも、領地を馬鹿にされるのは許せない。
私達なりに整備を整えて、あの場で学べる環境を作った矜持くらい持ち合わせている。
「私の学力の心配をしてくださるのなら、問題はありません。マリア様や殿下の助けを得て、理解できてますから。」
「…………。」
「お二人は仲が良いですよ、見ていて思います。」
カップに手をつけずに立ち上がり、礼をする。
「それでは、私はコレで。殿下がお嬢様を自分の手で殺めようとした時には止めますので。」
「コースター嬢。」
「それから。」
ドアノブを握りしめ、マーシャル・タールグナーを見る。
「用意するなら無味無臭の毒物でお願いします。手を付ける気になりませんから。」
二人きりだった部屋を出て、扉を閉める。
「次からはそうします。」
カチャリと扉の閉まる前に聞こえた声。
周囲を確認してから、その場を離れる。
攻略対象であるマーシャル・タールグナー先生。
今の段階で断罪するだけの要素がないのが悔やまれる。
さっき用意されていた毒物でも証拠として突きつければ良かった?
いや、でもソレだと私を毒殺しようとしたという殺人未遂で投獄されるだけだ。
お嬢様を狙っているという証拠はつかめない。
何より、あからさまな毒物を用意したあたり投獄されたかったように思う。
「投獄されれば、自由に動けるから……とか?」
うん、あり得る。
あの攻略対象ならそれくらい考えてそうだ。
そして、お嬢様暗殺計画の容疑者から外れたところを狙って動き出す。
「ユリア嬢。」
「シノア様。いかがなさいましたか?」
「貴方が成績不振で呼び出しされたと聞いたものですから。何か力になれることはありませんか?」
「え……?」
「勘違いしないでください。殿下のご命令だから声をかけたまでです。僕の善意ではありません。」
クイッと眼鏡を押し上げる姿に、小さく笑う。
「ありがとうございます。ですが、シノア様にそこまでしていただかなくても大丈夫です。マリア様やシノア様たちと一緒に勉強させて頂いてるお陰で、テストは乗り切れそうですから。」
「…………。」
疑うような鋭い視線を向けて来たかと思えば、深く息を吐きだして。
「それなら良いのです。殿下の周りに居る者にバカはいりません。」
スタスタと背を向けて行ってしまう攻略対象。
私がモブだからだろうか。
「…………あたり、きつくない?」
ほとんど関わりがなかったはずなのに。
これも、モブキャラの運命だろうか。
ま、関係ないから良いけど。
「テスト頑張ろ。」
首席と次席は殿下とお嬢様で埋まるだろうから、せめて三席くらいは頑張りたい。
マーシャル・タールグナーにバカにされない程度の成績、とってやろうじゃないの。
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感(ー人ー)謝




