御主人様 Sideガゼル
マルクル様のお孫様、ガゼル視点。
裁判のために王都に来た旦那様と王都の屋敷を任されているユリアお嬢様。
その二人が揃って今、食堂に居る。
食事を食べ終え、使用人たちに先に休みなさいと声をかけて二人でお茶をしている。
ベロニカさんとセバスさん、ソフィアさんは先に休んでいる。
俺とユミエルは、二人の主人から離れたところで控えることにした。
「お休みにならないのですか、ガゼルさん。」
「俺は良いんだ。主人より先に休むのは落ち着かない。」
「真面目なんですね。」
「そんなんじゃない。」
「真面目ですよ。お嬢様や旦那様に怒られた時はどうなるのかと思いましたが、こうして一緒にお仕事ができて嬉しいです。」
ニコリとユミエルが微笑む。
なんとなく気まずくて視線をそらす。
「お父様。私、聞いてないわ。」
「言ってなかったか、そうか。彼は、アルベルトの補佐として、子爵領を任せることになったから。」
「アルベルトに任せるの!?」
「他の貴族に任せて領地を狙われるのは避けたいだろう?」
「それはそうだけど……。でも、だからって…!アルベルトは大切な領民よ?信頼はできるけど、ソレだけの理由で領地一つ任せるなんて……。」
「だから、彼を補佐につけるんだよ。これ以上の適任者はいない。」
「でも……!」
「ユリア。」
「!」
「コレは、陛下も許可を出した正式な決定だ。」
「…………っ。」
お嬢様が悔しそうに旦那様を見る。
そんなお嬢様を見て、旦那様は嬉しそうにする。
「そんな顔しないで、ユリア。何も悪い話ばかりじゃない。王都の貴族とは言え、彼はもう王都とは関係ないし、婚約者もいない。だけど、彼が抱えていたお金はちゃんと生きている。アルベルトを支えるには充分だ。」
「お金って……、頭領してる時のお金?ソレ、没収対象じゃないの?」
「全部のお金を没収されるような間抜けな男ではないよ。」
「…………。それで?そのお金で、どうさせるの。」
「ソレを元手に増やし、子爵領を整備する。アルベルトと僕とである程度の課題は出している。あとは彼に優先順位をつけて、整備させていく。あくまで隣の領地だからね、僕はあまり出張れないんだよ。」
ニコリと微笑む旦那様にお嬢様は険しい顔をする。
「増やしたお金は貴族籍を手に入れたアルベルトのために使う。コレが、第一段階の目標。」
「アルベルトのためにって……まさか、アルベルトを学園に入れる気!?」
「入れるよ。学び舎でのアルベルトは立派だし、途中入学してユリアと同じ学年に入っても問題ないよ。」
「でも、だからって……!」
「学園入学は貴族の義務だからね。」
「…………。」
「決めるのは、アルベルトだ。ユリアにも僕にも口を出す権利はない。でも、もしアルベルトが行きたいと言った時に行けるように道は残しておいてあげたい。ソレは、わかってくれるね?」
「…………はぁ…、アルベルトの意見も無視して学園にいれるなんて言ったら反対するところだけど。アルベルトの意志を尊重してくれるなら、何も問題ないわ。」
「ありがとう、ユリア。」
二人の会話は、不思議だ。
辺境伯という地位に居るのに、威張ったところはないし強制をしない。
貴族にしては、慈悲深過ぎると思う。
「貴族らしくないよな。」
「え?」
「二人の会話。」
「そうですね。でも、そういうところも僕は好きです。」
ユミエルが眩しそうに二人を見る。
そういえば、コースター辺境伯に憧れてるとか言ってたっけ。
「誰かを悪く言わないですし、お前のためだと言って強制もしない。貴族として、御主人様たちが悪く言われてたとしても、僕は御主人様たちが大好きです。」
殿下の秘書官になるために教育を受けた。
もちろん、あらゆる貴族の情報は頭の中に入ってる。
ドナウ侯爵の人柄も知らないわけじゃない。
表の顔と裏の顔。
ソレは、貴族として持っていて当然のモノだ。
「ユミエル、ガゼル。」
「「はい。」」
旦那様の呼びかけに二人揃って返事する。
「こんな時間まで付き合ってくれてありがとう。僕たちももう休むから、君たちも休みなさい。」
「片付けは私達でやっておくから。」
「ですが……。」
「気になるなら、来客用の部屋で寝ている彼の様子見てきてよ。屋敷から気配は消えてないから大丈夫だと思うけど、念の為。」
「あぁ、二人で行くんだよ。一人で何かあったら大変だ。何もしてこないとは思うけど、気をつけるんだよ。」
こうやって、俺達使用人に気を使うのも、貴族としては珍しいと思う。
「わかりました。行くぞ、ユミエル。」
「はい、ガゼルさん。」
「じゃあ、お父様。私も休むわね。お父様は明日出立するの?」
「そのつもりだよ。領地のほうが心配だからね。」
「そう……わかった。おやすみ、お父様。」
「おやすみ、ユリア。」
御主人様たちの声を聞きつつ、来客用の部屋へと向かう。
今日、ココに泊まっているのは旦那様とお嬢様の大切な客人だ。
誰かは知らない。
御主人様たちは教えてくれなかったから。
「開けて確認した方が良いのでしょうか……?」
「そうだろうな。居るかどうかの確認だからな。」
そう答えればユミエルが緊張した面持ちで扉に手をかけて。
「し、失礼しま〜す……。」
ゆっくりと扉を開く。
そして、薄く開いた扉の中を目を凝らして確認する。
上下する掛布。
ちゃんと、眠ってるらしい。
「寝てますね。」
「寝てるな。」
扉をゆっくりと閉じて、息を吐き出す。
「確認も済んだことだし、俺達も休むか。」
「そうですね。」
二人揃って部屋へと続く廊下を進む。
この屋敷にいる使用人は五人。
これ以上、雇い入れるつもりはないと言っていたから、誰かが辞めると言わない限りはこのメンバーで過ごすことになる。
この暮らしが結構気に入ってると言ったら……、じいちゃんは、どんな顔をするだろうか。
「あ、居た居た。ガゼル、ユミエル。」
「お嬢様。どうかなさいましたか?」
追加の仕事だろうかと振り返れば、ニコニコとして手を差し出してきて。
「手を出して、二人とも。」
言われるがまま手を差し出せば、手の上に乗せられるのはさっきまで旦那様とお嬢様がお茶請けにしていた焼き菓子で。
「余り物なら食べるって言ってたよね、ガゼル。コレ、余ったから二人で食べて。他の人達には内緒よ?じゃ、おやすみなさい。」
「おやすみなさいませ、お嬢様。」
「おやすみなさい、お嬢様。」
自室へと戻っていくお嬢様。
手のひらに乗せられた焼き菓子。
「お嬢様の手作りおやつ、嬉しいですね!」
「…………あぁ、そうだな。」
余り物しか食べない。
ソレは、使用人としての当たり前だ。
自分のために用意された食事ならいざ知らず、お菓子なんて御主人様たちに隠れて食べる嗜好品だ。
「ガゼルさんは、お嬢様たちのこと嫌いですか?」
両親が死んでから、貴族が嫌いだった。
王弟側の人間。
たったソレだけの理由で、俺の両親は死んだ。
俺が生きているのは、じいちゃんのおかげだ。
まだ子供だからと、助けてくれたじいちゃんのおかげだ。
「…………嫌いじゃない。」
俺のその答えにユミエルのヤツが嬉しそうに笑って。
それが気恥ずかしくて。
「ほら、早く部屋戻るぞ。明日も早いんだ。」
「そうですね。」
ソフィアさんのパシリばかりして、御主人様たちのために何かしたという実感はないけど。
俺の行いが少しでも御主人様たちのためになっているのなら、ソレで良い。
今もこうしてココの屋敷で働けているのは、御主人様たちのおかげだから。
だから。
お嬢様が当主代理として王都にいる間、全力で力になろうと思う。
読んでいただき、ありがとうございます
感(ー人ー)謝




