王家からの使者
目が覚めた時には昼を回っていて。
時計を見ればおやつの時間で。
「……こういう時は、いつも昼夜逆転だなぁ。」
仕方がないことだけど。
まだ幼い弟たちにさせるわけにはいかないし。
近いうちにロイドも葬送曲を弾けるようになるだろうし、もう少しの辛抱だ。
「……っし、起きるか。」
身支度を手早く済ませ、おやつの準備でもしようかと給仕室へ行けば、仕事を終えたロイドがいて。
「おはよ、何作ってるの?」
「おはよ。姉さんが作り置きしてたアップルパイ温め直してるだけ。」
「なるほど。」
温め直してるだけと言う割には、美味しそうな焼き立てクッキーが置かれてるんだよなぁ。
ロイドの手作りじゃないのかな、これは。
「それより、起きてきて平気なのか?」
「うん、バッチリ。ぐっすり眠ったから、大丈夫。」
「そうか。」
温め直されているアップルパイを見つめるロイドを見つめる私。
昔に比べたら笑わなくなったなぁ、そういえば。
「…………。」
ムニッとその頬をなんとなく、引っ張ってみる。
「何す……、ちょ…、姉さ……、ユリア!!」
いきなりの大声にびっくりしたけど、嬉しくて。
私の口角が上がってるのを見て怪訝な顔をしたけど、すぐに諦めたように微笑んだ。
「ふふふ、ちゃんと笑えるじゃない。最近笑わなかったから、心配してたのよ?」
そう言ってぷにぷにと人差し指で頬をつつく。
「…………強引すぎるだろ。」
「そう?」
「たく…………。」
呆れたように言うロイドの表情はひどく優しくて。
怒ってないのは明白で。
優しい弟に恵まれたなぁと思う。
「姉さんは退場。」
「え、なんで。」
「余計なことしかしないから。」
「ひどくない?」
「これやるから、あっち行ってろ。」
そう言って押し付けられるクッキーの入ったお皿。
「このクッキーどうしたの?」
そう聞けば、眉間にシワが寄って。
「…………アルベルトがくれた。」
「ふ〜ん?へぇ……、アルベルトが……。」
ニマニマと口角が上がる私に不貞腐れたような表情を向けてくる。
「なんだよ。」
「べっつに〜?」
パクリとその場で一つ頬張る。
お行儀は悪いけど、バレなきゃ良いでしょ。
「美味しいっ!美味しいよ、ロイド!」
「そうかよ。」
「うんっ!すっごく美味しい!わぁ…!なんだろ?ナッツが入ってるのかなぁ?美味しい!」
「良かったな。」
「美味しいよ、ロイド。」
重ねて言えば、プルプルと震えて真っ赤になって。
「あーもう!わかったから!俺に言うな、俺に!!」
「私が起きて来るの待ってたんでしょ?だから、ロイドにありがとうで良いんだよ。」
「…………、そうかよ。」
ありゃ、照れて拗ねちゃった。
意地悪し過ぎたかな?
でも仕方がない。
優しくて可愛いロイドが悪い。
「じゃあ、アップルパイよろしくね。」
「おー。……あ、そうだ。親父が全員揃ったら話があるっつてたぞ。」
「そうなの?じゃあ、何か飲み物も用意しとこうか。」
「さっき、もぎたてのオレンジ潰してたから用意されてると思う。」
「げ、お父様また手で潰したの?」
お父様ったら、思いついたように果物を手で潰すんだから。
特に戦いが終わったあとは、力加減がわからないと言ってよく果物を手で握りつぶす。
オレンジを握りつぶしたということは、りんごがすでに木っ端微塵になったあとだろう。
数少ない家の家具を壊されるよりは良いけど。
もう少し考えて欲しいと思う。
「おはよ、お父様。みんなもおはよう。今ロイドがアップルパイ温めてくれてるからね〜。」
「「やった〜!」」
「ユリア姉のアップルパイ?」
「えぇ、そうよ。作り置きしてたからね。」
「良かった!さっきお父さんがりんご潰したから。」
「やっぱりか……。」
「う……ごめん。」
申し訳無さそうに視線をそらすお父様にため息を一つ。
反省するならそんなことしないで欲しい。
「で?その潰したオレンジとりんごで作ったジュースは?」
「あそこにいっぱいあるよ。」
「お父様潰した〜!」
「お父様潰して皆に配った〜!」
「お父さんのオレンジは今日も新鮮だねってテレサが褒めてた。」
「食堂におすそ分け言ったの?何個潰したのよ、お父様。」
「…………ちょっと。」
「ちょっと?」
「…………………いや、あの…………少し…多かったかな?」
視線が泳ぎまくるお父様をジトーと見つめれば。
「ねーね、あげりゅ!」
「まぁ!ありがとう、ニーナ!」
小さな手でコップに入れて運んでくるニーナ。
「こぼさず運べて偉いわね、ニーナ。」
「ねーね、おいちい?」
「……、すっごく美味しいわ!」
「ちち、すごいねぇ?」
「そうね、お父様がすごいからコレもきっと美味しいのね。あぁ、なんて優しいの、ニーナ!」
ムギュッと抱きしめれば、ニーナが楽しそうに笑い声をあげる。
「アインもギューッ!」
「リオネルもギューッ!」
「ング!?」
双子が勢いよく抱きついてくる。
勢いが良すぎて淑女にあるまじき声が出てしまった。
「こら、勢いよく行くな。姉ちゃんが潰れるだろ。」
ウイリアムがベリッと双子を剥がしてくれる。
「あ、ありがとウイリアム。」
「ん。」
「おーい、アップルパイ持ってきたぞ……って、何してんだ?」
「ユリア姉の取り合い。」
「は?」
エドワードの説明にロイドが顔をしかめる。
「ほら、アップルパイ。人数分均等に分けてるから。」
ロイドがお皿を置くのに合わせて全員がソファに座る。
誕生日席のごとくお父様が飛び出て座るのはいつものこと。
「ロイド兄、全然均等じゃないよ。コレだけ大きい。」
エドワードが不満そうにソレを指差す。
「俺が食べて良い?」
「ダメだ。」
「えぇ!ロイド兄だけずるい!」
「なんで俺が食べる前提だ。もうちょっと考えてから口を開けエドワード。」
ロイドが小皿にその一番大きなパイを取ると、私の前においた。
「作った姉さんのに決まってんだろ。」
「え〜!そんなこと言ったら、ユリア姉が毎回大きいの選ぶことになるじゃん!」
「寝ずの番で頑張った姉を労おうって気がねぇのか、お前には。そうか。」
「頑張った姉ちゃんへのご褒美ってことだね。異議なし。」
「「ユリア姉様へのご褒美、さんせ〜!!」」
「ねーね、さんせー!」
ロイドとウイリアムのお陰で丸く収まったパイ争奪戦。
エドワードが不満そうだが、ココ最近私の食事やおやつを譲っているので、今日くらいは良いだろう。
「んじゃあ、遠慮なく!ありがと!いただきます!!」
ロイドが温め直してくれたアップルパイ。
自分で言うのもなんだが、すごく美味しくできたと思う。
料理の先生が優秀なおかげだな。
「そうだ、忘れる前に。食べながらで良いから聞いて。」
「ん?」
「今?」
「時間たったら忘れちゃうから。」
「歳か?」
「まだまだ若いよ。身体も心も。」
そりゃあ確かにまだまだ若いかもしれないけど。
身体を壊しそうで怖い。
「実はさっき先触れがあってね。面倒なことに陛下からなんだけど。」
「へーか?」
「この国の王様。」
「へぇ。なんでまた。」
「何かお願い事があるってことなんだけど……。詳しくは書かれてなくてね。」
お父様が額を抑えてため息を一つ。
「アイツは王様になる前から自分勝手な奴だったが……。とにかく、今日、王様の使いが来るから。」
「昨日の宴で結構食材使ったからもてなしなんてできねーけど。」
「ね。今、アップルパイも食べてるし。」
ゴクリとパイを飲み込み、フレッシュジュースで口直しする。
手で絞られただけあって口の中にほんの少しの果肉と繊維が残る。
「王様の使いってことは、御本人はいらっしゃらないのね?」
「うん、そうだね。流石にこんな辺境地に視察でもないのに来る理由ないよ。」
「それを聞いて安心したわ。」
ほぼ寝起きの私と疲労困憊なお父様が主に対応しないといけないだろうし、そんなこと絶対にイヤだもの。
せめて来客時くらいはちゃんとしておきたい。
「つっても。なんだよ、急にこんな何もねーとこ来る用事って。絶対ろくなことじゃねぇ。」
「父ちゃんがあまりにも王都に顔出さないから呼び出しに来たとか?」
「ソレだったら手紙で書けば良いだろ?」
「まぁまぁ。悩んでても仕方がないわ。なるようにしかならないんだもの。お茶っ葉、まだあったかしら?」
「来客用はまだある。」
「良かった。片付けは全部終わってるの?」
「終わってるよ。今度来る行商に売りに出す品物は全部外に出してるし、宴で散らかった食堂の片付けも終わった。」
「ユリア姉が寝てる間に全部完璧に終わったよ。」
「そっか!じゃあ、来客対応の準備を────」
カランコロンとドアベルが鳴り響く。
それに思わず全員の視線がお父様に集まる。
「来たね。」
呑気に言うお父様。
「「「早すぎんだよ、クソオヤジ。」」」
長男、次男、三男の威圧的な態度もどこ吹く風。
こういう時、仲良しだなって思う
「きたー!」
「「ユリア姉様、どうする?」」
今にもお客様を迎えに行きそうなニーナの腕を引き止めているアインとリオネル。
「とりあえず、応接室に通して。お父様、良いよね?」
「うん、もちろん。追い返してくれば良いんだね?」
「お父様?」
「冗談だよ。さぁ、お出迎えしようか、アイン、リオネル、ニーナ。」
「「はい、お父様!」」
「はーい!ちち!」
「お前たちはココで待機していろ。私とユリアで話を聞くから。」
「えー、王家の使者見たい。」
「見世物じゃないよ、エドワード。」
「……………………ごめんなさい。」
大人しくなるエドワードにロイドとウイリアムが肩をすくめる。
「姉さん、困ったら呼んで。」
「ありがと、ロイド。」
「姉ちゃん、お茶請けの準備手伝うよ。」
「ありがと、ウイリアム。お願いできる?」
「わかった。」
「あ、じゃあ僕も…!」
「おまえは俺と大人しく座ってろ、エドワード。つまみ食いの常習犯だからな、おまえは。」
「げ。」
仲の良いやり取りに笑いながらウイリアムと一緒に給仕室へと入る。
いつか、アインやリオネル、ニーナとも並んでお茶請けの準備ができるようになるのかな。
その頃には、ロイドもウイリアムも立派な男性で、たった一人の最愛を見つけてるわね。
ちょっと、さみしいな。
「姉ちゃん?」
「!」
「どうしたの?まだ眠い?」
「ううん、大丈夫。ありがと、ウィル。」
いけない、しっかりしないと。
「「姉様、お一人様ご案内〜!」」
「あんなーい!」
「ありがと、三人とも。」
三人が楽しそうに笑って給仕室から離れて行く。
駆けて行く足音は静かで。
ニーナはまだパタパタと足音が鳴っているけど、可愛いから許す。
「運ぶの手伝う?」
「大丈夫よ、ありがと。お父様が会うなって言う理由があるハズだもの。部屋で待ってて。」
「……わかった。」
ウイリアムが給仕室を出ていく。
私とお父様と客人一人分のお茶請け。
カートに乗せて応接室へと向かい、ノックする。
「お父様、ユリアです。」
「入っておいで。」
「失礼します。」
扉を開いて入れば、ダンディなオジサマが一人。
白髪の老紳士ってきっと、こういう人のことを言うんだわ。
「どうぞ。」
「これはこれは、ご丁寧に。ありかとうございます。」
ニコリとほほえみ、お父様の隣に腰を下ろす。
「……さすが、コースター領。茶葉一つとっても味が違います。」
「国一番…いや、大陸一、実りの良い領地ですから。」
ニコリと微笑むお父様。
「さて、お話を伺いましょうか。陛下からの勅書には近いうちに城へと顔を出せ。その内容は秘書官に伝えてあるとしか書かれて居なかったので詳細がさっぱり謎なのです。」
「あぁ……ソレは本当にご迷惑を……。辺境伯様がご存知の通り、あのお方は少々……いえ、大変変わり者でして。」
老紳士が困り顔で笑う。
「お嬢さんは初めまして、ですね。私は国王陛下に幼少の頃よりお仕えしております、マルクルと申します。以後、お見知りおきを。」
「辺境伯家長子のユリアです。」
軽い自己紹介を済ませる。
お父様がただ黙って待っている。
「オズワルド様、せめてもう少し優しい表情でお願いします。私は別にお嬢さんを取って食いはしませんから。まぁ、孫の嫁には良さげかなとは思いましたが。」
「よし、表へ出ろ。剣のサビにしてくれる。」
「ちょっとお父様!いきなり好戦的にならないで!あの、お二人はお知り合い……なんですか?」
「えぇ。陛下とオズワルド様が学園の同輩でして。」
「え!」
ただのモブキャラなのに、陛下と顔見知りってこと!?
マジか!
授業でそんなこと言われなかったけど!?
先生が知らなかっただけ!?
「その関係で、私もオズワルド様とは顔見知りなのです。ね、オズワルドくん。」
「気をつけるんだよ、ユリア。こういう人畜無害そうな顔をした奴が一番の曲者だ。現にコイツにしかあの陛下の秘書官は務まっていない。あと、年上でも私より年上な老人だから、絶対に恋してはダメだよ?」
「そのような方に嫁げと言わないお父様が好きよ。それで、本題は?」
「おや、お嬢さんのほうが幾分か利口そうですね。」
「アイツからの勅書がまともだった試しがないから、話は聞きたくないというのが本音なんだ、私は。」
「そうですか、そうですか。実はですね、陛下に言われて私がわざわざコースター領へ訪れたのは、お願いがあるからです。」
マルクルさんが私へと視線を向けてニコリと笑う。
「王太子、クロード・カルメ様の婚約者を婚姻の儀まで守って頂きたい。」
「……………………はい?」
その言葉に目を瞬いた。
読んでいただき、ありがとうございます
感(ー人ー)謝