王太子と辺境伯令嬢
殿下と二人、先に王城へと戻る。
お父様は後で追いかけてくる予定になっている。
「それにしてもユリア嬢はすごいな。」
「え?」
「あの身のこなし、見事だったぞ。まさか二階から飛び降りてくるとは。」
「回り込んでる時間がもったいなかったので。」
怪我をする覚悟で飛び降りたけど、心配いらなかったな。
「殿下も裁判長と何やら話をされてましたが、問題でもありましたか?」
「後日、労働刑についての詳しい話をしたいと言われただけだよ。ユリア嬢のおかげだな。」
「私は何もしてませんよ。お二人の努力の結果です。」
決めたのは二人なのだから、私は関係ない。
中枢の話に、たかがモブキャラ令嬢の意見は反映されない。
「殿下、ユリア嬢。」
「レオナルド。何もなかったか?」
「はい。」
ガチャリと殿下が扉を開く。
中には簡素なソファとテーブル、そして執務机。
「コースター卿が来られたらココに通すように。」
「御意。」
レオナルド様が一礼すると去っていく。
聞きたいことがあったのに。
まぁ、良い。
今度時間のある時に聞こっと。
「ユリア嬢は甘いものは好き?」
「はい。」
「それなら良かった。」
運び込まれて来たのは美味しそうな焼き菓子。
給仕係にお礼を言い、促されるまま一口。
「美味しい…!」
「気に入った?」
「はい!」
程よい甘さが口いっぱいに広がる。
「今朝はすまなかった。」
「今朝?」
「その……、頭領の件だ。」
「あぁ……。」
地下牢で拘束されている頭領の姿が脳内で再生される。
「別に構いませんよ。私も確認したいことがあったので。まぁでも、あそこに閉じ込められてからずっとユリア・コースターを呼べと要望していたのだとは言われましたが。」
「らしいな。何をされてもソレしか言わないと報告があった。」
「それで今日まで放置していたと?」
「ユリア嬢を呼ぶべきだろうとは思っていたんだがな。裁判の方にかかりきりで、正直それどころではなかったんだ。」
「言い訳ですね。」
「返す言葉もないよ。」
苦笑する殿下を横目に紅茶を一口。
あ、レモンティ。
「それで、何かわかったか?」
「わかったと言えばわかったし、わからないと言えばわかりませんね。」
「…………。」
「殿下に会いたいと言って来ると思いますよ。その時に詳しい話はできるでしょう。彼はココに入った時から協力的ではあったでしょう?」
「あぁ。連行されている間もおとなしいもので、こちらの言う事には素直に従っていた。ソレが関係あるのか?」
「彼は、減刑を望んでいますから。」
「…………。」
扉の外に感じた気配に視線を向け、カップを置く。
ノックの音と殿下の合図で入ってきたのは、やけにスッキリとした顔をしたお父様で。
レオナルド様が少し疲れてるのが気になるところではある。
「おまたせして申し訳ない。」
「こちらこそ、引き止めてすまない。」
「なに、今は領地の方も少しは落ち着いているから大丈夫ですよ。二人は何の話をしてたんだい?」
「以前捕まえた誘拐犯の話。」
「あぁ、彼かい。昔は聡明な人で人気もあったのにねぇ。人間、わからないものだね。」
「あら、お父様は彼が誰か気づいてたの?」
「ん?あぁ、ニーナに手を出した不届き者を調べてたからね。ユリアもちゃんと答えに辿り着いたみたいだったから口を挟まなかったんだよ。それで、彼はまだ生きてるかい?」
「私が朝見た時には生きてたわ。」
「そうか。一発殴ったくらいじゃ死なない程度には元気そう?」
「お父様が全力で殴ったら健常者も死に至るから、手加減してあげてね。」
「…………。」
「お父様?」
「大丈夫だよ。殺さないのは得意だから。」
ニコリと微笑むお父様。
いつもどおりの、のほほんとした表情。
それもそうかと納得し、うなずく。
「ま、待ってくれ!ユリア嬢、あの頭目が誰か知ってるのか!?」
殿下のうろたえ具合に思わず首をかしげて、お父様を見る。
お父様は美味しそうにお茶を頂いている。
お父様、私の視線に気づいてますよね?
「調べたので、知ってますよ。あぁでも、先ほども言いましたが、彼は殿下に話す気になってましたので近いうちにお呼びがかかると思いますよ。その時は、忙しいなどと言わずに話しを聞いてあげてください。多分、ソレを逃すと気が変わったとか言って口をつぐむでしょうから。ね、お父様?」
「ん?あぁ、そうだね。」
このレモンはうちの領地のだね、と笑うお父様に殿下は口を開閉して、そうですと微笑んだ。
言うべき言葉が出てこなかったのかな?
「さて、殿下。時間はあるけど、僕も暇ではないんだよ。話を聞かせてもらえるかい?」
「は、はい。」
話を促すお父様にドキリとしたような表情をして、居住まいを正す。
「まず、先ほどは捕縛に協力していただき感謝する。」
その殿下の感謝の言葉にニコリと微笑むに留める。
「捉えた者の中に、子爵の紋章が入った短刀を持つ者がいた。おそらく、今回の騒動に関係がある者たちだろう。」
「あぁ、そうなの?子爵も諦めれば良いのにねぇ。罪状全部出てるんだし。ね、ユリア?」
「そうね。」
隣の領地同士ということもあり、さんざん嫌がらせを受けてきた。
子爵の領地よりも私たちの領地の方が実りが良かったし、領民も居たから税の取り立てにも困らない。
子爵たちはそう思っているらしい。
何より、帝国の脅威にさらされてさっさと滅べと言ってくる始末。
お父様が、心配しなくても僕の次に狙われるのはキミだよとニコニコと笑顔で伝えたから、帝国に関することには口出ししてこなくなったけどね。
「今回の子爵の失墜に合わせて、この城で子爵の息のかかった者はもれなく全員解雇になった。子爵の企みに加担していたという証拠が出た者に関しては同じように罪に問われる手はずになっている。この処罰に不服はないか?城内の秩序を管理できていなかったこちらにも非はある。できる範囲で希望に応えたいと思っている。」
「…………。」
チラリとお父様を見るが、お父様は表情を変えずに殿下を見ている。
そして、私の方を振り返り小さく頷く。
「今後、同じようなことがないようにしっかりと管理していただければ、それ以上は求めません。」
「本当に良いのか?」
「良いですよ。」
「────」
誰かを罰したとしても、同じような人間はどこにでも居る。
子爵に限らず、いつか誰かは同じことを思いつく。
ただソレが早いか遅いかの違いなだけだ。
「でも、希望を叶えてくれると言うのなら、私からお願いがあります。」
お父様がカップを傾ける。
「労働刑の受刑者に会わせてください。」
パチパチと瞬く殿下にニコリと微笑んだ。
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