情報収集
お嬢様と二人、小屋を一つずつ確認して回る。
その地道な作業のお陰で、なんとか加工場を抑えることができた。
ついでに、彼らの動機や加工場に出入りしている黒幕の情報も手に入れることができた。
でも、その姿をとらえることができなかったために言い逃れされる可能性が非常に高い。
「今回のこの件で責めることは難しそうね……。」
「そうですね。せめて姿を拝めたら良かったんですが……。」
「こちらが思うよりも慎重になってるってことでしょ。」
「そうですね。」
始まりは、ヒロインと殿下のフラグを折るためのイベント回収だった。
それなのに。
「でも、これじゃあ元締めは捕まえることができないわね。」
「一つずつ、確実に相手を追い詰めるしかありません。」
「わかってはいるのだけれど……。歯がゆいわね。」
お嬢様が悔しそうな顔をする。
「子爵以外の貴族の関わりを疑っていなかったわけじゃないでしょう、お嬢様。」
「えぇ。でも、せっかくどの貴族が関わってるのかわかったのに……。」
「そうですね。」
学問の分野で優れた功績を残すマーシャル・タールグナーが関わっているなら仕方がない。
なんせ、彼攻略対象だから。
ヒロインと出会う前に捕まえることはできないだろう、確実に。
ま、シノア・ワイナールという頭脳派が殿下についてるから、万が一にも出し抜かれることはないだろう。
彼が味方なら、だけど。
でも、正直な話。
文官を多く排出しているワイナール侯爵家と学問で有名なマーシャル・タールグナー伯爵だったら、どっちの方が敵に回すと厄介なんだろうか。
家格を入れれば侯爵家であるワイナール家の方が……と、思わなくはないのだけれど。
でも、タールグナー伯爵家というよりは、マーシャル・タールグナーという攻略対象者がすごいだけだしなぁ。
「裁判まで時間がないのに。」
「すべての小屋を調べられただけ良しとしましょう?これ以上は流石に危険です。それに、この調べた結果は殿下にも報告しておかないと。」
「……そうなのだけど…。クロード様、怒ると思うのよ。」
「覚悟の上では?」
「…………嫌われたらどうしましょう。」
「心配して怒られたとしても、嫌われることはないと思いますよ。」
なんせ殿下、お嬢様のこと溺愛してるし。
ヒロイン入る隙もないくらい愛されてるし、お嬢様。
今のところは、だけど。
「ほら、お嬢様しっかりしてください。証言台に立つのはお嬢様なんですよ?」
「えぇ、わかってるわ。クロード様には、させられないもの。」
強い光を宿した瞳が、まとめた資料をとらえる。
「その意気です。どちらにせよ、クロード様と作戦会議をしてからでないと裁判には挑めないんですし。」
「そうね。ユリア、本当に良いの?貴方は、参加しなくて。」
「えぇ。私は貴方の護衛なだけですから。そこまで介入するつもりはありませんよ。」
裁判の方針にまで口出しをすることは許されない。
お父様にも深煎りするなと言われている。
あくまで、二人を婚姻の儀まで守る仕事。
「…………そう、わかったわ。」
「そんな顔しないでください。殿下とお嬢様なら大丈夫ですよ。」
この国を背負って立つ二人。
来年にはヒロインも現れて本格的にゲームが始まる。
ヒロインが殿下との距離を縮めるためのフラグをココで回収してるんだから、多少は妨害になるハズだ。
「殿下とはいつお話をされるつもりですか?」
「明日よ。クロード様が迎えに来てくださるそうだから、貴方は自由にしてくれて構わないわ。」
「わかりました。では、お見送りしてから少し屋敷に帰らせてもらいますね。」
「えぇ、わかったわ。」
「帰りは一人になりそうでしたら、お迎えにあがりますので。」
「ありがとう。大丈夫だとは思うけど、気をつけておくわ。」
その時、扉がノックされて。
扉を開いて入って来たステラさんの手元には、丸められた布と本が数冊。
「では、始めましょうかお嬢様。」
「え、まさか…………。」
「こういうのは日々の特訓ですよ。最近色々あってサボり気味だったので。」
ニコリと笑えば、口角を引きつらせるお嬢様。
ステラさんがテキパキと場を整えてくれる。
「ユリアさん、頼まれていた模造刀はこのくらいの物で良かったですか?」
「はい、ありがとうございます。すみません、私が用意しないといけないことだったのに。」
「このくらい、気にしないでください。もう二度とお嬢様を危険な目に合わせないためです。」
「す、ステラ……?貴方、ユリアのこの特訓に反対してたわよね……?」
「ええ、反対ですよ。でも、お嬢様が誘拐された時、思ったんです。こんなことならユリアさんに全面協力して、特訓を終わらせた方が良かったと。」
「…………。」
「今日から模造刀デビューですよ、お嬢様。気合い入れてください。」
「か、壁に傷がついたらどうするの?お父様に怒られてしまうわ。」
「ご心配なく。こんなこともあろうかとステラさんに手伝ってもらい、巨大クッションを制作しました。」
シングルサイズのベッドマットくらいはあるだろう大きさのソレを見せれば、お嬢様が目を瞬く。
壁に立てかけて、準備は万端。
「安心してください。ちゃんと布から始めますから。」
「頑張ってください、お嬢様……!!」
「く……っ、油断してたわ……!!」
「ユリアさん、本はどうしましょうか。」
「そうですね……二冊から始めましょうか。」
「わかりました。失礼します、お嬢様。」
「……ステラ、裏切りだわ。」
「私はお嬢様の味方ですよ。」
お嬢様のために心を鬼にしますと言いながら本を積み重ねるステラさんは、少し楽しそうで。
「さ、始めますよ。全部避けてくださいね。」
ステラさんがお嬢様から距離をとったのを確認して、布切れを投げた。
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