証拠を押さえに
今日は公務がないということで、公爵家の邸へとまっすぐと帰ってきた。
久しぶりにゆっくりと過ごせる日だと言うのに、ステラさんが丁寧に外出する準備をしている。
「ユリア、一緒に来て。」
「どちらに?」
「とても重要な捜し物をしに。」
「お嬢様。でしたらユリアさんではなく私と一緒に行きませんか?」
「ごめんなさい、ステラ。それは次の機会にしましょう?今日はね、どうしてもユリアじゃないとダメなの。」
「…………わかりました。お嬢様がそこまで言うのであれば。」
全然わかりましたって顔してないんだよなぁ。
なんなら軽く睨まれてる。
ただでさえ学園があるせいで一緒に居る時間が減ってると言っていたのに。
ごめんね、ステラさん。
お忍びの服を着なさいと言われたので、使用人の服から着替える。
やっぱりパンツスタイルが一番落ち着く。
「ユリアさん、お嬢様にくれぐれも迷惑をかけないようにお願いします。」
「努力します。」
「約束してください。」
「約束します。」
「よろしい。」
ステラさんが満足げに頷く。
最近ステラさんが妙な迫力を身に着けた気がする。
毎日ガーディナ様と言い合いしてるからかな。
「じゃあ、ユリア。行きましょうか。」
「はい、お嬢様。」
お嬢様に連れられて馬車に乗り込む。
二人きりの車内でお嬢様が静かに一枚の紙切れを渡してくる。
ソレを開けて見てみれば、宝石の加工場として怪しい場所が書かれていて。
「なるほど。重要な捜し物とは、証拠品ですか。」
「えぇ。本当なら、働いてる彼らを保護できたら一番良いのだけれど……、ソレはできそうにないから。」
「できるできないで言えば、できますよ。ただ、しない方が良いとは思います。」
紙切れを折りたたみ、お嬢様に返す。
ザッと見ただけでも十五箇所。
コレをすべて洗い出すのは不可能に近い。
ただし、すべてがバラバラの加工場だった場合だ。
それらの入口が私の予想通りに地下通路で繋がっていた場合、今回の探索だけで一網打尽にできる。
前世プレイしてる時は殿下、ヒロイン連れて乗り込んだりはしなかったからなぁ。
今回に至ってはヒロイン登場前にボキッと折るためにこのフラグ回収してるわけだし。
「それで、お嬢様。今回のこと、殿下はご存知で?」
「あら、内緒よ。」
あっけからんと言うお嬢様に視線をやれば、プイッと顔を背ける。
「だってクロード様、危ないからって止めてくるのよ?ユリアに鍛えてもらってるとは言え、身についてないというのはこの間の誘拐事件でわかったし、無茶はするつもりないのに。」
「クロード様は、お嬢様が簡単な護身術を使えることは知りませんからね。仕方がありません。」
「それでも悔しいのよ。私はクロード様の婚約者なのよ?」
だから頼って欲しいと言いたいのだろう。
お嬢様らしくて可愛い。
「お嬢様は本当、殿下が大好きですよね。」
「な……っ、そ、そんなこと……!」
「ないんですか?」
「あるけど……!」
顔を真っ赤にしてプルプルとするお嬢様に笑う。
あぁ、本当に可愛い。
この表情をぜひとも殿下に見せてあげたい。
「……、ついたようね。行くわよ、ユリア。」
お嬢様に続いて馬車を降りる。
どこかの路地裏のようで、人は居ない。
「ココから少し離れたところにある小屋が、出入りしてるところなの。この時間帯なら子どもたちが遊んでるから危険はないわ。」
「なるほど。一応、ちゃんと考えてたんですね。」
「当然よ。ユリアは強いけれど、何かあってからじゃ遅いもの。それに、私じゃユリアを助けてあげられないわ。」
「その気持ちだけで充分嬉しいですよ、お嬢様。」
その気持ちだけで、充分だ。
「待て待て〜!」
「ハハハッ!」
「わー!」
子どもたちの楽しそうな声が聞こえてくる。
どうやら、あそこが例の小屋らしい。
「で、どうしますか。」
「どうしましょう。入れてくれれば良いのだけれど……。」
お嬢様が、子どもたちに近付いていく。
それを見つつ、建物を見上げる。
なんの変哲もない一軒家。
二階建てじゃないし、普通に平民が使う家だ。
「皆はココでいつも遊んでるの?」
「そうだよ。」
「ココ、入っても良いかしら?」
「ダメだよ、僕たちの秘密基地だ。」
「そーだよ!ココは私達の秘密基地なの!」
聞こえてきた声に視線を向ければ、子どもたちに視線を合わせて座り込んでいるお嬢様。
あぁいう姿を見ていると、慈善活動で培ったものなんだなって思う。
チラリと困ったような顔をしてこちらを見てくるから、小さく笑って近づく。
そして、同じようにその場にしゃがみ込む。
「実はね、お姉ちゃんたちこのあたりのこと詳しくないんだ。ちょっと冒険に来て疲れちゃったから、あそこの小屋で休ませてくれないかな?」
「お姉ちゃんたち、冒険者なの!?」
「すげー!!」
「あはは、違うよ。でも、ココじゃないところから来て。迷子になっちゃったの。」
「ふーん?」
「なんで冒険に出たの?」
「なんとなくね、今冒険に出たら良いことがあるぞ!って、言われた気がしたの。」
「変なの〜!」
「なぁ、なぁ、姉ちゃんたちが来たところってどんなところなんだ!?」
「中に入れて休ませてくれる?」
「ん〜!」
「ん〜、どうする?」
「良いぜ!俺たちは貴族と違って優しいからな!助けてやる!」
「わぁ、本当っ?ありがとう。すごく嬉しいよ。」
「えへへ、まぁな!俺たち、大きくなったらコースター領に行くからな!当然だ!」
「え?どうして行くの?」
「姉ちゃん知らねーの?コースター領はな、優しい人たちが行く場所で、勇者と聖女がいるんだぜ!俺、大きくなったら勇者に会うんだ!」
「私ね、聖女様に会ったら、たくさんお話してもらうの!いっぱいいろんなお話知ってて、いろんなこと教えてくれるんだって!」
一体どういうことだ。
我が家に勇者も聖女も居ないぞ。
というか、この乙女ゲームの世界にそんなもの存在しない。
なんなら魔法も魔王も存在しない。
本当に何の変哲もない学園シュミレーションゲームだ。
絶賛困惑中の私に気づいたらしいお嬢様が立ち上がり、子どもたちに手を差し伸べる。
「そうなのね。ならきっと、あなたたちは優しいからコースター領に行けるわ。」
「どーいたしまして!こっちだよ!」
お嬢様の手を掴んで、押して。
子どもたちが話しながらお嬢様を小屋へと導く。
「流石だなぁ。」
慈善活動で培ったものがちゃんと今役に立ってる。
とにかく、今は勇者とか聖女とかは置いておいて。
「テーブルと椅子……。あなたたちが使ってるの?」
「時々!いきなり雨が降ってきた時とか。基本は外で遊んでるし。」
「うん、聖女と勇者ごっこ!」
「ねぇ、なぁに?その聖女と勇者ごっこって。」
気になりすぎて思わず割って入る。
ごめんなさい、お嬢様。
ものすごく気になってます。
「コースター領にはな、悪い敵と戦う勇者と、聖女がいるんだって!だから、他の貴族はコースター領は助けなくて大丈夫なんだって!」
「王様たちの喧嘩の時も、コースター領の人たちが食べ物は困ってる人たちにって言ったんだよ!」
「スゲーよな!勇者も聖女も食べ物を作れるから困らないんだって!」
「だから、悪い敵をやっつけて困ってる人助けて遊ぶんだ!」
子どもたちが、目をキラキラと輝かせる。
だから、笑顔を貼り付けて。
「…………そう。だから、聖女と勇者ごっこなのね。すごくかっこいい遊びね。」
嘘を吐く。
「だろ!?」
どんな遊びか、詳しく教えてくれる子どもたち。
まさか、三年前のあの出来事がそんなふうに伝えられてるなんて。
「ね、そのお話誰に聞いたの?」
「弾き語りの兄ちゃん!」
「時々ね、広場に来るんだよ!」
「俺は父ちゃんに聞いた!」
「そう。教えてくれてありがと。とっても素敵なお話だから、今度私も聞きに行こうかしら。」
あの日、私達がどんな思いをしていたか。
どんな思いで、その話を作り王都で語り聞かせているのか。
一体誰がそんなことをしているのか。
気になるけど、今はその噂よりも優先すべきことがある。
モブキャラの私よりも悪役令嬢のお嬢様と殿下だ。
弾き語りの方は、正直、なんとかなる。
アルベルトが調べてくれたものと一致するだろうから。
「あ、そろそろ帰らないと。」
「本当だ、手伝いの時間だ。」
「姉ちゃんたち、ココ使ってて良いからな!」
「ゆっくり休んでね!」
「またな!」
「えぇ、また。」
「ありがとう。」
子どもたちを手を振って見送り、戸口を閉める。
さて。
「調べましょうか。」
「そうね。」
お嬢様が壁伝いに調べて行くのを見て、さっきから気になっていた床を持ち上げる。
そうするとあら不思議、隠し階段が現れた。
人二人が並んであるけるくらいの幅はある。
「ユリア、それ……!!」
「えぇ、そうですね。」
「どうしてわかったの?」
「足音の反響音がココだけ違いましたから。」
「…………。」
「さ、行きましょ、お嬢様。足元気をつけてくださいね。」
「わかったわ。」
傍にあった燭台を見る。
どうやらこの階段を照らす役割をするためのものらしいが、あいにくマッチ棒も火打ち石も持ち合わせてない。
「マッチならさっき見つけたわよ。これで…………。」
「いえ、ダメです。」
「え?」
「マッチの本数を数えられていたら厄介ですから。それに、このくらいの闇なら問題ありません。手を。」
恐る恐る手を伸ばしてくるお嬢様の手をしっかりと握る。
「さ、行きましょう。大丈夫ですよ。人の気配はありませんから。」
階段を数段降りて、床を閉める。
そうすれば、完全な闇が訪れる。
目が慣れるまで数秒ジッと目をこらす。
「ユリア……っ。」
「大丈夫です。さ、階段がしばらく続きます。足元気をつけてくださいね。」
お嬢様を連れてひたすら階段を降りる。
これ、閉所恐怖症とかだったら完全にアウトな空間だな。
「お嬢様、今更ですが暗闇は平気ですか?」
「本当に今更ね……。問題ないわ。」
「その割には手が震えてますが。」
「裾を踏まないように意識しすぎて力んでるだけよ。」
「なるほど。あ、あと八段くらいで階段終わりますよ。」
「はい。」
思ったより下に来たな。
地下何階くらいなんだろう。
暗闇をまっすぐと進んで行く。
前後左右ともに土の壁。
「人口ものね。」
「そのようですね。」
「あの小屋の持ち主が掘ったのかしら。」
「おそらく。」
目の前にある木製の扉に手をかける。
ゆぅくりと様子を伺いながら開けば、ほんのりと明るい室内が出迎えてくれて。
人の気配がないのを確認して中へと入る。
「ココは……!!」
「あたりのようですね。」
いくつもの加工された宝石と、加工道具。
そして、傍には加工の仕方やこの部屋の仕掛け扉を開く方法が記された説明書。
「お嬢様、暗記力に自信は。」
「……何を覚えれば良いの。」
「この説明書、覚えてください。加工の仕方と合言葉の部分だけで大丈夫です。仕掛け扉の方は勘でいきますから。」
「わかったわ。」
お嬢様が僅かなランプの明かりで説明書に目を通していく。
凄まじい集中力だ。
さすが、王太子の婚約者、マリア・セザンヌ公爵令嬢。
頼もしすぎる。
「…………、ココと、ココと……あとは……ココか。」
やっぱり、何箇所かのヒミツの通路がある。私が通ってきた道を合わせると五箇所。
小屋があったのは十五箇所。
この加工場につながるのが五箇所のみなら、あと少なくとも一箇所ないし二箇所はある。
「!」
人の気配。
この通路からだ。
「お嬢様、人が来ます。」
「後少し待って。」
お嬢様の目がせわしなく文字を追う。
ドキドキとしながら待っていれば、お嬢様が元あったようにその書類を置くから。
他に不審な箇所も忘れ物も痕跡も残してないことを確認して、人の気配がしていない通路へと身を隠す。
そして、それと同時に隠し通路から人が出てくる気配と音がして。
「はぁ……やるか。金のため、金のため、金のため……。」
何度か呟いて作業に取り掛かる。
その姿を確認して、お嬢様を先へと促す。
この通路もいつ人が来てもおかしくない。
さっさと立ち去らなくては。
お嬢様の手を取り、暗い通路を進む。
そして、地上へと続くその扉を開けば、月が室内を照らしていて。
「随分と長居をしてしまったわね……。」
「そうですね……、お嬢様そこのベッドの下に入ってください。」
「えっ?」
「早く。」
お嬢様をベッドの下へと押し込み、壁際へと追いやる。
「ユリア……っ?」
「シッ。」
お嬢様に合図をするのと玄関の戸が開くのは同時で。
お嬢様が息を呑む気配を感じつつ、その足をジッと眺める。
足音の主は、二人。
気配を読める相手だった場合、確実に身動きが取れないこちらが不利。
だけど、何も知らない平民相手だった場合、これでやり過ごせる。
「……たく…いつまでこんなことをやらなくちゃいけねぇんだよ…………。」
聞こえてくる声に耳を澄ませる。
三、四十代の男性の声。
「俺はただ、領地に帰りたいだけだっつうのに…………。」
「仕方がねぇさ。領主様たちは領地のことで手一杯だ。俺たちがこんな目にあってるなんて、知りもしねぇだろうさ。」
「でもよ……。いつまで続けるんだよ、お前は。」
「いつだろうねぇ……。領主様たちとの約束の生きて帰るってこと以外は、興味ねぇよ。だから、俺たちはこんな仕事してんだ。」
「でもよ、こんなんじゃ領主様に顔向けできねぇよ。」
「そんなの、俺だって同じさ。でも、仕方がねぇだろ。この仕事してなきゃ、領主様たちの噂広めた元凶に会う機会ねぇんだから。」
「たく……。領地を出ても結局俺たちは、領主様中心の生活から抜け出せねぇってわけか。」
「良いんだよ、これで。あの日、領地を出た時に決めただろ?領主様たちを困らせるヤツは俺たちでやっつけるって。」
「あーあ、若気の至りってヤツか。」
「若気って年でもねぇだろ。」
「違いねぇ。」
男たちが床を持ち上げ、地下へと消えていく。
気配が遠ざかり、上がってくる様子がないのを確認してからベッドの下から這い出る。
お嬢様に合図をし、引っ張り出す。
「ユリア、さっきの……」
「えぇ、そうですね。」
「あなた、それで良いの?」
「法を犯せば裁かれる。ただそれだけのことです。さ、行きますよ、お嬢様。一人一つの出入口ではないみたいですし。他の人が来る前に逃げないと。」
声の主が誰であれ、法を犯せば裁かれる。
ただ、それだけだ。
読んでいただき、ありがとうございます
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