過去は変えられない
お嬢様のもとへと戻れば、二人は随分と打ち解けたようで。
安心しつつ、カップを置く。
「ありがとう、ユリア。」
「殿下からお菓子も頂いてきました。」
「まぁ。それでクロード様は?」
「抜け出して会いに来ると言われた為に、レオナルド様に椅子に縛り付けられておりました。」
「ふふふ、大変ね。」
お嬢様が楽しそうに笑って、殿下からのいちごタルトに視線を送る。
普段のお茶の時間よりも、殿下からのお菓子だって言えば嬉しそうに笑うこの表情を見せてあげたい。
殿下、お願いだからそのままお嬢様を溺愛していてください。
「貴方も座りなさい、ユリア。一緒にいただきましょう。ほら、ルナさんも。」
「はい。」
「いただきます。」
さて、どこへ座ろうかと思えばお嬢様に隣を指し示されたので、ありがたく隣に座らせていただく。
王城の庭園でまさか自分がお茶をする日が来るとは……世の中わからないな。
「ルナさんはコースター領出身だと聞いたの。ユリア、貴方、彼女がココで働いているの知ってた?」
「いいえ。ですが、お父様は知ってたかと思います。」
「オズワルド様が?」
「えぇ。お父様は、領地を出て行った領民たちがどこで何をしているのか、ちゃんと把握していますから。」
「なら、彼女がココでどんな扱いを受けているのかも知っていて放置していたということ?」
お嬢様の言葉が少しだけ、強くなる。
鋭く、厳しい響きに紅茶を一口。
あぁ、やっぱりアルベルトやステラさんのようには淹れられないわね。
「お嬢様、放置というのは違います。私達はいつでも領地を出て行けるように領民には手紙を持たせております。内容はお教えできませんが、大切な手紙です。そして、私達は出て行く領民に、いつでも帰っておいでと見送っています。もしかしたら、お父様は手紙を定期的に送っているかもしれませんね。ソレを読んでいるかどうかは別として。もしかしたら手元に届きにくい状況になっている人もいるかもしれませんが。」
お嬢様の瞳が揺れる。
そして、戸惑うように彼女へと視線を向けられる。
「帰らないと決めるのも頼らないと決めるのも、出て行った領民たちです。私達はその意志を尊重するだけ。」
「でも、出て行くことになった理由は領主である貴方たちコースター家にあったのではないの?」
「えぇ、そうですね。」
「だったら……!!」
「当時、私達はできる手はすべて打ちました。彼女たちに渡した手紙もその一つです。でも、私達に打てる手は限られています。だから、私達コースター家ではなく他の助けを求めてあの時、何人もの領民が領地を出て行くと決めました。私達はソレを止めませんでした。止めたとしても、私達にできることなんてなかったからです。」
あの時、何人もの人たちが領地を出て行った。
いつでも戻っておいでと領主であるお父様は見送った。
領地の皆に渡してある手紙は、紹介状と何かあった時の責任は私達コースター家が持つというちゃんとした誓約書。
貧乏貴族だなんだと言われても、私達は辺境伯だから。
肩書だけは立派だから。
「お嬢様の言う通り、私達が原因で出て行ったのでしょう。耐えられなかったんでしょう、あの辛さに。でも、あの時私達の領地で何があったかも知らないお嬢様に、ソレを責められる筋合いはありませんよ。」
「…………っ。」
「お嬢様、貴方は言っていましたね。紙の上の情報しか知らないと。今日も王妃教育を受けられておりました。立派なことです。とても大切なことです。でも、ソレで知った気になるのは違いますよ、お嬢様。」
顔色悪く私を見るお嬢様は少し、震えていて。
離れたところに殿下とレオナルド様が見える。
その後ろには侍女がワゴンを引いている。
どうやら、公務が一段落ついたらしい。
「私も貴方も未熟ですよ、お嬢様。」
カップを置いて立ち上がる。
「私は貴方のそういうところも、好きです。でも、お願いですからコースター家を責めることを言うのであれば、私の大切な家族が居ない場所でお願いします。」
あの子たちの耳に入れば、きっともっと心を閉ざしてしまうから。
「やぁ、マリア!会いに来た……マリア?」
「殿下、レオナルド様。私は少し頭を冷やして参りますので、二人をお願いしますわ。」
「頭を冷やすって……、ユリア嬢!?」
「失礼します。」
淑女らしく、礼儀正しく、その場を離れる。
「…………、私達の……せい、か。」
その通りだ。
私達にもっとちゃんと力があれば。
もっとお金があって、もっと知識があって、もっと大人だったなら。
あの時、子供じゃなかったら。
──…笑いなさい、ユリア。
震える喉を、震える唇を。
ゆっくりと息を吸い、吐き出す。
「はい、お母様。」
私に今、できること。
私が今、すべきこと。
「…………ルナを、助けることでは…ない。」
その場しのぎにしかならないことはしない。
もっとずっと、何十年、何百年と皆が困らないように、苦しまないように。
だから私達は、領地に学舎を建設し、皆に礼儀作法や勉強を教えているのだから。
「……邸に帰ったらお父様に手紙を書かなきゃ。」
半年後のパーティーのことも聞きたいし、何よりも領地の話を聞きたい。
辺境伯家領主代理とは名ばかりだけれど、王都での仕事は任せると言われたのだから。
来年のヒロインが入学してくる前までに。
お嬢様が悪役令嬢になる前に。
ヒロインと殿下のフラグを折る前に。
私は、コースター辺境伯の娘なんだから。
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