剣術大会本戦
眠い。
めちゃくちゃ眠い。
「青空が青いわ……太陽が眩しい……。」
「姫さん、しっかりしろ。」
「アルベルト……。おかしいわよ……。私達があの建物を出た時には空が白く染まってたのよ?私達が出たの夜中よ、夜中。なのに、外がほんのり明るかったの。」
「あぁ、そうだな。」
「寝る時間あるし、お風呂に入って寝ようと思っていたのに。城のお風呂貸してくれて超幸せな気持ちで布団に入ろうと思っていたのに。事件の事後処理があるから話を聞かせてくれと呼ばれたわ。」
「あぁ、そうだな。」
一睡もできないまま迎えた剣術大会本戦。
少し離れたところから聞こえてくる歓声にため息一つ。
「……て、あれ?どうしてアルベルトがココに居るの?」
「姫さんがふらふらしながら歩いてたからココまで付き添いで来たんだよ。」
「そう……、ごめんなさい。でも大丈夫よ。身体動かしたら目が冴えるだろうから。」
「姫さん、無理しない方が良い。騎士の催し物なんだろ?来年もあるし、今回は……。」
「ダメよ。」
それじゃあダメなの。
来年は、ヒロインが居る。
本格的に物語が始まる。
「優勝賞品は百二十カラットの宝石。来年も同じだとは限らないわ。絶対に優勝して手に入れるの。」
「…………はぁ。ま、眠気ある方が下手な手加減なしだから姫さんが怪我する心配はないか。」
「え?」
「わかった。んじゃあ、頑張れ、姫さん。優勝して帰って来いよ。ご馳走作って待ってるから。」
「アルベルトのご馳走……。そうね、じゃあ領地の皆に声かけて食堂に集まってもらわないと……。アルベルト、食堂は空いてるかしら……?」
「姫さん、ココ王都。」
「王都……。あぁ、そうだったわね。さっきまで剣術大会の話をしてたんだわ。どうして食堂の話に……?」
ダメだ、頭が回らない。
「居た居た!ユリア嬢!」
「……レオナルド様?」
「良かった!そろそろユリア嬢の出番ですよ。早く行かないと欠場で失格扱いに……て、顔色が悪いですね。大丈夫ですか?」
「あー、レオナルドくん。姫さん、眠さの限界来てて。でも、剣術大会には出るって言ったんだよ。悪いけど、連れて行ってやってくんね?俺、部外者だからこれ以上中に入れないんだよ。」
「わかりました。アルベルト殿は、どうしますか?」
「とりあえず、ニーナたちのとこに戻ることにする。俺がココに居ても、怪しまれるだけだからな。姫さん、先戻ってるからな。」
「えぇ、任せてアルベルト。ちゃんと優勝賞品もらって来るから。」
「おう。」
アルベルトと別れ、レオナルド様と歩く。
本戦が行われている会場は予選を行った場所よりも大きく、人が多い。
野次馬の数、尋常じゃないな。
「騎士団長様たちは来てるの?」
「はい。ギブハート団長は本戦の開会式にも出て、今は観覧席に。」
「副団長様は?」
「来てませんよ。団長不在の間、騎士団を管理しなければいけませんから。」
「なるほど…………。」
あくびを噛み殺していると、眼の前で行われてある試合が終わって。
「出番ですよ、ユリア嬢。」
「ん。頑張ってきますわ。」
木刀を手に軽く二回ほど振る。
そして、対戦相手を見れば、上級生なのかニヤリとこちらを見てきて。
何も言われないが、バカにしてきてるのはわかる。
「怪我する前に棄権すべきでは?」
「怪我するのが怖いなら棄権してはいかがですか?」
「……僕は君に言ってるんだよ。女子供に剣を向けるのは騎士として失格だからね。」
「お気になさらず。ですが、気になるなら棄権してくださいな。」
私は棄権するつもりゼロだから。
領地のためにも、優勝賞品は絶対にほしい。
モブキャラだから来年の剣術大会では攻略キャラに負けることは絶対だし、ヒロインが出張ってくるのは必然。
「はじめ!」
その合図で踏み込み、木刀を一閃。
「────」
バキッと嫌な音をたてて木刀が折れ、カランコロンと音をたててステージに落ちる。
尻もちつくように崩れ落ちる上級生。
相手の喉元に木刀を当て、見下ろす。
「一太刀浴びせなきゃ勝負はつかないんでしたっけ?」
「ひっ。」
「しょ……勝負あり!!」
その合図に木刀を下ろす。
ステージから降りる前に視界に入ったのは折れた木刀。
「力加減間違えて折っちゃった……。」
コレ、弁償とか言われないよね……?
お嬢様の侍女としてのお給金は公爵が払ってくれてるから、一応いくらかの手持ちはあるけど……。
「お疲れ様、ユリア嬢。」
「レオナルド様。」
「瞬殺だったね。」
「失敗したわ……。」
「え?」
「力加減失敗して折ってしまったの。お陰で眠気が飛んだわ。」
「それは…………。」
「でも、目は覚めたから大丈夫よ。次は折らないように気をつけるわ。」
相手に怪我を負わせるのは問題ないらしいから、気をつけてないと。
やりすぎたら慰謝料請求されるかもしれないし。
そうなったら、面倒だし。
「トーナメント形式だから、予選の時よりも順番が回ってくるのには時間がかかりそうね。」
「そうですね。準決勝と決勝戦はお昼休憩を挟んでからと開会式で説明がありました。」
「そうなの?」
「はい。」
「なら、殿下やお嬢様はその時に来るのかしら。」
「どうでしょう。二人共ゆっくりと休んでいてほしいのですが……。」
あんな時間に休むことも許さずに会議を開いた殿下。
お嬢様はニーナと一緒に城についてお風呂に入った後、数分もせずに寝た。
寝室には、ステラさんが常駐している。
どうやら昨晩傍に居れなかったことを悔いているらしい。
まぁ、聞けば公爵がステラさんに別の仕事を頼んだから、らしいから思い詰める必要はないと思うのに。
「準決勝、決勝までは何試合くらいあるのかしら?」
「えっと確か…………。」
第一試合で十二人から六人へ。
第二試合で六人から三人へ。
ココで前年優勝の人がシード参戦するので四人。
第三試合で四人から二人へ。
第四試合で二人から一人へ。
「決勝戦まで進出できたら四試合ですね。」
「なるほど。シードの人がいるからトーナメント形式でも問題なかったのね。でも、前年度優勝者が絶対に学園に居るとは限らないのでは?」
「剣術大会は三年生は出られないので、騎士団に目をかけてもらえるチャンスは二回だけ。だから、私達みたいに一年生の間から出てる人が多いのです。」
「あ、なるほど。三年生が出たら次の年でシードが空席になるから。」
「そうです。卒業して居ないですからね。」
言われてみればそうか。
確かに、ヒロインが入学した年にしか剣術大会のスチルは出せなかった。
一年にも満たない期間で好感度をバク上げしてなきゃスチルが出なかったのは、そういうわけか。
納得したわ、ようやく。
「去年の優勝者って誰なんでしょう?レオナルド様、ご存知ですか?」
「…………えぇ、まぁ。」
「?」
なんだろう、歯切れ悪いな。
「と、出番ですね。行ってきます。」
「え、えぇ。行ってらっしゃい。」
駆け出して行くレオナルド様。
それに頬を掻く。
「嫌なこと、聞いちゃったかな……?」
でも、そんな歯切れ悪くなるようなモブキャラって居たかな。
レオナルド様の兄はすでに卒業してるし、三人兄弟だったと記憶している。
今、この学園に残ってる攻略キャラの関係者と言えばシノア・ワイナールの次兄のみ。
クロード・カルメもマリア・セザンヌも一人っ子設定だし……。
シノア様のお兄様……?
いや、ワイナール家には剣術の才はなかったハズだ。
文官として優れている家系ではあるけど、武官としての話は聞いたことがない。
「けど、あの反応は何か知ってそうよねぇ。」
まぁ、相手が誰であれ負ける気は微塵もないけど。
「んー、さて。次の試合まで時間あるしレオナルド様も出番で居ないし。観覧席に行くか。ね、ソフィア?」
そう言えば、ゆっくりと物陰から姿を現して。
「控室の方が眠れると思うわよ。ほとんどの人が観覧席に出てて、使ってないみたいだし。」
「寝ちゃうもの。それに、観覧席からの方がよく見えそうでしょ?」
「私としては寝て欲しいんだけど?」
「起きれなくなるから却下。それより、ソフィアがココに居るってことは、アルベルトとは会えたのね。」
「えぇ。昨晩の出来事も含めてちゃんと報告があったわ。その件も含めて、新しい情報仕入れて来たから。」
「じゃあ、移動しましょうか。」
ステージ袖から観覧席へと移動する。
確か、ヒロインは観覧席から応援していて良い席を確保して…………。
あの席って、どの辺りかしら。
「ユリア嬢、ソフィア嬢、こちらです。」
「!」
「ありがとう。」
ソフィアに促されるまま、奥の席に座らされる。
私の隣にソフィアが腰を下ろし、その隣に声をかけてきた男性が座る。
「えっと…………?」
「ユリア、彼、騎士団の副団長。」
「え、あ……なるほど。て、なんでソフィアと一緒に居るの?」
「迷惑かけたお詫びにってしつこいから。」
「デートにお誘いしたのですが、断られてしまいまして。ソフィア嬢が貴方の応援に行くと言うので、便乗してきました。」
「騎士団の方のお仕事は……?」
「ご心配いりません。コレが終わればすぐに戻ります。」
ニコニコと言葉を紡ぐ彼からソフィアに視線を移せば、とても嫌そうな顔をしている。
その対象的な表情に苦笑しつつ、ソフィアに身を寄せる。
「ソフィア、このての顔嫌いだった?」
「好きだけど、ユリアに投げ飛ばされるような男イヤ。」
なるほど。
どうやら彼の恋路を打ち砕いたのは私らしい。
申し訳ないことをした。
「そういえばちゃんと挨拶をしていませんでしたね。僕はグレムート・キャンベル。公私ともに仲良くしていただけると嬉しいです。」
「ちょっと。ユリアに何かするつもりなら許さないわよ。」
「まずは、ソフィア嬢を口説く許可をもらいたいのですが、よろしいですか?」
「それはもちろ────」
「よろしくないわよ、何言ってんの。ユリア、こんなの相手にしちゃダメ。」
断固拒否姿勢なソフィアとめげないグレムート様。
ソフィアがどれだけ顔を歪めて言葉を発しても、嬉しそうに笑うグレムート様を見ていると、ソフィアの方がいつかは根気負けしそうだなと思う。
「グレムート様、私とソフィアの関係は……。」
「はい、わかっています。胸のうちに秘めますので、彼女に会うために訪問する許可もほしいです。」
「訪問する前に手紙のやり取りから始めてくださいな、グレムート様。ソフィアと貴方のやり取りに私は極力口を出しません。」
「!」
「だけど、ソフィアは私の大切な家族で友人です。もしもがあれば私は貴方を許さない。今回の件は私にも責任があるため、アレ程度で許しましたが。」
私の大切な幼馴染を泣かせたら、許さない。
「肝に銘じます。」
「では、お仕事にお戻りくださいな。グレムート・キャンベル様。騎士団長が本戦を見に来てる間、副団長が騎士団の責任者だと聞きました。貴方たち二人が離れているこの間に何かあれば、どう責任をとるつもりですか?」
お嬢様とニーナは昨日の傷が癒えてない。
アルベルトがニーナの傍に居てくれるだろうけど、お嬢様まで守ってくれるかはわからない。
いくら仕事だと割り切っていても、私の仕事であってアルベルトの仕事じゃないから。
「……わかりました。手紙のやり取りをする許可はもらったことですし、今日はこのへんで。ソフィア嬢、またね。」
「えぇ、さようなら。」
声音は冷たく、表情は淑女。
きっちりと領地での教育が実を結んでいるのを見るのは嬉しいものだ。
「何したらあんなに気に入られたの、ソフィア。」
「知らないわよ。あの後、任されたから彼の手当と口止めをしてただけ。」
「そう。じゃあ、その時のソフィアの対応が気に入ったのかしら?」
「イヤよ、困るわ。」
「どうして?嫌いじゃないんでしょ?」
「外見はね。中身は知らない。」
「まぁ、出会ってすぐだからソレはね。」
「だけど。」
「ん?」
「…………王都の貴族は、嫌いなの。」
「…………。」
王族も貴族も嫌いだと。
ごめんなさいと謝るソフィアに、ただ頭を撫でる。
王位争いが起きたあの時から、領地の皆は口を揃えて言う。
王族は嫌い。
王都の貴族は嫌い。
でも、領主様たちは大好き。
私達の力が不甲斐ないせいで迷惑をかけた。
王都からの救援物資すら、私達の手元にはまともに届かなかった。
私達の領地が作物が実りやすい土地だったから。
作物には限界があると言うのに。
「だけど、いつまでも嫌いなままじゃいられないでしょう?嫌いでも良いわ。でも、あぁやって気持ちを伝えてくれる人を、貴族が嫌いだからという理由で拒絶しないで、ソフィア。もしかしたら、良い人かもしれないわ。お嬢様や殿下が良い人だったみたいに。」
「…………お嬢様は、あの人を好きになれるの?」
「わからないわ。だって、ニーナやお嬢様を守れなかった人だもの。印象最悪だわ。だけど、理由があるハズなの。ちゃんと、理由が。」
殿下たちと一緒に眠気と戦いながら話した会議。
ステラが駆けつけられなかったのは、公爵様が用事を頼んだから。
お嬢様につけていた騎士団員や影が現れなかったのは、別の場所で騒ぎがあったから、その調査に出向いていた。
そう、説明を受けた。
誰かが何かを意図的に隠しているのは明白。
「向き合ってあげて、ソフィア。嫌いなら嫌いで構わないわ。でもね、私と一緒に王都に居る以上、知ってて欲しいの。ちゃんと、良い人も居るってこと。」
大きな括りで決めた善悪ではなく、その人自身を見て下して欲しい。
「たとえソフィアが王都の貴族と恋仲になったとしても、誰も何も責めないわよ。領地の皆は、そんな小さな人間じゃないわ。そうでしょ?」
「…………えぇ、そうね。」
「大丈夫よ。キャンベル伯爵家は悪い話を聞かないし、グレムート様自身も悪い噂は聞かないわ。調べたい時は言いなさい、力になるから。」
「……うん。ありがと、ユリア。」
大切な幼馴染。大切な家族。
両片想いの幼馴染たち。
これは、ウカウカしてたらグレムート様にとられそうね?
ニヤニヤとしてれば、ひときわ大きな歓声が響いて。
視線を向ければ、レオナルド様が巨体を薙ぎ払ってるところで。
「え、デカッ。上級生?」
「あれ、私のクラスメートよ。どっかの男爵令息。」
「え、ウソ。同じ年なの?うわぁ……、アルベルトやロイドも身長が高いと思ってたけど、あの人は体格が良いわね。」
「ロイド坊っちゃんもアルベルトも体格は良いけどね。なんか、あの人は大きいって言葉の方がしっくり来るわ。」
「あ、わかる。大きいよね。」
そして、大きい人ほど自信に溢れていて不意をつかれやすい。
パワーがあるから、いざとなれば力で解決できると思っているせいだろう。
「レオナルド様って第四ブロックよね?」
「そうね。」
「ユリアとレオナルド様が当たるとしたらいつ?」
「第三試合、準決勝よ。」
「残るのかしら、彼。」
「あら、残るでしょう。殿下の護衛よ?」
ため息を一つ吐き出される。
「ユリア、聞いてないの?去年の優勝者、殿下の乳母兄弟であるラチェット様よ。」
「は…………?」
モブキャラだけど、王太子ルートに行けばイヤと言うほど出張ってくるキャラ。
もはやコイツ、隠し攻略キャラなんじゃないかと疑ってしまうほど出てくる。
腹黒いし軽く頭おかしいし、殿下ラブな人だ。
あと、常にテンションが高い。
「でも、ラチェット様は私達より二つ上でしょう?卒業してるハズだわ。」
「留年してるんだって。結構有名よ、この話。」
「…………教えてくれる友達が居ないもので。」
「どんまい。」
ポンッと肩に手を置かれる。
でも、そっか……、留年してるのか……。
バカっぽいキャラしてたもんなぁ。
「留年した理由は?」
「クロード殿下と一緒に学園に通いたかったらしいわ。」
「バカなの?」
そんな理由で留年するの?
お金がもったいないわ。
私達みたいにカツカツで生活してたら、本当に結構ドキドキしながら学園生活を送っているのに。
「けど、人望はあるみたい。凄いわね。私は無理。」
「ソフィア、顔が。」
顔が大変なことになってるわ。
咳払いを一つし、ニコリと口角をあげる。
「とにかく。そういうわけだから。レオナルド様が勝てるかどうかは微妙だから。油断しないでね。」
「そうね。剣の腕は良いって聞くもの。負けないようにするわ。」
コクコクと頷いていれば、第二戦目を始めるというアナウンスがかかって。
「行ってくるわ。」
「ココから応援してるから、ファイト。」
「アルベルトたちのとこに戻らないの?」
「ニーナお嬢様の護衛はアルベルトで充分でしょ。お嬢様のこともついでに守ってくれるわよ。」
「……そうね。」
「ね、ユリア。」
「ん?」
「貴方が命令すればアルベルトも私も従うわ。そんな不安になるなら命令すれば良いじゃない。」
「言ったでしょ、ソフィア。私が貴方たち家族に下す命令は撤退命令だけよ。」
何か特別なことが起きない限りは、ね。
「じゃあね、ソフィア。」
「優勝して来なよ。」
「任せろ。」
さて、さっさと終わらせてお昼休憩で仮眠しよう。
眠気はマシにはなったけど、やっぱり眠いわ。
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