誘拐 Sideマリア
ユリアの妹、ニーナとともに城に泊まる。
「本当に良いの?今からならユリアの居る邸まで送るわよ?」
「ねーね、ヤ!おじょーしゃまと寝る!」
「まぁ……!」
一人っ子の私からすれば、大歓迎な話。
だけど、命を狙われてる私はとても危険。
どれだけユリアに逃走技術を仕込まれても、実践で役に立たなきゃ意味がない。
「ニーナは、お姉様が嫌い?」
そう尋ねれば、迷うことなく首を振る。
その手には渡されたうさぎのぬいぐるみがムギュッと抱きしめられている。
「ねーね、やさしーからすき。でも、おこるからヤ。」
「ニーナが心配だからよ。」
「ねーね、いつも、ひとのことばっかり。にーにたちもいってた。ニーナは、ねーねのおてつだいにきたのよ。」
「お手伝い?」
目を瞬きながらニーナを見る。
お手伝いと言っても、彼女ができるのは私に抱きしめられながらぷにぷにの刑に処されることだけなのだけれど。
「うん!ね、おじょーしゃまは、ねーねとしゅぎょーした?」
「えぇ、したわよ。」
「ニーナもね、よけるのじょーずなったの!」
「え、ニーナも修行してるの?」
「そーよ!りょーちのみんな、できるよ!」
「…………。」
ユリアが言っていた領地の子供でもできるって言うのは、本当だったのね…………。
ごめんなさい、疑っていたわ。
「ぐけーそのさんが、投げてくれるの!」
「え?」
「それでね、ぐけーそのにがいつもニーナに当たらないようにしてくれるのよ!」
グケイソノサンとグケイソノニ?
まさか、愚兄其の三と愚兄其の二じゃないわよね?
まさか、そんなことないわよね?
ニコニコと笑顔のニーナを見てると、さっきまでのが気の所為なんじゃないかと思えてくる。
「ねぇ、ニーナ。お兄様のことはちゃんとお兄様って呼ばないとダメよ?」
「だいじょーぶだよ!ニーナ、いい子だから、いつもちゃんと“にーにだいすき!”って言ってるもの!」
「…………。」
聞かなかったことにしましょう。
貴族の令嬢としては注意をしないといけないのかもしれないけれど、彼女はまだ幼い。
そのうち分かるようになるわ、きっと。
「さて、そろそろ寝ましょうか。」
「うん!」
「あら。そのうさぎ一緒に寝るの?」
「うん!これはね、たからものでおまもりだからいっしょじゃなきゃダメなのよ。」
「ふふ、そうなのね。じゃあ、一緒に寝ましょうね。」
灯りを消して、ベッドに横になる。
隣でニーナがうさぎのぬいぐるみを抱きながら、こっちを見て寝転がっていて。
「おじょーしゃま。」
「なぁに?」
「ニーナが、ねーねのおてつだいに来たことないしょにしてね。」
「えぇ、わかったわ。」
「えへへ、やくそく!」
「えぇ、約束。」
拙く立てられる小指が私の小指に当たる。
巻き付くというより、触れる。
それがとてつもなく可愛い。
「おやしゅみなしゃい、おじょーしゃま。」
「おやすみなさい、ニーナ。」
目を閉じるニーナに安堵の息を吐く。
まだ幼い子供は夜泣きをすると本で読んだことがある。
もしかしたらと思っていたけど、杞憂だったらしい。
「…………。」
こうして王城に泊まるのは初めてではないけれど、誰かと一緒に寝るのは初めてだ。
まさか、ユリアの妹と一緒に寝ることになるとは思わなかったけど。
明日には、ニーナはユリアのもとへと帰るだろう。
一緒に来ていたアルベルト・シュチワート子爵と一緒に領地に帰るかもしれない。
ユリアのことだから、王都に長居はさせないだろう。
ユリアは王命を律儀に守ってくれているから。
「…………。」
ニーナに釣られるように、深い眠りに落ちた。
パチリと目が開いた。
なぜだかわからない。
でも、今は夜中でまだ目を覚ます時間ではないということは間違いない。
ドキドキと鼓動がやけに大きく響く。
この感覚、覚えがある。
どうしようかと思いつつ、ニーナを見る。
ニーナは気づいた様子もなく眠っている。
それに安堵しつつ、気配に気を配る。
「…………。」
「…………っ。」
ニーナだけは守らないと。
身体を起こし、気配の主を見れば顔を覆っていて。
「あ……貴方たち、誰ですか!」
「おっと。目を覚ましちまったか。どうする?」
「問題ねぇ、連れて行くだけだ。」
隣で眠っているニーナに手を伸ばすのが見てとれて。
「……、その子に手を出さないで!!」
私が叫ぶのと、ニーナがゴロンと転がるのがほぼ同時で。
もしかして起きたのかと思ったけれど、寝返りをうっただけのようで。
「……ふ…ぇ……っ。」
小さなうめき声を上げてぐずり始めるニーナ。
慌ててその身体に手を伸ばし、よしよしとその頭を撫でる。
だけどその頑張り虚しく泣き声をあげ始めて。
泣き止む気配のないニーナに途方にくれる。
どうしようかと思っていれば、侵入者がまたこちらに手を伸ばして来て。
危ないと思った時には、ニーナが勢いよく身体を起こして相手に頭突きを繰り広げていた。
「うぐ…っ!?」
「え……?」
床に膝をついたその男を横目に、手が引っ張られる。
「立って!!」
その声にハッとして。
ニーナに促されるままベッドから降りる。
情けない。何のためにユリアに教わったというの。
「おじょーしゃま、ソレ、投げて!」
「え、コレ?」
「そう!はやく!わるいやつ、こっちきてる!」
悩んでる暇はなさそうね。
城にある物を投げるのは気が進まないが、背に腹は代えられない。
手当たり次第に物を投げつつ、誰かが来てくれるのを待つ。
だけど。
投げる物が無くなった時、私の手をつかんだのは侵入者の男で。
人質としてニーナが抱え上げられてしまっていて。
首が締まってるのか、ジタバタとニーナが足を動かす。
いつもなら、ココでユリアがステラを連れて現れてくれるのに。
大丈夫ですか、お嬢様って。
でも、今日、ココにユリアは居ない。
あの頼もしい背中も今はない。
「ニーナ!お願い!!その子は解放して!!」
「お前が俺たちについてくるならな。」
「…………っ。」
卑怯だと思った。
だけどココで自分の命を優先するようなことはしたくない。
だって私は、クロード様の婚約者だから。
「わかりました。従います。」
「…………ククク、良いだろう。」
ニーナの身体が床に落ちる。
ドサリと音をたてて落ちるニーナに駆け寄ろうとするのに、手が離れない。
「ニーナ!ニーナ、だいじょング…!」
口元を覆われて言葉が続かない。
「ゲホッ、ゲホッ……うぅ……ゲホッ。」
ニーナの嗚咽を聞きながら、薄れていく意識に目を閉じていく。
「おじょーしゃま……まも……りゅ…………。」
そんな声が、聞こえた気がした。
ペチペチと頬を叩かれる。
それにゆっくりと意識を浮上させ、目を開けば薄暗い空間に幼い子どもの顔。
「……、ニーナ…………?」
「あ、起きた?おじょーしゃま。」
「ココは……?」
牢獄……?
「あのね、おじょーしゃまゆーかいされたんだよ。いまね、ココでとじこめられてるの。」
「誘拐……あぁ、そうだわ私……。いえ、そんなことよりも!ニーナ、貴方身体は!?怪我は!?どうしてココに居るの!?連れて来られたの!?」
その小さな身体の肩に手を置き、言葉を紡げばキョトンとした顔で見上げてきて。
「ニーナはね、ねーねのおてつだいだからね、おじょーしゃまといっしょいるのよ。」
「危ないわ!貴方はお城に残るべきだったの!」
「どうして?」
「殺されるかもしれないわ!」
「でも、おしろの人、だれもたすけてくれない。いつも、おしろの人はニーナたちあとまわし。ニーナ、おしろきらい。おうともきらい。」
「でも、クロード様は…………!!」
「おーじしゃま?」
「クロード様は、助けてくださるわ…………。」
あの時助けに来なかったのは何か理由があるハズだ。
私には影と騎士団員をつけると言ってくれてたもの。
何かあったのよ、助けに来られない理由が。
何か妨害されてたに違いないわ。
じゃないと、あんなの…………。
「しってるよ。」
「え?」
「ねーねがね、おてがみにかいてた。おじょーしゃまとおーじしゃまはいい人だって。きっと、このくにはもっと良くなるって。だから、ねーねはがんばるって。」
「…………ユリアが、そんなこと…………。」
ニーナの手が、私の頬にふれる。
小さな手。
ぷにぷにとして、小さくて、簡単に折れてしまうような手。
「だからね、だいじょーぶよ。なかないで。」
その指摘で始めて気づいた。
私、泣いてるの…………?
「ヤダ、恥ずかしいわ。」
人前で泣くなんてこと、最近ではなくなっていたのに。
「ニーナがいっしょだから、だいじょーぶよ。きっと、ねーねがきてくれるから。」
「ユリアが?」
「うん。ニーナ、ちゃんとおまもり持って、おじょーしゃまとココにきたから。それにね、アルがいっしょだからぜったいに、だいじょーぶのよ。」
だから大丈夫なのだと笑う。
情けない。自分が、情けない。
こんな小さな子どもに心配されて、慰められて。
本当なら私が、安心させてあげなくちゃいけないのに。
私が、この子を守らなくてはいけないのに。
「……、ありがとうね、ニーナ。もう大丈夫よ。」
そう言えば、嬉しそうに笑う。
その腕に抱かれたままのうさぎのぬいぐるみが少しだけしぼんで見えて。
「ニーナ、うさぎのぬいぐるみ、少し縮んだ?」
「あ……、うん。コレはね、そういうおまもりなの。」
「お守り?」
「そーだよ。だからね、ニーナがね、ねーねやにーにといっしょちがうときはね、いっしょなの。」
ニーナがニコリと笑ってうさぎの手を動かす。
「ココのね、おしりのところからね、コロコロころがって、ニーナのことおしえてくれるの。」
ココだよと指を指し示される。
だけど、この暗闇じゃよくわからない。
だけど、何か細工のあるぬいぐるみなのはわかった。
「…………あの人たちが来る前にココから出ないと。クロード様も今頃心配しているわ。」
立ち上がり、眼の前にある檻にふれる。
ガチャリと音が鳴るだけで鍵が開く気配はない。
周囲に人の気配もない。
ただ、少し離れたところに明かりが見えるからココは地下牢だろう。
「唯一外に出れそうなあの穴も私達じゃ届かない上に鉄格子がはめられてるから出れないわね。」
あの鉄格子をはずせれば、小さなニーナだけは逃がせるかもしれないのに。
あの高いところに、私は手が届かない。
ソレに、この檻も私は壊せない。
鍵が手元にはないし、鍵を壊して出るには私は何も持ってない。
寝間着のまま攫われてるせいで、何一つ持ってない。
ユリアが貸してくれている鉄扇も、持ってないのだ。
「…………私は本当にダメね…。自分で何もできないなんて。」
誰かに助けてもらわないと何もできない。
ユリアが教えてくれた攻撃を避ける方法も、ちゃんとできなかった。
すくんで、身体が動かなかった。
「…………、何かしら。」
風にのって、わずかに楽の音が聞こえてくる。
こんな深夜に一体誰が…………?
「聞いたことのない曲だわ……。」
私達をさらった誰かが奏でているのかしら。
いえ、でもこの音は外から…………。
「ねーね…………。」
「え?」
視線をニーナへと移せば、ポロポロと涙をこぼしていて。
「うわぁぁぁぁぁあん!!!!」
今までにないくらいの大きな声で泣き叫ぶ。
「ニーナ?な、泣かないで。大丈夫、大丈夫よ。」
どうして私は、こんなにも焦ってるんだろう。
どうして私は、強い子供だと思ったんだろう。
「わぁぁぁあん!!」
声をあげて泣くニーナをどうやって慰めようかと、その身体を抱きしめてあやしていると、足音が聞こえて。
視線を向けると私達を襲った男がいて。
「うるせぇ!今すぐ泣き止ませろ!!」
ガシャンッと檻が音をたてる。
ビビるな、私。
私は、クロード殿下の婚約者。
マリア・セザンヌよ。
「ココが見つかったらどうすんだ!」
「こんな年端もいかない子供相手に無茶な要求をしないでくださる?」
ニーナを抱きしめる腕に力がこもる。
未だに腕の中で泣き声をあげるニーナはポロポロと涙を流していて、胸が苦しくなる。
「それに、城から私が居なくなったことにはもうすでに気づかれて居る頃。ココが見つかるのも時間の問題だわ。」
声が震えないように意識する。
表情が変わらないように意識する。
王妃教育で培ったこと、ユリアに注意されたこと。
今、できること。
男を睨みつけていると、再びガシャンッと音をたてる。
それにニーナの声がまた大きくなって。
「ねーねぇぇぇぇえ!!」
「いい加減黙らねぇと、その首かっとば────」
眼の前の男の言葉が不自然に途切れる。
かと思えば、ズルリと身体が傾いて床に倒れた。
ピクリと少し痙攣して、ただ静かにそこに転がる。
床にじわりと広がるソレは間違いなく、血。
「大丈夫ですか、お嬢様。」
「…………ユリア……。」
「ちょっと待ってくださいね。」
ガキッと音がしたかと思えば、ゆっくりと扉が開いて。
ギギギッという音があたりに響くのもお構いなしに入ってくると、私達の傍に膝をつく。
「遅くなりました。怖い思いさせてごめんなさい。」
「ユリア、私………ごめんなさい、ニーナを、危険な目に合わせたわ。」
「お嬢様が戦ったことはちゃんと知ってます。戦う術は一つも教えてないのに、戦ってくれたんですね。部屋の中に色々と散乱してました。こんなことになる前に助けられなかったのは、私たちの落ち度です。」
ユリアの手が、私とニーナの頭に乗る。
ただソレだけで、ニーナはピタリと泣き止み、グズグズと鼻を鳴らす。
「ニーナもすごく頑張ったわね。お守りをちゃんと使って偉いわ。あと少しだけ、頑張ってくれる?」
「う、ん……グスッ。」
「さぁ、ココから出ましょう。立てますか?」
「えぇ。」
ユリアに支えられながら、立ち上がる。
抱き上げるニーナが鼻をすすりながらユリアを見る。
それにユリアは優しく微笑み、顔を険しくする。
「ニーナ、その首どうしたの。」
「…………?く、び……?」
「暗くてよく見えないけど…………それ、指の跡よね?」
「あ。」
ココに来る前の、王城での出来事。
「ココに来る前に、ニーナ首を絞めて人質にとられてしまったの。もしかしたら、その時の…………。」
「……………………なるほど、わかりました。とにかく、ココから逃げますよ。」
「わかったわ。でも、私…………。」
「大丈夫ですよ。ココからは、私達の仕事です。」
そう言うユリアの背中は、すごく頼もしかった。




